「うーん、また変な空き時間ができてしまった……」
僕の今日のスケジュールはギルド会館のみで潰す予定だった。
新人戦に向けた一回目のダンジョン籠もりを終え、次のダンジョン籠もりに向けてできる事をやろうと、ギルド会館で随時行われている講習を片っ端から受けているのだけど、それぞれの講習に関連がないためか妙に空き時間が生まれてしまう。
このあとの予定がないなら帰宅するなり別の用事に向かってもいいけど、一時間半後には本命に近い戦闘講習が入っているのだ。
「できれば飛び込みで受けられるモノがあればいいんだけど」
できるだけ集中力を切らさないよう会館内にいたいから、条件が合わなければ図書館とかで調べ物かな……と、ロビーにある端末で開講スケジュールの確認をしてみるものの、正直ピンとくるモノがない。当日用の冊子を見ても、臨時講習はなさそうだ。
この際、多少なら関係なさそうでも受ける気なんだけど。
『お前の役目である遊撃役は、リーダーや司令塔とはまた違った形で広い視野が求められる。案外関係ないと思ったモノでも、思いがけない何かに結びつく事もあるから、余裕があったら適当に講習を受けたらいいかもな』
こうしてダンジョン挑戦の中六日期間で詰め込むように講習を受けているのは、一回目のダンジョン籠もりでトカゲのおじさんに言われた事が原因だ。言ってる事はもっともだし、自身の経験上でも思い当たる節はある。
クローシェのようになんでもかんでもっていうのはハードルが高くとも、なんとなくでも役に立つかもって講習なら受けてみようと思ったのだ。
さすがにいくらなんでもっていう講習……たとえばついさっき始まった『冒険者離婚調停対策』のような講習は避けていたけど……。
「暇潰しって前提なら、そんな感じのでも別にいいかな」
まったく関係なくとも人生においてはそれはそれで勉強だろうと少し条件を広げ、直後に始まる講習を受けて見る事にした。
「早まったかな……」
そうして、条件に合った中からなんとなく受ける事にしたわけだったけど、手続きを済ませ、会場に入った時点で少し後悔していた。
少し予想はしていたけど、他の参加者がいない。大体の座学講習で用意されている冊子すらない。
まあ、理解できなくはないのだ。講習名が『毛の話』って時点で、そんなに興味のある冒険者がいるはずない。育毛なのか植毛なのか脱毛なのか除毛なのか、いや、ひょっとしたら髪の毛を利用した戦闘方法についてって可能性もまだ……。
そんな感じで講師を待つ事数分。会場のドアが開いた。
「おー? なんじゃ、受講者がおるじゃないか。せっかく昼寝しようと思ってたのに」
……なんか、珍妙な生物が現れた。
その言動内容ももちろん気になったけど、僕がそれ以上に気になったのはその外見だ。
1メートルに満たない体躯がそれ以上の長さの髪……体毛に埋もれており、目の周りくらいしか露出部がない。難しそうな手法で結われているのはドワーフなどがやっているのを見た事はあるけど、さすがに体全部が埋もれているのは初見だ。
印象としては毛玉とかモップとか、とにかくそんな感じの見た目である。……ああでも、ここならモンスターって可能性もあるのか。
「まあ、一人でもいるなら講習せにゃな」
「あの……そもそもなんの講習なんですか?」
「知らんで参加しとったのかっ!?」
だって、時間を潰すのが目的だし。講習名を見ても何をやるのかなんて分からないし。
「えーと、髪ですよね? この髪について」
僕が受講を決めたのも、一応はそこに理由がある。周りは誰も気にしなかったし実害もなかったけど、どうしても気にはなっていたのだ。
白い髪に赤目と、外見は地球で聞いていたアルビノと一致するのに、メラニン欠乏によるデメリットを感じた事がない。
だから、その手の話に詳しい人ならついでに聞いてみてもいいかなと。
「いや、メインは金髪についての愚痴じゃな」
「なんでっ!?」
講習でやるような事じゃないでしょ。しかも冒険者しか受講しないようなギルド会館で。
「ときに、お前さんはこの世界には金髪が多過ぎると思わんかね?」
「は、はあ……確かに」
日本の記憶があるから余計にだけど、地球全土で見ても金髪の数はそこまで多くなかったはずだ。
だけど、この世界だと確かに金髪の数は多い。多過ぎて没個性なんて呼ばれるほどだ。赤も青も緑も、なんなら金髪とは別に黄色の髪の毛の人がいるファンタジーだから気にはしてなかったけど。
「多過ぎてどんなサンプルにも混じってくるからウザいんじゃ」
「すごい個人的な理由」
「あと、故郷で金髪に虐められてたっていうのもあるな」
そっちのほうが無難な理由って気がするんだけど。毛玉みたいな外見になる種族なら、毛の色による要素は馬鹿にできないだろうし。
「金髪は魔力量が多い傾向が強いからな。田舎だと妙な特権意識持っとるバカがおるのよ」
と思ったら、外見以外の要素が含まれていたらしい。
「実際のところはどうなんですか?」
「全体的な傾向を見れば否定できんのがまたムカつくんじゃ」
「え、本当に根拠がある話なんですか?」
「少なくとも迷宮都市の研究ではその傾向にあるな。特筆するほどの事ではないから、一般的にどうこう言われる事もないが」
あれ、意外と面白い話が聞けたり?
