引き籠もりヒーロー 第2巻 タペストリー用短編「仮面舞踏会」

「接触しようと思えば出来ますよ。ヒーロー主催のパーティに出席するとか、複数チームの合同訓練に参加するとか。参加依頼だけなら沢山来てますし」
『その手の話はスルーだ。どこから情報漏れるか分からない状態じゃ自殺行為もいいところだし』
「容姿に関してはバレようもないですし、あとは……強盗怪人の時みたいにしゃべらないとか」
『何のパーティやねん」

 そんな会話があったのはいつの事か。話自体は割と最近の話で長谷川さんとコンタクトを取る過程での会話だったはずだが、パーティの参加依頼はそれ以前から長く続いていたはずだ。
 最初の内こそマスカレイドさんに確認していたが、相手が誰とかは関係なくパーティそのものに参加する意思がないようなので、しばらくしたら私に届いた段階で断りの返事を出すようにしている。当初はマスカレイドさんが手製で用意した日本のビジネスメールテンプレートを使い、色んな意味で世界的に意味が通じるわけがないと分かってからは世界的な企業のメールからパクったものを使って。ただ一言『No Thank you』と書いても気にせずに次のメールを送ってくるような連中に回りくどい日本のビジネスメールなど伝わるはずがないのである。
 相手側はダメ元なのか社交辞令もあるのか開催の度に送ってくるが、こちらの心象が悪くなるとは思ったりしないのだろうか。……と、毎度おなじみの定型文を送信しつつ考えたりする。
 こうやっていくら断っても件数は減らず、増える一方。マスカレイドさんの能力が周知されればされるほど、出席依頼のメールは増えていく。スパムやダイレクトメールの類ではなく、曲りなりにもヒーローからのメールだから容易にブロックもできないのが面倒臭い。

「こっちがどう思うか考えないんですかね?」
『だろうな。そういう案内を出す側はとにかく伝達して認識してもらう事を考える。営業活動みたいなもんだ。だから無難な内容になる事が多い』
「中には参加させてやってもいいぞ、いや来い的な内容の案内もありますが」
『お国柄もあるだろうが、そういうのは誇示したい面が大きいだけだろうから無視していい。声だけ大きくて、相手が折れて行動すると自分の勝ちと思ってる輩だ』

 そういう内容の案内ほど木っ端ヒーローからの事が多い気がする。また、非常に熱烈なお願いをしてくる文章も個人のところが多い。マスカレイドさんの言う通り、大手のヒーローチームは無味乾燥な要件だけで本人の意思が介在していないような文面が多いのだ。

『分かってるところなら俺に伝わってないって事も理解してるはずだ。その上で窓口のお前にだけでも名前を覚えてもらえば御の字って感じなんだろうな。オペレーターがいる事は知ってるだろうし』
「そりゃオペはまとめて同じビルにいますし。だから何度も送ってくるんですかね?」

 はた迷惑なと思わなくもないが、理解はできなくもない。世の中の営業活動がそういうものというのは知っているし、一定の効果があるからこそノウハウとして残っているのだ。
 私がそういった面倒事や悪意からの防波堤になっていると思えば、この不毛な作業にもやりがいが出てくるかもしれない。

『案外、本当に窓口とか門番程度にしか見られてない可能性もあるぞ。お前みたいに業務がオペレーターから逸脱しまくってる奴は極一部だろうし』
「あー、軽く見られてると」

 舐められるのは分からないでもない。人工物である彼女らは基本的に愚直に役割をまっとうしようとする傾向が見られる。オペレーターとして完全な仕事をこなしていても、その枠から出なければ代替ができる存在としか見られないのも納得だ。
 一部、異なる役目を果たしているオペレーターもいるにはいるが、そういうのは最初からオプションとして定められてるからやっているだけである。要は、彼女たちは必要な技能だけを持って生まれた幼児のようなものなのだろう。

