◇◆◇幕間「ヒーロートーナメント」
「べ、別にトーナメントに出たかったわけじゃないんだからねっ!」
『何故、突然ツンデレに……』
いや、何故か言わないといけない気したのだ。何かこう……大宇宙の触れてはいけない大いなる意思のようなものに囁かれたような。
当然、俺の突然の奇行に画面の向こうのミナミは困惑している。俺も困惑している。
『いきなりでなんの事やらと思いましたけど、例のトーナメントの話ですよね? まさか、出たかったんですか?』
「いや、ぶっちゃけると特には」
実のところ俺に功名心などないし、最強として認められたいという願望もない。そもそも、表に出たくない引き籠もりにトーナメントとか有り得ない。第一回トーナメントの覇者っていう肩書とかもいらないし。
じゃあ、出てもいいですよーって言われたら、やっぱりいいですって返事してしまうだろう。
「まあ、なんで提案した奴をハブるんだってのはあるけどな」
不満があるのはその部分だけである。
『それはそうですけど、マスカレイドさんが参加していい理由が一個も見当たらないです』
「い、一個くらいはあるんじゃねーかな。物事を多面的に見るってのは大事だと思うぞ」
『うーん………………ないです』
良く考えた上の意見ってアピールありがとう。確かに少し考えれば誰でも分かる事ではあるし、それは認めざるを得ない。多面的とかそういう問題でもない。
マスカレイドさんが出場するのなら優勝間違いなしというのは、どのヒーローに聞いても異論は出ないだろう。それこそ、マスカレイドVSその他全ヒーローでも勝ってしまいかねないほどの圧倒的差が存在するからだ。その中に決して近付きたくないABマンが含まれていたとしてもそこは変わらない。
しかしながら、この無敵の銀色が最強である事は示すまでもなく周知されている事で、それを証明するためにわざわざトーナメントなんてやる必要はないのである。これを認めずに、『いやいや最強はマスカレイドなんかじゃなく俺だから』と言い出す奴はおそらくいない。
最強である事が分かり切っている化物と争う気など起きるはずがない。必然的に目標が二位狙いになるだけならまだしも、トーナメント表の行く先にマスカレイドがいればそこが限界になってしまうとなればやってられない。最強を決めるトーナメントなのに、これでは勝ち上がるためのテンションがガタ落ちしてしまうだろう。もはや、全然最強を決めるトーナメントではない。いや、最強は決まるだろうが、盛り上がりはしない。
最悪、マスカレイド以外のヒーロー全員が棄権する事だって有り得る。さすがに一人トーナメントで優勝したところで嬉しくはないし、あまりの切なさに舞台上で泣いてしまうかもしれない。マスカレイドは心まで無敵というわけではないのである。意外なところで弱点が判明してしまったな。
『大体、他のヒーロー全員にアンケートとった上の話なんですよね?』
「そうだな。誰一人として出て欲しいというヒーローがいなかったらしい」
実のところ、この処置に至るまでには一応の経緯が存在する。トーナメントのようなイベントにマスカレイドの存在は劇物に過ぎると判断した運営は、開催が決定した段階で全ヒーローへマスカレイド出場についてのアンケートを実施したのだが、これがものの見事に出場反対の意見一色だったそうだ。つまり、これは事実上ヒーローの総意である。奴ら、揃いも揃って、『お前が最強でいいから出てくるんじゃない』と言っているのだ。
