◇◆◇幕間「マスカレイド対策会議」
怪人とは、人類の敵性存在である。
彼らは人間社会にとっての悪であり、それを誇りとしている。当然の如く人間の作り上げた法に縛られたりせず、むしろそこから逸脱する行為こそが尊ばれている。人間の基準でいうなら極悪な犯罪者だ。
警察も軍隊も、彼らを取り締まる事などできない。下級の怪人ですら撃退する事はほぼ不可能で、被害を食い止める事さえ困難。一体の下級怪人相手に軍隊が出撃・足止めして、大量の犠牲を出しつつ撤退させるなど、数少ない例を除けば、絶対的な暴力の格差が存在する。
自殺志願者を止めるつもりが昇天させたり、怪人の入ったカプセルをついつい太陽に向けて発射させてしまうなどの例もあるにはあるが、それらは例外もいいところである。やった本人たちも自覚はない。
そんな特殊な例外を除けば、怪人にとっての天敵は唯一ヒーローのみ。その定義は、怪人が出現するようになって二年経った今でも変わる事はない。
二度の世界的事件を経た現在、実は怪人がもたらした被害と対ヒーローの勝率は当初の想定よりも若干上と評価されている。単に数字だけなら怪人の圧倒的劣勢に見えるものの、ヒーローとの戦力差は元より一対一ではない。怪人側が不利になるように創られた以上、勝率は悪くて当然。主に銀色の奴のせいで怪人が被害を食らっている印象が強いだけで、世界全体から見れば大した事のない差でしかない。
絶え間なく補充される怪人の人海戦術によってヒーローを苦しめる体制は、悪の首領ジョン・ドゥの目論見通りに推移していると言ってもいいだろう。
怪人たちは己が弱いと知っている。知っているからこそ卑怯な手でも迷いなく使う。手段に囚われずに済むのは悪の利点だ。もっとヤバい外道に踏み躙られる事を無視すれば、どんな外道な行為さえ正当化できるというものだ。
とはいえそんな怪人の中にも優劣は存在する。ヒーローにおけるマスカレイドとそれ以外のような格差はさすがに存在しないが、怪人間の質の差はかなり激しいといってもいいだろう。
ステータスや能力によるランク評価は分かりやすいが、怪人の評価はそれだけに留まらない。特に、複数回の出撃を経て生き延びた怪人の存在は大きい。その経験は力となり、更に生き延びてヒーローと人間を苦しめる事になるはずだ。
「……それで、この集まりは一体なんだ」
地球上のどこにも存在しない廃ビルの一室。とある怪人のグループが占拠……というか自前の怪人ポイントで借りている場所に、数十人の怪人が集まっていた。
彼らに見た目上の統一性はない。出身や能力もバラバラだ。しかし、ある共通点を持った上でこの会合に参加している。その共通点とは、出撃して生還したという実績。基本的に格上であるヒーローと戦い、あるいはその手から逃れ、次に繋ぐ事ができた猛者たち。それが彼らなのだ。
そして、それは今回オブザーバーとして出席させられた八百長怪人ノーブックも同様といえる。本人的には別に参加するつもりはなく、半分拉致のようなものであったが、条件だけ見れば同じなのだ。
「名目上は実績のある有志の怪人によって開かれている勉強会のようなものだ」
上座に座る背広服の男が代表して回答する。見た目に怪人らしい要素はなく、ただの人間にしか見えないが、それは人間社会に潜伏するという目的で獲得した偽装能力の賜物である。元の姿に戻れば、見た目だけで人間を恐怖に陥れられるA級怪人だ。
名は潜伏怪人スパイダー。元の姿は蜘蛛の能力を保有した痩せ型の怪人である。ただの勉強会であるため何かの役職に就いてるというわけでもないが、取り纏めのようなものをしているらしい。
「なんとなく俺が招かれた要件は分かるが、一応聞いてもいいか?」
「君の想像の通りだよ。あの恐るべきマスカレイド相手に事実上唯一生き残った怪人。君の話を聞きたい怪人は多い」