「でも、社会に出た事がないマスカレイドさんがそんなノウハウを?」
『え、普通分からない? ネット上の体験談とかでも大雑把には分かるだろうし。……ああ、大学でそういうビジネス講習に出た事はあるな。タクシーの乗る順番とか、ハンコの押し方とか』

 ハンコの押し方に一体どんな意味があるというのか。

「まったく知らない分野ですねー。高校までてそんな話をした事もないですし」
『言われてみればそりゃそうか。ウチは親父からそういう話を聞いた事もあるが、それはそれで家庭環境にもよるな』
「ウチは公務員ですね」

 今も変わってないはずだが、家で仕事の話はあまり聞かなかった気がする。事務仕事ばかりだという話は聞いた事があるから、子供には退屈だろうと思ったのかもしれない。
 親戚付き合いの中でそういう話も出るんだろうけど、そういうのは大人の人が集まる場での話だろう。

『話を戻すが、パーティなんて開く連中はそこまで謎のマナーでなくても拘りがある連中だろう。ドレスコードもあるだろうし、着ていく服がない』
「ヒーロー同士の会合ですし、そこはいつもの格好でも……いえ、そんなはずないですよね」
『ドレスコードって参加者の立場を暗に示すためのものでもあるからな。合った服装でないと、表向きはともかく内心では舌打ちされそう。ご自由な服装でどうぞって言われても、本当に自由な服装で行くと地獄が生まれるんだぞ。ネクタイ、時計、靴、一つ一つのブランドやグレードに気を使って、最悪そこから暗喩されるイメージにまで気を使わないといけないとか冗談じゃない』

 女の子向けのブランドならまだしも、そういうのはまったく違うんだろうな。そもそも見分け付かなそう。

『まあ、そこまで極端に厳密でないにしても、最低限スーツかタキシード着用じゃねーかな。いや、ヒーロースーツもスーツではあるが、意味合い違うし』
「カタログあるんだから、単純に買えって事になりそうですね」
『服を買いに行くための服がないなんて事態にはならんが、なんで行きたくもないパーティに参加するために手間かけなきゃならんのだ』

 ごもっともである。スーツは主催者側で用意するとなってもサイズの問題もあるし、カタログ購入でも利用者本人でなければサイズ調整してくれるわけじゃない。

『大体、そういうのって普通同伴者がいるものだろ? この場合お前くらいしか候補がいないんだが』
「ええっ!?」

 降って湧いたような仮定に度肝を抜かれた。……あれ、でも確かにそうだ。別に一人で参加しようが文句は言われないだろうけど、案内は同伴者がいる事前提の内容のものも多い。
 というか、確かに噂話程度だけれど、オペレーターで参加した子がいると聞いた事もある。正体を隠しているならリアル関係者を表に出せないという事情もあるだろうし、人工物である彼女たちは基本容姿に優れているから、添え物としては最適だ。

『お国柄によってはそういう場に一人で行ったら変な女充てがわれそうだし。ハニートラップに引っ掛かる気なんぞないが、面倒な事この上ない』
「そ、そうですよねっ!? 行くなら当然私が行きますよっ! ど、どんなドレスがいいですかね?」
『いや、だから行かないって話なんだが』

 冗談ではない。トラップは論外としても、変な出会いがあったらどうするのだ。マスカレイドさんの評価は間違いなく高いのだから、最初からそういう目的の女がいてもおかしくはない。マスカレイドさんならそんな事にならないと分かっていても、どうしても不安になる。
 パーティの場で取り返しのつかないマイナスイメージが付けば……いや、いざ参加するとなったらそういう場こそ無難にこなしてしまうのがマスカレイドさんだ。つまり、見える範囲ではパーフェクトって事になりかねない。普段着てる銀タイツも、専用装備だから仕方なく着てるんだろうなとか。

「マスカレイドさんなら、そういう場でも完璧に振る舞いそうですよね。実はダンスとか得意だったり?」
『得意じゃないが、やった事はあるな。母ちゃんの知り合いで社交ダンス教室やってる人がいて、やたらキレのあるターンを決めるおばちゃんの相手とかした事がある』

