引き籠もりヒーロー 第3巻 ポストカード用短編「キングの証明」

 タイのヒーロー、キング・ハヌマーンは悩んでいた。
 一体どうやったら目立てるのか。
 生来の性格として引っ込み思案であり、自己主張に乏しく、これまでの人生はお世辞にも華があるとは言い難いものだった。今思い返しても、ヒーローに任命されたのは何かの間違いだったのではないかと思えてしまうほどに自信がない。
 実際、ヒーローとしてのキング・ハヌマーンの評価はそう高くない。世界のヒーローと比較して強いとはいえず、国内や同じエリア担当のヒーローと比べても優れているとは言い難い。大雑把に見て中の中程度、贔屓目に見ても中の上より上になる事はないだろう。
 拠点であるバンコクで戦闘をすれば目立ちはするものの、それは一般人と比較しての事であり、ヒーローの奇抜な見た目や能力なら当然の事といえる。コスプレした超人的な身体能力で戦闘をしていれば目立つ以上の事ではない。
 別に弱いわけではない。出撃回数も怪人討伐回数も立派なものだ。しかし、そういった数字を見ても特筆すべき点は少なく、やはり地味なのだ。
 目立ちたい。ヒーローに任命される事がなければ決して抱く事のなかった願望が芽生え始めていると気付いた。

 キング・ハヌマーンは見た目に問題を抱えている。
 その容姿はかつて同国内で放送されていた特撮ヒーローと酷似しており、言ってみればパクリのようなモノだ。知っているモノが見れば指を差されてパクリと指摘されるようなビジュアルである。
 任命時に深く考えなかったのがまずかった。このビジュアルではどこまでいってもパクリのイメージが強くなってしまい、印象に補正がかかってしまう。
 これが、同じパクリでもアメリカ合衆国のキャップのように絶大なるカリスマと実績を出しているなら別だが、彼の活躍はイメージを塗り替えられるものではないのだ。
 あと、ぶっちゃけあまり格好良くない。どう見ても悪役だし、特撮で取り巻きを務めていた光の巨人と並べて見るとそれは歴然としている。製作者は何故こんなデザインを採用したのか。パクった自分が言う事ではないが、もう少しどうにかならなかったのか。いくら海外版権を買い取ったとはいえ、本来の原作である日本の作品に申し訳ないとは思わなかったのか。

 なんとなくだが、ハヌマーンの原典であるインドへ遠征出撃したり、旅行したりして悟りを得られないかと思いもしたが、結果は芳しくなかった。一連の自分探しの一番の思い出は腹を下して寝込んだ事だけだ。バンコク出身のシティボーイな自分にはインドの水は合わなかったのだろう。
 同地のヒーローチーム、ヴァーストゥ・シャーストラとも話をする機会を得たりもしたが、価値観が違い過ぎて参考にはならない。自動翻訳されているはずなのに何を言っているのか理解できない。やはり、一国のトップを張るヒーローチームは普通では務まらないという事なのか。決して彼らが陽キャだから相容れないという事ではないと思うのだが。

『気にし過ぎだ。お前は頑張ってるよ。いないと困るし』

 同じくバンコクを拠点とするヒーローの同僚はそう言う。しかし、自分より活躍してる奴に言われても慰めにはならない。いや、どうせ実績が下回る奴に言われても別の形で受け入れられないのだから、他人に何を言われようが無駄なのだろうが。
 いなくなると困るのは確かだろう。ヒーローだって基本的には人間な以上、生活がある。怪人の出現に備えて二十四時間張り付いているわけにはいかないのだから、複数人で担当ローテーションを受け持つのが理想だ。不測の事態を考慮しなければならないし、ヒーローには自由人が多いから担当ローテーションを守らない奴だっている。そんな中で、律儀に自分の担当をこなす優等生ヒーローは重要だろう。
 しかし、そんな優等生ヒーローだって一人くらいなら抜けてもどうにかしてしまうはずだ。必要なら、切羽詰まれば、どうにか別の態勢を整えられる。ヒーローが持つ本来のポテンシャルなら当然だ。今は不真面目でも、回っているから本気になっていないだけでしかない。きっと、今は活躍していないヒーローだって、本気を出せば簡単に自分を超えてくる。キング・ハヌマーンはそう認識している。