正確には、戦って無事でいる怪人というべきか。一応、自滅したド・エームや出撃しなかったワキノス・メルという例はあるものの、参考にはならないし、そもそも死亡している。そんな中で、あの銀色の怪物と戦い、かつ生き延びているという事実はあまりに大きかった。たとえ、その実態が八百長であってもだ。
「その気持ちは分からんでもないが、正直に言うならやめておいたほうが無難だぞ」
「何故かな。口止めでもされているとか」
「いや、特には」
マスカレイド本人に確認しているから、そこは間違いない。ノーブック本人の名誉として言いたくない事、本人からそれとなく止められている情報はあるが、それは絶対的なものではない。
脅迫っぽい事をされたとしても、生きている社会基盤が異なる以上、完全に口止めする事は難しいとマスカレイド本人も考えていた。それでも存在が不都合になったら確実に消されるだろうから、ノーブックは問題ない範囲から逸脱しないよう自重している。
とはいえ、口止めされていない事すらこの場にいる怪人には意外なのだろうなとは思う。口止めされてない事にしろと言われていると考えるのがせいぜいだろう。説明しても無駄なのだが、話し始めてしまった以上説明しないわけにもいかない。
「奴は狡猾だ。俺が何か口にする事は折込み済で行動している。どこまで狙っているのかは分からんが、情報を聞く事自体が枷になる可能性もあるのだ。下手に小細工をして奴の逆鱗に触れれば、俺たちですら想像もつかないような目に遭わさせられるだろう」
「その逆鱗が何かというのを知りたい、というのでも?」
「探る事自体が危険だ、と俺は考えている」
そんな狂気のチキンレースなどしたくないし、一応は同胞である怪人たちにそれを勧めたりもしたくない。
別に怪人同士で同族意識などないが、それでも無惨な目に遭うのは居た堪れなくなる。ついでに、その矛先が自分に向けられるかもしれないとなると、慎重になるのも当然というものだろう。一切の躊躇がなくなったマスカレイドの報復など想像したくもなかった。とはいえ、それは人間への殺害欲求が薄いノーブックの考えであって、怪人の中では異端である事も確かだ。
「あの銀タイツが計算高いという事は分かるが、目の前に情報源があるのに探らないというのもね」
「それこそ奴の思う壺である。俺が脅迫されて嘘をつく、あるいは持っているのは掴まされた偽装情報かもしれない、という懸念をお前たちが抱く事まで計算している。つまり、その情報が真実であるかどうかに意味などない」
「猜疑心が膨らむ事を狙っているかもしれないと」
「そういう目論見もあるだろうな。もちろん、匂わせておいてただの予防線という事もあるだろうが、断定するのは楽観的に過ぎるというものだろう」
どう転んでもいいように予防線を張っている。それが有効だろうが無効だろうが損をしない。ノーリスクでリターンを得ているようにすら感じられるし、他のリスクに対する迷彩効果でもあるのだろう。
単に狡猾というだけなら手はある。しかし、その根幹にある異様なまでの戦闘力、どんな手段でも躊躇わない冷徹さがそれをカバーし、相乗効果さえ生み出しているのだ。
情報制限はかかっているものの、怪人たちはヒーローが元人間である事くらいは知っている。しかし、元人間がどうすればああなるのか理解できない。圧倒的な暴力とそれに裏付けされた狡猾さ、計算高さは他のヒーローと比べても異形といえるだろう。
更にタチが悪いのは、マスカレイドの行動にはおそらく偶然によるものが多く含まれている事だ。突発的に起きた問題を自分の都合の良いように利用している。できてしまっている。本人すら想定していないものを外野から対策できるはずもない。いっそ、何から何まで計算づくと言われたほうが気が楽だ。
「俺がこうして生きているのも、それが奴にとって都合がいいからというだけ……なのかもしれん」
