『それじゃーおやすみなさーい!』
これから寝るところらしいのに無駄に元気なミナミとの通信を終了させる。四六時中話している感はあるし、実際あいつはそういう認識なんだろうが、ミナミだって人間だから寝る必要はあるのだ。緊急時には即起きられるようアラームは設定されているらしいし、すぐに俺と通信できるようにもなっているが、これまでそういう緊急対応は発生していない。二十四時間担当のオペレーターとはいえ、怪人の出現頻度はそこまででもないのだから当然だ。正確なところは分からないが、多分八時間くらいは睡眠時間を確保しているだろう。
一方で、俺としては少し異なる。穴熊英雄時代の昔から割とショートスリーパー気味ではあったが、この体……マスカレイドになってからはほとんど睡眠を必要としない。無理やり意識を落とそうとすればできない事はないが、眠気自体も希薄なのだ。必然的に活動時間も増えるのである。
「……まあ、だからって生産的な活動はしないわけだが」
その圧倒的存在感に慣れてきた感のあるヒーロー自販機でミネラルウォーターを0円購入し、喉を潤す。
変わらず商品のディスプレイモデルを照らし続ける光を眺めて感じるのは、なんで俺、こんなのを買っちまったんだろうという後悔だ。超今更である。
いや、きっと購入しなかったらしなかったで後悔していたのだろうが、部屋の結構な面積を専有するこのデカブツを見る度にそう感じるのは仕方ないだろう。
買った直後は期待もあったのだが、商品欄は未だにスカスカのままだ。よくよく考えてみれば、日常生活の中で口にする飲料など種類は知れている。とりあえず水があれば喉を潤すのに事欠かないし、お茶やスポーツドリンク、コーヒーやジュース、あるいは酒類を含めても、そんなに登録すべき商品は少ないのである。そこら辺に設置されている自販機だって結構な種類の商品が並んでいるが、その中から一体どれだけの商品を購入した事があるのかという話だ。
別に機能的な不満があるわけじゃない。ポイント消費して登録すれば恒常的にタダなのは、実際経済的ではあるのだ。一つ二つ登録したところで必要なポイントはたかが知れているし、好きなだけ飲めるようになる。枠に限りはあるものの、それだって一般的な自販機よりははるかに多いのだ。単に持て余しているというのが正直なところだろう。
「気になる商品がないわけじゃないんだがな」
俺は割と変なジュースでも率先して購入してしまう人間だった。引き籠もり体勢に入ってからはほとんど水しか飲んでないが、大学時代まではそういう傾向があった。ファミレスのドリンクバーでオリジナルミックスジュースを作ってしまうタイプだ。変な商品が手に入るなら、ネタとしてだけでも飲んでみたくはある。
だが、自販機に登録できるものはカタログでも売っているのだ。購入の度にポイント消費するにしても、継続して購入するような飲み物などそうはないのだから、消費ポイントだって一時的なものに過ぎない。その上、ちょっと気になる飲み物があるけど、いきなり登録するのは怖いから試しに一つ買ってみよう、とかやっていると、ますます自販機の存在価値に疑問が生じていくのである。
撤去はできる。ポイント還元などの優遇処置はないものの、こんなデカブツでも撤去費用はかからないし、手間だってカタログ上で手続きするだけだ。スペース確保の面で見れば、そうしたほうが有意義なのは理解している。しかし、撤去はしたくない。何故なら負けた気になるからである。
いや、使い方の問題ではあると思うのだ。俺のように個人ではなく、チームで共用サービスとして使うならアリな気はする。ネタ商品だって、誰がこんなの登録したんだよって笑い話にはなるだろう。孤独なぼっちではそれもできない。
いかんな。ちょっと鬱になりそう。なんでヒーローが怪人被害などではなく自販機のせいで憂鬱にならねばならぬのか。
そんな事を考えながら、いつものようにカタログを開く。何度も見返しているカタログではあるが、謎の超機能で自動更新されるこいつはいつの間にか新商品が加わっていたりセールが行われているから、定期的なチェックは必要なのだ。もちろん自販機の商品登録サービスも同様で、結構な頻度で商品が追加されていくのである。
「あれ?」
そんなカタログを見ていて、目についた文言があった。
[ ヒーロー自販機限定商品! ]カタログでは一般購入できず、ヒーロー自販機に登録した上でしか手に入らない商品のページが追加されているのだ。
「馬鹿な……」
なんて危険なサービスなんだ。確かに以前ハガキでヒーロー自販機ならではのメリットが欲しいとは書いたが、まさか反映されるとは。なんてユーザーの意見に敏感な運営だろうか。
無駄な商品を登録させて苦悩する様を見たいとか、そういう意図が透けてみえるのに、抵抗できない。悔しい、ビクンビクンッ!