それだけではない。このトーナメントには賞金ならぬヒーローポイントも出るのだが、これを得る機会を捨てろという事かとツッコミを入れたら、無条件で優勝者の半額のポイントをくれると言い出したのだ。どんだけ出てほしくないのかという話である。
『不労所得大好きですよね?』
「まあな。特に出たくもないものに欠場を決めただけでポイント貰えるなら、俺の一人勝ちともいえる。……なんか、負けた気にはなるけど」
理不尽な扱いに目を瞑れば、得しかしていない。
ちなみに、優勝者とのエキシビジョンマッチならとも考えたが、せっかくの優勝に水を差すのはいただけない。さすがの銀色も空気は読めるのだ。いつもはあえて読まないだけである。
「だから、当日はVIP席で大人しく観戦ってわけだ。行かなくてもいいらしいけど、トーナメント自体には興味あるし」
『私も見たかったんですけどねー。なんでオペは同席禁止なんですかねー』
「なんか都合が悪いんだろうな。リアルタイムで情報与えたくないとか、相談させたくないとか」
実は今回のトーナメントにオペレーターの同席は認められていない。ついでに、担当神も不許可らしいが、多分かみさまは興味ないので問題はない。
専用の会場を造って開催するイベントだから、生でエロボディを拝むいい機会かと思ったのだが、ミナミに限らずビルに詰めているであろうオペレーター全員が出席不可との通達を受けてしまったのだ。しかも、会場内は通信も不可である。電波はもちろん、こうやってミナミと会話する事もできない。しかし、出席者をヒーローのみに絞りたいのかと思えば、オペレーターや担当神以外は同席OKとの事。一般人……たとえば、長谷川さんを呼んでもヒーローの推薦さえあれば会場に入れてしまうそうだ。いや、さすがに呼びはしないが。
この出席ルールに何も意図を感じないほど俺もミナミも愚かではない。何、とまではいかないが、それなりの思惑はあると考えるべきだ。
他のヒーローも同じように考えているのか、俺が出場できない事を知っているヒーローからもVIP席にはいて欲しいという嘆願が複数届いていた。これは別に俺に試合を見て欲しいというわけではなく、何かあった場合に対処して欲しいという意味なのだろう。力で解決できるなら大抵の事はなんとでもなるし、マスカレイドが会場内にいれば抑止力としても働く。
出場は反対するくせに、こういう風に頼りにはするのだから現金なものだ。
「悪いが、万が一の時にも即応できるよう待機しておいてくれ。そこまでは臭わないが、何かが起きる可能性はある」
『ラジャーです』
ヒーローの留守を狙った怪人の襲撃も考えたが、当日は怪人が出現しない事が明確に定められている。信用できるかといえばノーと言わざるを得ないが、運営は自らの定めたルールに関しては遵守している。こんなところでわざわざルールを破る必要はない。
安全だけを考えるなら観戦になど行かずに我関せずと欠席すればいいが、何かあるかもしれないのに情報がないというのも危険だ。
マスカレイドは強制的に出場禁止にしても、ヒーローそれぞれの出場は任意で全体の半数も出場しない。当日、都合が悪くなった場合でも相手が不戦勝になるだけ。突然、体調不良で帰りますというのでも許可されている。観戦出席も任意で、再入場禁止とはいえ会場からはいつ帰宅しても構わない。移動に関してはいつもの如く転送で一瞬だ。正直、ヒーローに対して何か仕掛ける意図があるとしても、対象がぼやけ過ぎている。
肩透かしの多い運営だから何もないって事も有り得るが、あるとすれば、もっと別の……なんだ?