少なくとも実力がなくて仕留めきれなかったという事はない。八百長のプロレスもどきはしてみたが、マスカレイドは少し力加減を間違えるだけでノーブックを粉々にできたのだ。フランケンシュタイナーの時などは気が気でなかった。あんな位置エネルギーの力など使わずとも、ほんの少し足に力を込めればそれだけで死ぬのだから。また、それらの手加減はノーブックの人間殺害履歴が判断材料になった可能性はあるものの、慈悲というわけでもないだろう。おそらくは前例を作りたかったのだ。
これが出会った怪人は例外なく必滅というのであれば諦める他ないが、変に前例があるせいでどうにかならないかと四苦八苦する。助かるかもしれないという希望を見出させる事で思考を縛り、自暴自棄になって自爆特攻に至るような行動を制限している。ヒーローがマスカレイド一人ならまだしも、他のヒーローという逃げ場がある事で余計に盤石さが増している。目の前の連中は、マスカレイドのタチの悪さが生み出した結果と言っても過言ではないだろう。
(……本当にタチの悪い)
考えれば考えるほど、マスカレイドの狡猾さが理解できてしまう。怪人全体が奴一人に掻き乱されているような状況だ。しかも対策が思いつかない。実は通常の枠で存在しているヒーローではなく、運営が用意した怪人のカウンター的な何かではないかと言われても信じてしまいそうだった。
「というわけで、俺があえて情報を流さないのには意図がある。それでも良ければ話しても構わんが、責任は一切とれんぞ」
「むう……」
スパイダーだけでなく、部屋中から唸り声が響いた。普段、相手を問わず超イキってる連中がマスカレイド問題では大人しくなってしまう姿を、ノーブックは滑稽だと思いつつも笑う事はできない。自分だって大差ないのだ。
◆◇◆
「ならばどうしろというのだっ!!」
そんな中、大声を上げる怪人が一人。
「……いや、中でもお前は駄目だろう。目の敵にされてるではないか」
それは特殊性癖四天王のリーダーだった。残っているはずのもう一人の姿は見当たらないが、藁を掴む思いでこの勉強会に足を運んだという事なのかもしれない。
特に因縁がある相手でなくても残虐度マックスなマスカレイドなのだ。最初から目を付けられている奴がどう対策しようが解決できるはずはない。正面から諦めろと言う気はないが。
「一応、残機は一残ってるだろう。それで時間稼ぎをするんだな」
「同志を残機言うなっ!? いや、いざとなったら身代わり……ピンチヒッターになってもらうべく、隔……待機してもらっている状態ではあるが」
その待遇は自分で残機扱いしているのと変わりなかった。特別製の檻か何かで閉じ込められてるからここに来れなかったというわけだ。
「それに、エビゾーリはまだ死んでないからっ!!」
「死んでないほうが深刻だろう。ずっと拷問を受けているようなものではないか」
イカロスシステムで射出されて以降、特殊性癖四天王の一員であるエビゾーリの生存は確認できても連絡が付かない。都合が悪くなるとすぐ逃げる奴ではあったが、太陽に向けて強制逃亡させられているのはさすがに同情せざるを得ない。通常の出撃でなかったから強制帰還ができないのも問題だし、下手に宇宙空間でも生存できてしまう怪人のスペックがマイナスに働いてしまっている。間違っても同じ目は遭いたくないと、この場にいる全員が同じ感想を抱いていた。
「ええい! ならば、この前のトーナメントで何を話したのかくらいは吐け!」
「だから、別に隠しているわけではないと言っているだろうが。というかお前も行けば良かっただろう。マスカレイドは招待したと言っていたぞ」
「行けるわけねーだろっ!?」
知ってた。あの場は戦闘厳禁だったから出席して即殺される事はなかっただろうが、ロクな目には遭わなかっただろう。マスカレイドは来ないと踏んでいたようだが、来たなら来たでひどい事になっていたのは明白である。そういう即応能力、意識の切り替えが早いのだ。あの銀色は。
「まあ、先ほども言ったように、何があったのかを言うのは構わん。俺も反応が気になるところではあったしな」
「……反応?」
マスカレイドの思惑はその場で聞いていたが、実際に話してどう反応するのかは想像でしかない。案外、ちゃんと説明すれば分かってもらえるかもしれない。