 同じヒーローの言葉では納得できない。散々悩んだ挙げ句、辿り着いた答えはそんな単純なものだった。
 なんとかできないかと突破口を探した結果、真面目なキング・ハヌマーンが選んだのはドサ回りのような草の根活動である。
 称賛を得たいなら知名度が必要だ。いいヒーローであると民衆にアピールして、顔……この場合は本来の素顔でなく猿の顔だが、この顔を売ればキング・ハヌマーンの名声は自ずと上がる。悪役顔である事はこの際実績で無視できる。
 別にヒーローは怪人相手にしか活動していけないわけではない。みんなそうしているから、怪人が相手でないと直接転送ができないからそう思い込みがちだが、そんなルールなどないのだ。
 そう考えた切っ掛けは南スーダンで死亡した例のヒーローである事は皮肉だが、優秀な反面教師であり、先例である事は否定できない。
 たとえ理由があろうが、正義だろうが、国に影響が出るような行動はしない。大規模な勢力に手を貸す事などもアウトだ。賄賂はおろか、謝礼だって受け取る事はしない。受け取るのは感謝のみ。
 そういった逸脱した行為の果てにあるものはすでに示されている。自分だけでなく他のヒーローにも迷惑がかかるような事はできない。
 街の悪漢を懲らしめたところで社会は変わらない。それは分かっている。しかし、それでいい。欲しいのは感謝だけなのだから、なんの問題もないはずなのだ。

 果たしてその思惑は上手くいったのか。正直なところ自分でも上手く判断できない。だが、確かに見える景色は変わった。すでにキング・ハヌマーンはバンコク内では最も有名なヒーローとして高い知名度を誇っている。
 最初は人目を避けて町中を移動しつつ、適当な悪漢を懲らしめていただけだった。悪漢にとってはたまったものではないだろうが、その場だけでも被害者は助かるし、たとえ銃を持ち出されたところでヒーローが一般人に負ける道理はない。
 助けた被害者に怯えられて逃げられたり、感謝されない事もあった。過去に虐められていた経験のあるキング・ハヌマーンにはその心情も理解できたから仕方ないと割り切る。彼らの根底には、どうしてもっと早く助けてくれなかったのか、この場だけ助けられてどうしろというのかという身勝手な思考があるのが分かってしまうからだ。どうせ深入りする気のない自分には根本的な解決はできないし、そもそもしてはいけないのだと思う。
 怪人討伐以外で戦ったところで報酬はない。しかし、ヒーローポイントを持ち出しして各種消耗品やサービスを使ってでも活動は続ける。その先には何かがあると信じているからだ。
 結果としてバンコクの治安は劇的に良化した。すべてがすべて自分の功績とは言わないが、大部分が自分の成した事であるという自負はあった。あと、ハヌマーンのお面がやたら流行った。基本的に自分をモデルとしたものではなく過去の特撮のもので、しかも海賊版だが。
 活動場所を変えただけで犯罪が地方に流れただけとも考えられるし、流入場所になってしまった地域には申し訳ないが、確実に犯罪の総数は減っている。

「色々噂になってるぞ、お前」

 顔見知りのヒーローと話した時には、当然の如く話題になった。お互い素顔も本名も知らない同僚だが、真面目で良い奴である事は知っている。そんな関係だ。

「迷惑か?」
「今のところは特に。でかい反面教師がある以上、お前には分かっているだろうから止める気もない。いいんじゃないか? 正義の味方」

 深入りはしない。何があってもそれだけは逸脱しないと決めている。
 たとえば、人質をとってキング・ハヌマーンを名指しで脅迫してきても手は出さない。その結果、その人質が死ぬ事になっても弱みなど見せない。一度なら良くでも、その手が通用するなら常習化するのが目に見えているからだ。
 あくまでキング・ハヌマーンは目についた無関係な悪事を成敗する小さいヒーローでなければならない。大体、大きな変革を求めるなら自分一人でなく、多数を動かすべきだろう。