「狙いはヒーロー以外か?」
『オペを狙って何かってのは、ルール上考え難いですけど。そもそも、このビルって運営の手の内ですし』
「……だな。わざわざ、ヒーローから引き離してどうこうってのは意味が薄い」
案外、オペレーターが云々以前に、ミナミ個人が何かしでかすかもという危機感から、という事も有り得るが、その可能性は低いだろう。クリスマスのイベントで異様な手腕を見せたミナミだが、アレは相手が人間であった事を利用しての事であって、ヒーローネットをはじめとする神々由来のシステムには一切干渉できていないのだから。運営からしてみればミナミを封殺する事は問題なくできるはずなのだ。
それに、いくらミナミだって無意味にクラッキングを始めたりはしないだろう。仮に可能としても、多分。……我慢できなくて、ついついセキュリティホール見つけちゃいましたーとか言い出しそうだな。
『じゃあ、それ以外……一般人とか』
「観客か」
俺が懸念として挙げていた観客の不在。一般人の招待が許可されているなら、それとは別に客を呼び込んでいてもおかしくない。どこまで情報公開するかは別にしても、呼ぶ事自体は可能なはずだ。
すでにヒーローの存在は明らかになっているのだから、トーナメントを開催しているのを見られても問題ないと判断しているのかもしれない。だが、そうだとしてもオペレーターの出席禁止がどう絡んでくるか繋がらない。
とりあえず、ただ最強のヒーローを決めようってだけのイベントとは考えないほうがいいだろう。
◆◇◆
そうしてトーナメント当日。予定時刻通り転送された先に待っていたのは、見るからにVIPルームと言わんばかりの分かりやすい部屋だった。
俺の部屋の十倍以上はありそうな面積にやたら高級そうな革張りのソファ、毛足の長い絨毯、用途があるのか分からないバーカウンターまで備え付けられている。
小市民な俺には気後れしそうな空間ではあるが、こういう時は無理にでもふてぶてしく振る舞ったほうがいい。幸い、その手の演技は得意なほうだ。
「お待ちしておりました。マスカレイド様」
そして、そんな部屋の中央で俺を出迎えたのは仮面を付けたタキシードの青年だった。どうやら、専属として俺を担当してくれるらしい。
雰囲気的にはおそらく人間ではないっぽい。かといって怪人でもヒーローでもなさそうだ。おそらくは、それ用に創られた存在といったところなんだろう。
「その仮面は?」
「本日、会場内にいる案内人はすべて同じ格好をしております。とはいえ、ここは個室ですので、不快という事なら外しますが」
「いやいい」
ネタで俺に合わせたのかとも思ったが、違うらしい。会場内の職員全員が仮面とか怪しい事この上ないが、元々からして怪しい連中なのだ。女の子なら仮面をとってもらう事も考えたが、声や骨格からしても男性だしな。
ちなみに、今日は俺も蝶マスク付きである。というか、全身フル装備の戦闘仕様だ。元々用心のためにスーツは着てくるつもりだったが、セキュリティ上の問題なのか、いつもの出撃と同様にヒーロー装備以外のものは転送されない仕組みらしい。ちゃんとパンフ読まなかったら、また全裸で過ごす羽目になるところだった。
「それでは、トーナメント開始前に軽くこの部屋について説明させて頂きます」
というわけで、案内人の説明が始まった。
最初に説明されたのは部屋の一面を占拠しているガラスの壁だ。現在はスモークがかかっているが、設定を変更すると向こう側……ようするに試合会場を見下ろす事ができるらしい。また、このガラスはディスプレイとしても使えるらしく、舞台のアップや控室の様子なども確認できるそうだ。
実際に試合会場を見てみたいと頼むと、リモコンのボタン一つで窓の全面が透明化し、向こう側にある舞台が見下ろせるようになった。どうやらこの部屋はかなり高い位置にあるらしい。舞台は広くはあっても、ヒーローにとっては微妙に手狭な感じで、逃げ回るのには向いてないように見える。ただ、下に落ちても場外負けなどはないらしい。飛べるヒーローも多いしな。
中継可能という控え室に関しては、担当エリアのヒーローが共用で使う部屋と個別のプライベートルームが存在していて、個別は許可が出ている部屋のみ閲覧可能らしい。試合前に緊張しているところは隠したいだろうから、ある意味配慮されているというわけだ。また、中継しているという事は向こう側も周知しているとの事。ちなみに、このVIPルームはプライベートルーム扱いらしい。出場していないのにマスカレイドの控室扱いである。