「帰ったら、他の怪人が何か情報がないか聞いてくるだろうから、『最近《 マスカレイド・千年殺し 》という必殺技を習得した』と言っておけと言われた」
一瞬の静寂の後、室内がザワつき始める。一番反応が激しいのは当然、四天王リーダーだ。
「な、なんだ、その如何にもな外道技は!?」
「言われたのが例のABマンの試合の最中だったから、多分想像通りのものなんだろう」
マスカレイドに浣腸されたら千年殺しどころではないが、名前から分かるのはそれくらいでしかない。それでも、その名前だけで効果は抜群だ。
「まあ、嘘らしいが」
「な、何を言ってるんだ、お前。その場限りの冗談とかそういう事なのか?」
「マスカレイドはそう言っていたな」
「…………」
完全に予想通りの反応になってしまった。全員が全員、そういう必殺技があるかもしれないと疑心暗鬼になっている。実際に名前を出された時点で影響があるのだから、極めてローリスクな情報迷彩である。
直接聞かされたノーブックにしても、完全に嘘だとは言い切れないのがタチの悪いところだ。というか、マスカレイドが単に浣腸しただけでも十分に必殺技なのだから本当と言えば本当でもある。ただ、もしも万が一にもそれが本当に新たな必殺技なのだとしたら目も当てられない。
単に高威力というだけならいい。いや、良くはないが、それは現在の延長線上の事だ。喰らえば死ぬだろうが、それは他の攻撃でも同じである。しかし、これが《 マスカレイド・インプロージョン 》の力点と作用点の操作のように固有の特性を持つのだとしたら、更にえげつない惨劇が生まれる事になるだろう。単に威力が増すとか、そういうありきたりな特性の必殺技をマスカレイドが習得するはずはないのだ。マスカレイドの残虐性を考慮するなら、内臓を含んだ中身すべてが肛門から排出されたり、腸が裏返ったりする事だってありえる。たとえ極悪な怪人でも、そんな死に方はしたくない。
そう、つまりコレはマスカレイドが用意した余計な情報なのだ。知ったところで意味はなく、可能性を示唆するだけで混乱を招く罠だ。そんな情報なら、知らないほうがマシである。特にターゲットにされている特殊性癖四天王は頭を抱える事になってしまった。
嘘なのか。嘘なのかもしれない。しかし、本当という可能性がある以上は無視できない。そもそも《 マスカレイド・千年殺し 》とか、どんなネーミングだよ。どう考えても浣腸されただけで終わるわけがない。あの外道ヒーローABマンと張り合って口から汚物が逆流してくるような事くらいは普通にやりそうだ。自分でブラフと言っているのだから、そんな技はないかもしれない。しかし、ある日突然必殺技を習得するのがヒーローなのだから、あってもおかしくはない。というか、新必殺技が一つとは限らない。マスカレイド以外のヒーローは専用必殺技を複数持っているのが普通なのだ。《 マスカレイド・インプロージョン 》とその派生である《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》しか使ってこないマスカレイドはその分新技の余地が存在するのかもしれない。やいやいやいやいや……。
意味もない情報一つで脳が悲鳴を上げている。確かに嫌がらせとしては極上だろう。大体マスカレイドの思惑通りだ。
「な、聞かないほうが良かっただろう?」
「…………」
誰も反論できなかった。
「この件に限らず、多分何を言っても同じだ。いい情報だろうが悪い情報だろうが、何かしら新情報が出ただけで混乱するだけなのだから、どうしようもないと腹を括るのが一番いい解決策だろうな。そうも言ってられんのは分かるが、それこそどうしようもない」
たとえマスカレイドが死んだという情報が入っても、一切安心できない。あの銀色が死ぬはずないと考えるのはもとより、それが偽報であると断言できない。運営から言われたところで同じである。なんか運営の手が届かないところで上手く誤魔化してしまいそうなのがマスカレイドだからだ。