「ひょっとして、魔力が髪とか目に影響を及ぼし易いとかそういう話に繋がるとか?」
「あー、冒険者ならそういう方面に繋がるな。失念しとったわ」
……本気で愚痴だけのつもりだったのかな。
「いやまあ、それも理由の一つではあるんじゃ。なんせ金髪は魔力の影響による変色を受け難い傾向があるようでな。サンプルとして扱い難い」
「なるほど。髪か瞳が魔力光と一致するケースは多いですけど、金髪の人って確かにバラバラかも」
もちろん例外はいくらでもあるけど、数が多いからその例外は目立つ。あと、それに関係しているのか、眼のほうで影響を受けている場合が多いようにも感じる。
「どれもコレも大昔のエルフどものせいじゃな。やつらの血が混じると金髪になる可能性が高いらしい」
「……金髪ってそんなに強い遺伝子でしたっけ?」
「実際強いんだから仕方あるまい。顕性遺伝子ってやつじゃな。いや、数代経たあとでいきなりなる事もあるから潜性でもあるな」
顕性……ってのは良く分からないけど、優性遺伝子って事かな。地球だと、金髪って劣性遺伝だったような。
世界自体が違うんだから、そこら辺が違ってもおかしくないけど、それなら金髪が妙に多い理由にはなるか。これまでに見たエルフって大体金髪だし、ハーフの人もそうだ。
「お前さんのソレは王国に時々現れる潜性遺伝じゃな。白毛は遺伝し難い」
「え、コレってアルビノじゃ……?」
「見た目からして違うじゃろ。素人じゃわからんかもしれんが、別に紫外線……あー、太陽光で火傷なんてせんじゃろ?」
「確かに……普通に日焼けもしますし。というか、前世地球人なんで、そこら辺伝わります、はい」
「おーーーっ!? マジで? というかワシ、地球の存在自体、杵築の創作って可能性があるとか考えてたんじゃが……そういえばさっきアルビノとか」
ダンマスは知ってるんだ。……という事は、この人の研究は地球のソレと比較した上で成り立っている結構高度なモノ?
「むしろワシのほうが色々聞かせてもらいたい側じゃな。良かったら今度大学のほうにも顔を出してもらって……」
「デビューしたてなんで、しばらくは無理っぽいですけど」
「なら名刺を渡しておこう。時間ができたら連絡おくれ」
そう言って適当に毛の中から出てきた名刺を受け取る。
毛玉族のモフモフ・モフモフ・モフモフ教授か……何コレ?
「あの……コレどういった意味合いの偽名なんですか?」
「本名じゃ。詳しく話せば長くなるんじゃが……」
元々、モフモフ教授は王国北部の中小国家乱立地帯より更に北に生息する少数民族だったらしい。この見た目で妖精種でも亜人属でねなく、まさかの人間種だとか。
「元々は部族名がモフモフで、個別の名前などなくどこどこの誰々と名乗るようなところだったんじゃが、迷宮都市に来る際の名前登録でミスってな。書き損じか何かで何故か名字も名前もミドルネームも全部モフモフになってしもうた。ついでにいつの間にか部族名が毛玉族になっとった」
「それ、本当に偶然とか書き損じなんでしょうかね」
「まあ、迷宮都市都市にはワシしかおらんから別に問題はないな」
それからしばらく毛玉族……旧称モフモフ族についてや迷宮都市の名前登録システムについてを話していたら時間が来てしまった。
……極めて興味深い講習ではあったけど、新人戦には役には立ちそうもないよね、コレ。
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