また、試合直前に使われる選手の待機室も試合場の脇に用意されていて、そこは中継可能だそうだ。一番の緊張状態にあるそこを公開してもいいんだろうかとも思うが、ヒーローたるもの、戦いの前に怯える姿を見せてはいけないという戒めなのかもしれない。
試合開始まではまだ時間があるのだが、現時点で会場入りしているヒーローも多くいた。動画では基本的に単独で戦っている姿しか見られないが、こうして奇抜な格好のヒーローたちが複数並んでいるのは新鮮な気分になる。複数の作品の主人公が共演して戦う特別編の映画のようなものかもしれない。
まあ、俺はVIPルームじゃないとしても一人なんだが。日本担当のヒーロー俺だけだし。
「お飲み物や軽食についてですが、この部屋にあるものは自由に飲食して頂いて構いません。個別に料理を用意する事も可能ですので、必要でしたらお気軽にお申し付け下さい」
部屋に備え付けられたワインセラーや巨大な冷蔵庫は飾りではないらしく、中身も充実していた。その中には俺でも名前を知っている高級酒も多く見られる。ただ、ここで飲み食いする分には問題ないが、持ち帰りは駄目らしい。アルコールを入れる気はないが、飯は色々良いものを食って帰ろうと思う。
とりあえず、置いてあったチーズとサラミは過去に体験した事がないほどに美味いものだった。一体どれくらいの値段がするのか見当もつかない。ポイントで買えるだろうから、後でブランドは聞いておこう。
「試合の撮影なんかは?」
「申し訳ありません。撮影自体はできますが、持ち帰りは許可されておりません。試合動画に関しては後日編集されたものが販売されるそうですが」
まあ、そこら辺は大体分かっていた事ではある。一応聞いてみただけだ。動画は売り物だから撮影しないでねというのも、理屈としては間違ってはいない。
ちなみに持ち帰る際に個別チェックが入るわけではなく、転送時にヒーロー装備以外のものが自動回収される仕様で、転送ポーチに入れていたとしても丸ごと失う事になるそうだ。そもそも、装備以外の物は持ち込めていないから特に問題ないといえばないが、装備として映像を記録する物を持っているヒーローも自動でデータが消去されるらしい。随分と念入りな事である。
まさか、会場から出る時に記憶消されるんじゃ……とも思ったが、それはないそうだ。
「あとはこれを」
案内人が、タブレットのようなものを手渡してくる。それは、トーナメント表に何かの記入欄が追加されたものだ。
「これは?」
「観客の皆様にも楽しんで頂けるように用意したレクリエーションです。各試合の勝敗と一位から三位までの順位予想をして、当たった方には粗品をプレゼントという催しです」
事前に抽選は行われていたのか運営が決めたのか、すでにトーナメント表は決まっているらしく、画面には今回出場するヒーローたちの名前が表示されていた。
その名前をチェックすると、簡単にプロフィールや過去の討伐などの簡易情報が見れる画面へと切り替わる。顔写真とヒーローネーム、担当地域、アルファベットの評価、出撃回数と怪人撃破数、ヒーローネットで確認できるほどではないが、知らない人でも予想ができる程度には情報も揃っている。……まるで、何も知らない人が予想するために用意された情報のようだ。
……ABマンはAブロックか。ばっちりアナルビーズマンと書かれてしまっているが、本人的にいいのだろうか。
「粗品ってのは?」
「色々ですね。専用のカタログが用意されていますので、そこから選択する形になります。もちろん、多く予想が当たれば良いカタログになる仕組みです」
「…………」
大体読めてきたが、どうやら懸念していた方向とは違う思惑らしい。これが当たってるなら、このイベント中にどうこうという事はなさそうだが……。
「つまり、このゲームは招待された観客全員が参加すると」
「左様です。もちろん参加自体は任意ですが、参加費があるわけでもなければ賭け金もない、ただのゲームなので個人的に放棄は勿体ないかなと」
「それで、それに参加する観客はどれくらい会場入りする見込みなんだ?」
「正確な数は非公開ですが、大雑把に千から三千の範囲です。すでに来場している方も多くいらっしゃいますよ」