自分は運が良かったとノーブックは考える。リングで半殺しの目に遭ったりしてもいるが、それくらいならプロレスラーには良くある事だ。ついでに、一度マッチングした事で再度対戦カードを組まれる確率も激減している。あえて日本への出撃を志願するのでもない限り、まず戦う事はないだろう。その事実が余裕に変わり、落ち着きを生み出しているのだ。
「まあ、現実的な対策としては、少しでも多く自主的に出撃して、強制マッチングの確率を下げる事くらいだろうな。日本から離れたエリアに出撃すれば、支援要請も届かんはずだ」
「それは分かっているんだけどね」
ここにいるメンバーは常に許された出撃枠をほぼフルに使っている状態だ。真面目な悪人というのもあるが、期間あたりの出撃回数が足りずに強制出撃させられるのはあまりに危険だと知っているからである。
そういう意味では南スーダンが無政府状態になっているのは大きい。ヒーローも寄り付かないから安全に回数をこなす事ができる。あの国は、今や怪人の草刈場と化しているのだ。このままバージョン2に正式移行すれば、アトランティス同様怪人の楽園にする事さえ可能だろう。
◆◇◆
「くそっ!! なんだこの葬式のような空気は! こんなところに来たのが間違いだった! 帰らせてもらうっ!」
一番どうしようもないだろう特殊性癖四天王のリーダーは、そう言って部屋から出ていってしまった。ミステリー小説なら真っ先に殺されるような奴のセリフだが、あながち間違ってもいない。ちなみに、この場にいる誰もが葬式に出席した事はない。怪人がいちいち葬式などしていたらキリがないからだ。
「途中退席がアリなら、俺も帰っていいか?」
「実は、彼に関しては呼んだ覚えがないから、引き止める必要がなかったというか……まあ、飛び入りを拒んだりもしてないんだけど」
スパイダー的には会員どころかゲストですらないらしい。
勝手に紛れ込んで、騒いで、どうしようもなさそうだと分かるなり勝手に帰るという身勝手さ。根本的に悪人ばかりの怪人には珍しくもないが、それを好意的に見る者が少ないのも事実だ。一致する利害がない以上、協力する必要もないだろう。それほどまでに特殊性癖四天王は詰んでいる。現にこの場にいる怪人のほとんどは同情の目で見ているほどだ。
「奴らにしてみれば自業自得な面もあるしな。知らなかったとはいえ、マスカレイドに正面から喧嘩売りに行ったのは擁護すらできん」
「彼らが犠牲になって治まるなら無理やり差し出すという手もあるんだけど」
「根本的に怪人とヒーローなのだから意味はないな」
巡り合わせのようなものもあって特殊性癖四天王はマスカレイドに目を付けられているものの、それ以外の怪人も敵性存在である事は変わりない。四天王がいなくなろうが、マスカレイドが怪人と戦う理由がなくなるわけでもない。四天王が内部でやっているように切羽詰まって代理にするとか、そういう状況でもない限り、わざわざ生贄にする必要もないのだ。
「ところで、この会議は毎回こんな不毛な事を繰り返しているのか? どうやればマスカレイドの魔の手から逃れられるかなど、考えるだけ無駄なのは分かるだろう」
「いや、元々は特定のヒーローに囚われない怪人の活動全体の意見交換会みたいなものだったんだ。参考動画にしても、個人で購入していたら無駄にヒーロー側にポイントが渡ってしまうからね」
「なるほど」
それは確かに道理であった。
怪人ポイントを使ってヒーローの動画を購入すれば、その一部は動画主であるヒーローに還元される。ヒーロー側がそれを認識しているかは把握していないが、むざむざ有利にさせる必要もない。勉強会の誰かが代表して購入すれば、出費は最小限に抑えられる。マスカレイドの情報や動画は異様に高額な設定をされているため、共同でないと購入する事ができない場合もあるだろう。加えて、勉強会内部で競争心を煽るメリットもある。無責任な怪人ならともかく、ここにいるのは真面目に悪行を追求する怪人ばかりなのだ。