「自己満足って言う奴はヒーローの中にもいるし、心無い事や自分勝手な事を言ってる奴はネット上にもいるが、俺は単純に良い事だと思うぞ」
「実際、自己満足だからな」

 しかも、目の前の悪を放っておけないとか、そういう正義感でなく、あくまで自分の承認欲求を満たすためだけの行為だ。

「色々と理由をつけてそれができない奴は多いからな。目的が自己満足でしかなくとも、それは本当の意味でヒーローらしいと俺は思う。そういう意味じゃお前はヒーローのキングさ」
「これは適当に付けただけなんけど」

 単に、ハヌマーンだけだと神話か特撮と同じモノと誤解されそうだからという意味で付けたに過ぎない。トップに立ちたいとか、そういう意味すらなかった。ここはタイ王国なのだから、変な邪推をされても困る。

「経緯は関係なく、それを体現してるって意味だよ」

 とんだ高評価である。だが、それが気持ちいいのも確かだった。

「ただまあ、気をつけろよ。極力人間に干渉しないって姿勢は容易じゃない。実際、すでに綻びかけているわけだろ?」
「……まあな」

 確かにそうだ。中身が人間である以上、どれだけ気をつけても感情には囚われる。それが理由で切れない関係が生まれてしまうのも確かなのだ。
 切っ掛けはいつも通りの通りすがりを装った悪漢退治だった。本当は裏でヒーローサービスを使った動向調査の上で出撃しているのだが、それはあまり関係ない。
 その時の事件は誘拐事件だった。このバンコク内でも……いや、こういう都市だからこそ良くある犯罪の一つ。それを当然のように解決した。
 それがタイでも有数の大富豪の息子であった事が災いして、偶然と偶然が重なった結果、小さな関係が生まれてしまったのだ。自分を見る純真無垢な眼が無視できないのも問題だった。
 不幸中の幸いかそれとも逆なのか、その親は大富豪であるにも関わらず善人だった。いや、単に偏見かもしれないが、金持ちは悪人というイメージがあった自分にとって、それが衝撃だったのかもしれない。これがわずかでも自分を利用しようとかそういう意思が感じられた場合は無理にでも距離をとったのだが、ズルズルと交流が生まれてしまった。

 結局、利用したのは自分の側だ。正体が明かせない事、深く人間に干渉できない事情がある事、手探りで話しても問題のない範囲を探りつつ事情を説明したら、その上で協力を申し出てくれた。
 彼にも息子が喜ぶ姿を見たいからという理由を明かされたりもしたが、それが善人でなくてなんだというのか。承認欲求の肥大した自分が恥ずかしくなるような眩しさだった。
 この件については反省しなければならない。助けた相手がここまでの善人である保証などない。それどころか、悪人の餌食になっているのが善人という構図などそうはないのが現実なのだ。わずかな金で正義を売り渡すなど良くある光景だろう。
 とはいえ、彼ら家族との関係によってもたらされるモノが助かるのも確かだった。
 タイどころか外国の各地にある拠点をセーフハウス代わりに使用させてもらえたり、常識の範疇ではあるものの、権力者である事を利用してさり気なく裏から権力を行使してもらったり、情報を得たりと活動においてプラスの面は大きい。
 その代わりに何か要求されたりされれば手を切る合図なのだが、その徴候も見られなかった。せいぜい、息子にキング・ハヌマーンが活躍する姿を見せやってほしいと言われるくらいだ。
 罪悪感があったので、その息子に過去の対怪人動画を編集して見せたりしたら、少年の眼に盲目的な憧れが生まれるのを感じて更に罪悪感が生まれてしまった。
 とはいえ、元々の目的からすればそれは求めていたモノに相違ない。俺は確かに少年を始めとしてバンコク中から小さな感謝を感じている。
 気恥ずかしさとは裏腹に自分の選んだ道が間違いでなかったという確信も得た。