見ますか? と言って、俺が頷くのを見ると、案内人は壁面のディスプレイに向かってリモコンを操作した。すると、画面の一部に小さなウインドウが開き、どこかの部屋と招待客が映し出される。
ウインドウに写っていたのは複数の男性だ。高級そうなスーツに身を包んではいるが、ヒーローや怪人とは縁遠かったはずの存在である。そこまで詳しくはない俺でも、さすがに見覚えはある。全員の名前は出てこなくとも、特に中央にいる男性については日本人なら知らないほうがおかしいだろう。それを見て、俺は今回のイベント開催に関しての思惑に確信を持った。
「世界中飛び回ってて忙しいはずなんだがな。……総理大臣と閣僚が観客かよ」
「このイベントに参加する事が重要だと考えて頂けたようです」
案内人はしれっと答えた。
観客として紹介されたのは、現役の総理大臣。日本国の政治の頂点にいる存在である。その周りにいるのは外務大臣、財務大臣……あとは顔も名前も知っているが、役職と一致させる自信はない。ミナミがいれば分かるんだろうが……ああ、あれは最近になって任命された怪人対策の大臣だったはずだ。ただ、閣僚だけにしては人数が多い。顔も名前も知らないが、おそらく官僚……事務次官クラスの人間も含まれているんじゃないかと思う。
……映っているのは日本人だけだが、これは映している部屋がそういう区分けになっているからだろう。こりゃ、別の部屋には各国の首脳が揃ってるな。
「お望みでしたらプライベートルーム毎に面会の希望を出す事も可能ですし、ここへ招く事もできます。申請も許可設定もその端末から行う事ができます。操作が不安でしたら、代理も行っていますが」
「いや、いい」
タブレットのそれらしき部分をタッチすると、この部屋の設定と共に面会の依頼申請が山ほど届いているのが表示された。そこには総理の名前をはじめ、見た事のある名前が多数。……それに加えて、米国大統領の名前や各国首脳っぽい名前まで並んでいる。名前だけだとさっぱりだが、とりあえず表示されている申請者の国籍はバラバラだ。
つまり、このイベントはこれが目的なのだ。必要な情報と、ヒーローとパイプを繋ぐ切っ掛けを人類側に与える。オペレーターが同席できないのは、そういった相談をさせないのが目的だろう。
……まずいな。予想以上に情報公開が早い。
「こういうのって普通、事前のネゴシエーションが必要なんじゃねーの?」
「必要でしたら私が条件のすり合わせを含めて対応しますが」
「……とりあえず俺に関しては必要ない」
「左様で」
総理はおろか、誰とも面会する気はない。会ったという事実だけでも色々面倒事が山ほど発生するだろう。
俺は会わないと決めているからいいが、ヒーローがこれだけいれば判断をミスる奴や何も考えずに会ってしまう奴もいるだろう。チャンスと捉える奴だっているかもしれない。
知己のヒーローにメッセージを飛ばす事も考えたが、おそらく無駄だ。担当エリア毎に部屋が分散している以上、対応は不可能に近いし、コレの危険性に気付かないとも思えない。問題は警戒を擦り抜けてくる漏れだ。
「……誰が誰に会ったという情報は貰えるのか?」
「申し訳ありませんが非公開です。もっとも、個人間で話す分には止めようがありませんが」
「左様で」
まあいい、ここは割り切る。絶対に回避不可能な問題が早めに出てきたってだけで、いずれ起きる展開ではあった。
これから先、国家の中枢に触れずにいるのはどう考えても無理がある。世界規模のイベントを通して存在が明らかにされている以上、絶対に何かしらの干渉は発生する。一切出撃しないのでもない限り、正体不明なヒーローを貫くのは不可能に近いだろう。人間社会を舞台にしていて、怪人を倒しているだけですってのは筋が通らない。だからこそ長谷川さんを雇ったわけだし、カルロスことアリーレザーに世界を飛び回ってもらっているのだ。
加えて、人間社会側の代表の気持ちも想像はつく。情報が欲しい。繋ぎを作りたい。ご機嫌をとっておきたい。できれば自分に得があるように。いくら怪人と戦ってくれるとはいえ、こんな超戦力が世間に存在しているのは不安でしょうがないだろう。だからって、こちらから無条件で歩み寄る気もないわけだが。
不謹慎かもしれないが、社会との対応にしくじった前例があったのは幸運だったのかもしれない。あのヒーロー殺害事件があった事で、ヒーロー側に慎重さが生まれているのも確かだ。政治家連中ならその事実を結び付けて、ヒーローとの接触に慎重になっている……者も多いだろう。これだけいれば、空気を読めない奴も読まない奴もいるんだろうな。一部分とはいえ、アトランティスを開放したヒーローのように。