 本当に経験あるんかい。経験あるなら普通以上に形になっているのがマスカレイドさんなんだから、それはもう素人的には十分なレベルなんだろう。料理得意なのは母親の影響にしても、DTMやってたり、華道の経験があったり、社交ダンスに手出してたり、色々手を出し過ぎじゃないだろうか。
 ……いや、そういうわけでもないのか。マスカレイドさんの場合、普通の人なら触れた事のあるだけ……それこそお試しの一日体験のような経験でも糧にしてしまうだけだ。家庭環境にもよるだろうが、それくらいの機会ならいくらでも転がっている。

『パーティの作法など知らんが、確かに行く事になる前提なら事前にある程度の準備はするかもしれん。恥ずかしいし』
「そうやって、度を過ぎた完成度の振る舞いを見せて相手を引かせて勘違いさせるんですね。分かります」
『付け焼き刃の擬態でも、自分を高く見せたほうが得な事が多いしな。恥かかせる事が目的かもしれんし、手は抜けない』

 目的からしたらそんなはずないと思うけど。……いや、無数に紛れてる不遜な案内を見ればそうとも限らないのか。確かに面倒だ。
 となると、いざ出席するとなったら表面上は完璧な所作のマスカレイドさんにエスコートされる慣れない私ミナミミナミという構図になるわけで……駄目だ、想像できてしまうだけに無駄に乙女チックな絵面の妄想が止まらない。

『一曲踊りませんか、マドモアゼル。蝶のように美しく着飾ったその姿はきっとホールでも映える事でしょう』

 きゃーっ!! わーっ! わーっ!ないない! それは完璧な所作じゃなく、間違ったイメージが生み出す妄想だからっ!? 今どきそんなのは少女マンガでもいないからっ!? 何がマドモアゼルじゃっ!! というか、同伴者に大してとる態度じゃないし。
 いくらなんでもそんな事されたら引くわ。……でも、華美に彩られたパーティ会場という非日常の空気なら飲み込まれてしまいそうな。うわあああああっ!!

『何身悶えてんの?』
「ちょっ、ちょっと脳に深刻なダメージが……」
『今の会話のどこにそんな要素があったのか』

 色々と乙女回路が暴走してしまった結果なので。間違っても説明などできないけど。

『まあ、実際に出る気はないが、いざって時のために準備だけはしておいていいかもな。タキシードとかドレスとか、着慣れないと不格好にしかならないし』
「え、えーと、それじゃお試し……あくまでお試しで衣装とか作っちゃいます?」
『サイズ調整あればカタログで売ってるのそのままでいい気はするが……ああ、でも女の場合はそうもいかんか』

 間違いなく無駄遣いだけど、マスカレイドさんが稼ぐポイントから算出された私の取り分からすれば小遣いのようなものだ。特殊な機能のないただのドレスなど何着買っても負担にはならないだろう。むしろ置き場のほうが問題だ。
 だから興味本位でドレスを仕立ててもいいのだ。万が一でも理由もあるのだから。
 この際、パーティに出席した事のある子に聞き取り調査をして……いや、あんまり変なの作ってコスプレみたいにならないようにするためだから。

『そういえば、あの手の服って管理も大変なんだろうな。クリーニングに出すだけってわけにもいかないし』
「いえっ! 確か品質を維持するための貸しドレッサーとかビル内にもあった気がしますし大丈夫ですっ!!」
『面倒臭そうだし、無駄になる可能性高そうだから気が向いたらでいいぞ。衣装に興味あるのは知ってるから、別に理由つけなくても適当に買えば……』
「ファッションに興味津々な年頃なので、是非に仕立てたいと思いますっ! なんなら統一感を出すためにマスカレイドさんの衣装も合わせて一からデザインしてしまってもいいんじゃないかと思う所存でありますっ!」
『……お、おう』

 使う機会のない大量の衣装に埋もれながら、いざ着るとなっても恥ずかしいと頭を抱える事になるのは少し後の事だった。
 ……べ、別に衣装倉庫は借りればいいわけだし、後悔はしていないから。

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