「……やっちまったぜ」
限定モノに弱い日本人らしく、早速登録してしまった。ほとんど無意識の行動である。誰も俺を止める事はできない。
とはいえ、いきなり後悔するようなネタ商品は選ばない。最初は無難なところから攻めるのは当然である。今回登録したのは< 季節のフルーツジュース >と< ランダムドリンク「?」 >だ。
< 季節のフルーツジュース >は枠を三つ使用して、その枠内に旬のフルーツを材料にしたジュースがランダムで自動登録されるというものだ。一定期間ごとに新商品が楽しめるお得な商品である。
< ランダムドリンク「?」 >はボタンを押して購入するまで何が出てくるか分からないという商品だ。ネタ商品ではあるが、毎回ハズレって事はないだろうし、一枠くらいは別にいいだろう。値段も他の飲み物と同じだし。
「普通にアリだな」
登録されたフルーツジュースはどれもそれなりに美味く感じるものだった。単品でラインナップされていたら見向きもしないだろうし、登録はおろかお試しに一本購入する気にもならないが、こうして勝手に登録されて切り替わる分にはアリと思える。
< ジャックフルーツジュース >とか何の果物だか良く分からないものが含まれているのも個人的にプラスだ。美味ければリピート購入できるし、不味ければネタとして一回飲んで放置でもいいのだから、珍しいモノはむしろ歓迎である。
一方で、< ランダムドリンク「?」 >はハズレかもしれないと思った。なんせ、購入して商品が出てきても中身が分からないのである。
液体の色や炭酸の有無、匂いなどは分かるが、パッケージが共通で?なので、いざ飲んでみてもなんの飲み物だか分からないのである。自分が飲んだものの正体が分からないのは、たとえ不味くなくてももどかしいものだ。たとえ美味くともリピート購入ができないというのもマイナスである。なんせ、なんの飲み物か分からないのだから探しようがないし、もう一回ボタンを押しても出てくるものは違う商品なのだから。なんて微妙な商品なんだ。
そんな、良いか悪いか判定の難しい結果に終わってしまったものの、俺の中での自販機熱が再燃するのには十分だった。
こうなると、どうしてもヒーロー自販機限定の商品が気になってしまうのは人のサガともいえるだろう。
たとえば、< ガンジス川のおいしい気がする水 >なんて商品があったら、おいしいわけねーだろ、むしろ病気になるわと思いつつも手を出してしまうはずだ。
実際、濾過はされていたから透明ではあったものの、別段おいしくはなかった。これがブッダの飲んだかもしれない水って感動する仏教徒はいるかもしれないが、むしろ運営にいる可能性すらあるヤツに敬意はありがたみを抱きたくなかった。いや、実際いるのかどうかは知らんが。
他にも、中身は豆乳なのに、商品名が< 闘乳ッッ! >という謎飲料。
< 密造どぶろく >という密造である必要はあるのか分からない代物。
< 自家製焼き肉のタレ >のように飲み物ではないものもあるが、実は売っているところもあるらしいと聞いた事がある。というか、< 醤油 >や< 白だし >も並んでいる。
< 美少女の残り湯 >という、美少女の基準が分からない上に風呂の残り湯とも言っていない、ほんのり温かい謎のお湯まである。
< 胆汁 >や< 低張電解質輸液 >など、いくら俺でも絶対に登録しないというモノまで盛り沢山だ。
結果的に、何故か色んな名所の水ばかりを登録して、利き水に挑戦するという謎な行動に至る。
たとえ、ただの水と分かっていても、まず飲む機会のない水というだけで気になってはしまうものだ。というか、意外に個性があるのは微妙に面白い。目の前になければ気にもしないだろうが、海外の水道水でも何が違うのかと思うのが人間なのである。でも、環境汚染の激しそうな場所の水道水は飲みたくない。
あれこれ登録して無駄にポイントを使ってしまったが、一つ一つは大した事がないというか、総計でも小遣い程度の額でしかなかったため、気分転換にはいいのかもしれないと思う。
多分、今後も専用ラインナップが更新されたらネタとして買ってしまうんだろうなと思うし。
ついでに、自販機に限定商品の広告が表示されるサービスも追加してみた。表示されるのはカタログに載ってる商品ばかりだが、単に標品だけが掲載されているのと動く広告媒体では印象も異なる。
商品名だけなら絶対に飲みたくない< デスペッパーエール >でさえ、こうして見ると試したみたくなるから不思議だ。冷静になればこんなもん飲みたくないのだが、急に冷静でなくなるのが俺だからだ。
あくまで広告だからなのか、月額費用もタダのようなものだ。なので特に気にせず契約してしまったのだが、表示される画面がちょっとうるさいのが気になる。まあ、テレビを流しっぱなしにしていると思えばいいか。カタログだけだと、期間限定の商品を見逃すかもしれないし。
普段は色々趣味に興じる時間だが、今日はカタログや広告とにらめっこしているだけで終わってしまった。なんて引き籠もりらしい無為な時間だろうか。
『あれ、なんか変わったパッケージのボトルですね? なんです、それ』
「餃子風味の豆板醤ジュースだ。まずい」
『なんでそんなものを……』
というか、買った。そして、大体後悔するのである。
引きこもりヒーロー届きました!!出版おめでとうございます!!楽しく読まさせていただきます♪これからも応援させて頂きます。お身体に気をつけて頑張って下さい。