マスカレイド一人の言動に右往左往しているが、実際のところ彼らが人間社会に与えた影響は大きい。
激化する南スーダンの内紛、スウェーデンやドイツで加熱している難民問題、中南米における社会の不安定化、とうとう発生した北アイルランドの独立テロ、元々の火種が燃え上がったケースが多数だが、社会情勢の加速には直接的にでないにせよ彼らの意図したものが一部含まれている。怪人の中では人間社会を混乱に陥れる事に長けているグループといってもいいだろう。代表のスパイダーがその変身能力で人間社会に潜伏しているのは、そういった事に必要な情報を集めるためという意味合いが強い。
通常、怪人が出現する際には担当するエリアのヒーローに告知される。出撃中にエリアの移動をした際も同様だ。サブ担当エリアとして設定されている海を含め、どこかの担当エリアを通過した時点で察知されてしまう。リアルタイムで勘付かれないとしても、記録には残る。出撃時間の問題もあって人間社会での潜伏など不可能に等しい。
しかし、この男は担当ヒーローのいない、完全に怪人の支配下におかれたエリア……アトランティス大陸内で制限を受ける事なく活動を行っている。バージョン2になった後、怪人の支配下地域を増やせるようになれば更に活動しやすくなるはずだ。理想としては、怪人の支配下にありながら人間が外部から流入、経済活動しているような状況が望ましい。
もっとも、スパイダーにも懸念はあった。他ならぬマスカレイド絡みの問題でもあるのだが、アトランティス大陸浮上の担当をしていた幹部からネットワーク越しの活動についての危険性が指摘されているのだ。
あのイベントの時、バベルの塔は外部からハッキングを受けてシステムの大部分が掌握されていたらしい。誰がという情報はないが、マスカレイドの裏か関係者にその手の工作が得意な……いや、世界的サイバーテロリストですら太刀打ちできない手腕の者がいる可能性があるとの事。独自のセキュリティを持つ怪人ネット、ヒーローネットならともかく、人間社会のインターネットは危険なのだ。
例の幹部が< 北米のゴースト >と呼ぶ、都市伝説じみたクラッカーの存在が見え隠れしている。
「というわけだから、動画でも見てもらって参考意見くらいは聞かせてほしいところだね」
「それくらいなら別に構わんが」
ノーブックとしても、自分に飛び火しないのであればマスカレイド対策が進むのは望むところだ。あの銀タイツの場合、突然気が変わったと言い出して理不尽に殺されてもおかしくないからだ。
「ならば、できるだけ新しいものがいいだろう。本人曰く、マスカレイドは常に成長しているらしいからな」
そのノーブックの言葉を聞いて、室内に戦慄が走った。
「俺程度では区別も付かんが、奴は日常生活を送っているだけでも進化を続けているという話だ。ブラフかもしれないが、それを念頭に動画を見ればまた違った印象を受けるかもしれん」
「なるほど……それを聞いただけでも君を呼んだ価値はあったかもしれない」
「言ったようにブラフの可能性もあるからな。個人的に《 マスカレイド・千年殺し 》はさすがにブラフだと思っているが、何が本当なのかさっぱり分からん」
「気をつけよう。では、今現在で最も新しい出撃動画から見直して……」
「代表」
そこで、一人の怪人から手が上がった。
「どうやら、先ほどマスカレイドが出撃したようです。今ならリアルタイムで最新の戦闘を見る事ができるかと。しかも、タイミング的にこれはバージョン2のプレテストかと」
「それはいい。紛うことない最新版だし、リアルタイム視聴なら購入費もかなり抑えられるからな」
昨年のクリスマスイベントから始まり、段階的な導入が決定しているバージョン2だが、リリース直前という事もあって頻繁にプレテストが行われている。怪人側がバージョン2のシステムを利用して出撃すればヒーロー側にも伝わり、その分のポイントが加算されるというものだ。ヒーロー側のシステムは追加されていないため、戦闘員を連れていける分、怪人側が一方的に有利になるという状態である。