「ヒーロートーナメント?」

 反省点は抱えつつ、そんな忙しくも順風満帆な生活が日常になってきた頃、タイのヒーローでポイントを出し合って契約しているオペレーターを通じて謎のイベントの告知を受けた。
 どうも、ヒーロー同士で強さを決めるという自己満足と承認欲求の塊のようなイベントを開催するのだという。
 興味はあったが、各国の代表を集めて強さを競うイベントである以上、大して強くもない自分の出番はないなと諦めていたところ、何故か推薦するヒーローが多かった事もあって代表に選ばれてしまった。
 これも草の根活動の影響か。燻ったままでは決してあり得ない栄光に、足を踏み出してみて良かったと実感する。

 とはいえ、正直トーナメントを勝ち進む自信はなかった。タイ国内でもそう強いほうではないのだ。世界の代表が相手となると手も足も出ない可能性が高い。
 幸い、問答無用で瞬殺されるのが確定している怪物ヒーロー、マスカレイドは特例で出場できない事に決まったが、そんなどうしようもない例外だけでなく、周りはどいつもこいつも脅威なのだ。
 件の少年にも、そんな事情を正直に伝えるが、それでもという期待の眼差しに変わりがない。

「事情を聞く限り、その少年はお前が勝つところを見たいんじゃないだろ。そりゃ勝てれば嬉しいだろうが、雄々しく戦う姿を見せる事こそが重要なんじゃないのか? キング」

 同僚のヒーローから、そんな涙が出るような言葉で激励された。
 そうだ、誰が相手であっても、勝ち目がなくとも、無様な姿だけは晒さない。どんな相手にも雄々しく立ち向かう。それがキング・ハヌマーンの姿だと、多くの人に、あの少年に見せつけるのだ。

 それがキングであると証明するのだっ!!

 そうして、キング・ハヌマーンはヒーロー同士が競い合うトーナメントへと向かう。
 自己満足と承認欲求で肥大化した自分でも、それでも出した結果は間違いではないと証明するために。

● キャラクター紹介

キング・ハヌマーン
 バンコクを拠点として活動するタイのヒーロー。
 悪役ヅラの猿の仮面を被っているが、一応元ネタは黒歴史化した同地の特撮ヒーローであり正義の存在である。更に元ネタのインド神話でも普通に信仰対象だ。
 あまり自分に自信のない真面目な青年だったが、ヒーローになった事を切っ掛けに承認欲求が肥大化、称賛を求めるようになる。その結果が今回のSSである。
 彼がキングである事を証明できたのかは、書籍三巻に収録のヒーロートーナメントを参照してもらいたい。

ABマン
 正式名はアナルビーズマン。アメリカ合衆国ユタ州のヒーロー。
 ヒーロートーナメントでは第一回戦でキング・ハヌマーンと対戦し、勝利。あまりに苛烈な勝利にキングの名声は地に落ちる事となるが、本人は特に気にしていない。
 それより観衆の中に自分が支持する大統領がいた事のほうが問題だった。

(*■∀■*)
 「何がキングだよっ!!」

2023年3月28日

4件のコメント

匿名

なんというか、こう、筆舌に尽くし難いというか、キングさんが何したっていうんですか感はあるんですが、一方で自己顕示欲で活動の幅を広げてるとなんかどこかで痛い目を見そうに思えて、そんな挫折を安全?に経験できたのならむしろ良かったのかな、という気もしなくもないですw
いや、キングさんからしてみたらABマン絶許で復讐に走ってもおかしくないレベルの話だとは思うのですがw

返信
悪天候

ひどいとしか言いようがない。状況ですなw。
なにはともあれ、一般的なヒーロー視点が見れてよかった。
キングハヌマーン氏のこれからに幸あれ(笑)

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