戦闘員が追加されたところでマスカレイド相手に意味がある気はしないが、それはそれとしてどう対応するのかの確認はできる。願ってもないタイミングだ。
「相手は反逆怪人ゲコKujoeか。聞いた事はないが、新人かな。マスカレイドの戦闘は短いから、早速視聴に移るとしよう」
代表の背広が呟くと、部屋の天井から巨大スクリーンが降りてきた。怪人の施設に良くある標準設備である。そして、少し高めの施設で提供されるサブスクリーンまで完備されていた。これは怪人とヒーローの能力などを表示するための専用スクリーンである。
表示されるマスカレイドのステータスは相変わらず測定不能ばかりで役に立たない。必殺技についても《 マスカレイド・インプロージョン 》と《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》、《 影分身 》のみだ。つまり、少なくともこれまでの戦いで新必殺技は使われていないという事になる。ブラフの可能性が上がった事に、怪人たちの何人かはホッとしていた。
一方、蛙顔な対戦相手である反逆怪人ゲコKujoeのステータスは極めて平凡……いや、若干平均よりも低めのB級怪人だった。この評価だけで見るならマスカレイドどころか上位のヒーロー相手でも太刀打ちはできないだろう。
しかし、その保有能力である《 劣等の下剋上 》という能力は、自分よりも強いヒーローと戦う際に強化補正がかかるというもの。それも差があればあるほどに補正も大きくなるという強力なものだ。マスカレイドとの絶望的なまでの差に対してどこまで有効かは不明だが、一矢報いるくらいは可能かもしれない。逆に格下の相手だと大幅に弱体化するらしいが、マスカレイド相手なら関係ないだろう。
若干のタイムラグの後、メインスクリーンに表示された映像は見慣れたマスカレイドのオープニングムービーだった。出撃の直後は確認できなかったが、これならばほぼ全枠視聴する事ができる。もっとも、マスカレイドの場合はオープニングが終わったと同時にエンディングが始まる事もあるので油断はできない。高額の視聴料金を払って怪人が爆発するところしか確認できない可能性すらあるのだ。
「ん? オープニングが変わっているな」
それに気付いたノーブックが呟く。
曲や歌詞、映像の構成などはほぼ同じだが、途中に新カットがいくつか追加されている。この場にいる怪人のほとんどが嫌になるくらいこのオープニングを見せられている以上、些細な違いでも気付かないわけがない。
新たに増えたのは主にバージョン2から追加される戦闘員との戦闘シーンだ。途中、戦闘員が積み上げられた不気味なオブジェクトも追加されていたが、何を思ってこんな動画を作り上げたのか。まさか、たとえ使い捨ての戦闘員だろうが容赦はしないという意思を表明しているのか。
(暇だったのかもしれんな)
グロテスクなオブジェに戦慄する怪人たちの中で、ノーブックだけが真理を突いていた。撮影怪人カメラマンと交流があるようなので、早めの対応ができたとかそういう事なのだろう。
そうしている内にオープニングが終わり、提供クレジットを挟んで本編が始まる。
◆◇◆
『くっくっく、味方に裏切られた気分はどうだ……』
『おのれ……卑怯者が!』
本編が始まった途端、衝撃的な映像が飛び込んできた。すでに決着はついているような状態だ。それだけなら良くある事だが、状況と絵ヅラが尋常ではない。
「馬鹿な……っ!?」
あまりと言えばあまりな展開に、室内の怪人が声を張り上げる。
戦闘員に両脇を抱えられたズタボロの怪人。不敵に笑うマスカレイド。当然だが、風前の灯火なのは怪人側だ。何故か戦闘員がマスカレイドに味方しているという驚愕の場面である。
『くそっ!! 貴様ら戦闘員の癖に裏切りやがってっ!!』
『いえ、僕らも怪人の塔とかにされるのはちょっと……』
『普段イーッ! とかしか言わない癖に、流暢に喋ってんじゃねーよっ!!』
『キャラ付けとか言ってられる状況じゃないんで、すいません』
『ちくしょーーーっ!!』
一体何があれば戦闘員が裏切るというのか。アレは怪人同様、そういう風に創られたものだ。怪人をサポートし、ヒーローや人間に被害を与えるように刷り込まれている。それが全員マスカレイドに味方していた。
よく見ればオープニングにも登場していた不気味なオブジェが画面奥のほうに存在していたが、ひょっとしてアレが原因だとでもいうのか。
『よし、そのまましっかり捕まえておけよ。失敗したらただ爆散するだけになってしまうからな』
『Hai』
『や、やめろーーっ!! これ以上、何をするつもりだっ!!』
『テストだ』
そうして囚われた怪人の背後に回るマスカレイド。悪魔の如き存在が視界から消え、背後にいるというだけで圧倒的な恐怖に襲われるだろう。
『喰らえーーーっ!!!!』
――《 マスカレイド・千年殺し 》――
[ ナレーション ]
説明しよう! マスカレイドの《 マスカレイド・千年殺し 》とはっ! 全年齢では口に出せない部分に指を付き立て対象を内部から破壊する狂気の必殺技だ!
《 マスカレイド・インプロージョン 》を元に独自開発されたこの悪夢の必殺技を受けたが最後、体内の器官が時間をかけて徐々に壊死。可能な限り時間をかけて苦しみ続けるのだっ!!
あまりに使いづらく、汎用性に乏しいこの必殺技は、ただただ怪人を苦しめるためだけに創られた拷問技なのだっ!!
緻密に計算された力点と作用点の操作能力がまさかこんな事になってしまうなんて誰が想像しただろうかっ!? すまんな、怪人の諸君!
『アンギャーッッ!!』
逃れる事もできず、絶妙に画面に映らない部分にえらい事をされてしまった怪人が絶望の悲鳴を上げる。直後、言葉にできない部分から噴水のような体液が吐き出され、地獄のような苦しみが始まった。
その絵ヅラの汚さは、味方であるはずの戦闘員が『うわぁ……』とドン引きしている事からも良く分かるだろう。
そして、それを見ていた画面前の怪人たちも絶句していた。戦闘員に放置され、苦痛に塗れた怪人をバックにスタッフロールが重なるという特殊エンディングが始まっても画面から目が離せない。まだ怪人は死んでいないのに、終了した扱いである。
「えぇ……」
想像していた以上に恐ろしいモノを見せられてしまった。想像力を総動員して最悪のケースを考えていたというのに、更に限界を突き抜けていった感じだ。
「ふむ。どうやらブラフではなかったパターンらしい」
「いやいやいやいや、ちょっと待て! アレ見てなんでそんな反応なんだよっ!!」
「俺はもう諦めているからな」
マスカレイドが想像の斜め上を行くのはいつもの事である。怪人の反応も理解できるが、ノーブックはアレをそういうものだと認識し、諦めの境地にいるのだ。
他の怪人たちはといえば、わずか数分の映像なのに衝撃的な事実が多過ぎて飽和状態だ。味方のはずの戦闘員が裏切った。《 マスカレイド・千年殺し 》はブラフではなかった。想像を遥かに超える外道技だった。というか、独自開発とはなんだ。まさかポイントを使わずに自分で編み出したというのか。そもそも、時折発生するあのナレーションはなんなのか。誰もが疑問だらけだった。
「いやはや、大変だな」
「…………」
当座の危険がないノーブックだけが、この状況を冷静に受け止めていた。
バージョン2になろうがマスカレイドの魔の手は一切緩む気がしない。恒常的にという事はさすがにないだろうが、元々役に立ちそうになかった戦闘員は脅迫されて裏切る可能性まで出てしまった。これでは肉壁として使う事すら躊躇われるではないか。
一体どうすればいいのか。怪人たちの未来は受難に満ちている。
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