とりあえず、現時点で受け取っている申請は無視する事にした。着拒もできるようだが、そのアクションも無駄な情報を与える事になるだろう。無反応なら、単にいないか気付いていないと考える……といいな。
「これって申請先に対象者がいないとどうなるんだ?」
「申請自体が行えなくなります。会場内にいれば履歴は残りますので試合中のヒーローへの申請は可能ですが、会場から出た時点でリストから消滅するはずです」
つまり、リストにあるって事は会場内にはいるって事で……居留守はできないと。うん、考えるだけ無駄な気がしてきたな。こういうもんだと切り替えていこう。
俺に関していえば政治家は全スルー確定だが、裏で何が起きてるか不安を抱えたまま観戦しても楽しめそうにない。横に怪しい仮面案内人を控えさせたままっていうのも、一人でっていうのも微妙な感じである。
いっそ、開き直って今からでも長谷川さんあたり呼ぶという事も考えたが、呼び出された事はミナミに伝わるだろうから変な心配をさせてしまいそうだ。
「ん、このリストって、この会場にいる奴限定だよな? 会場にいないはずなのにリストに挙がってる名前があるんだが」
具体的には今正に考えていた長谷川さんや妹の名前が表示されている。
「リストの下部にある色違いは来場可能かつ御本人が連絡をとった事のある相手で、この部屋への訪問依頼専用となります。リストにない方でも対応は可能ですが、少々時間がかかる可能性が……」
「ここにいる奴は許可が下りると。……これとかも?」
案内人に端末を見せて名前を指差す。
「……可能ですが、受諾するかどうかは相手次第ですよ」
それを見た案内人の顔は、仮面で隠れてはいても若干引きつっていたように見えた。
よし、切り替えていこう。
◆◇◆
「どーもどーも、お久しぶりです、マスカレイドさん」
そろそろヒーロートーナメントの開会式が始まろうという時間になって、その訪問者は現れた。
「久しぶり。忙しいところ悪いね」
「いえいえ、むしろ大歓迎です。知っての通り、私の立場は微妙ですし」
業務用カメラに手足が生えた撮影怪人カメラマンだ。相変わらず、どこから声を出しているのか良く分からない存在である。
「このトーナメントにはジャーナリストとして大変興味を惹かれていたのですが、如何せん招待されるはずもなく」
まあ、そうだろうな。こんな伝手のあるヒーローなんて、そういない。撮影の際も俺に付きっきりだったし、その条件である< 最終回直前に暴露される設定集 >にしても、現時点で購入しているのはウチの神様だけという話だ。ヒーローネット上にも載っていないから、存在自体知られていない可能性すらあった。
「ひょっとして、私以外もお誘いしたとか?」
「ああ、来るかどうかは相手次第だが、訪問依頼は数名な。ここは戦闘禁止だから、気軽に来れるかなと思って」
「いやその……私ならともかく、気軽にというのは無理がある気が」
知ってる。知ってて招待したのである。
「具体的には特殊性癖四天王の残党とか」
「なんて露骨な嫌がらせを……」
奴らの残党は残り三名。内一名は運営でも連絡がつかないのか名前がグレイアウトしていたが、他二名には遊びに来ないかと誘いをかけてみた。今頃はどう対応するべきか困惑している事だろう。
そんな雑談に興じていると、部屋のドアがノックされた。
「マスカレイド様、もう一名いらっしゃいましたがお通ししてもよろしいですか?」
「どうぞ」
来るかどうかは微妙なところだと思ったが、どうやら来たらしい。もちろん、四天王ではなく別枠だ。
案内されてドアをくぐるように入ってきた大男。腕が四本あると、その巨躯以上に威圧感があって部屋が狭く感じられるほどだ。
「ど、どうも」
その招待客、闘魂怪人……いや、八百長怪人ノーブックの表情は覆面の上からでも分かるほどに強張っていた。いつ改名したのかは知らないが、イメチェンだろうか。
「今日は一体どういう趣向でしょうか? ……まさか、そのカメラマンで私の弱みを撮影してバラ撒くためとか」
「そんな趣味はない」
動画バラ撒いたら、そういう事をしているって教えるようなものだ。密室で起きた事は、秘密のままだから意味があるんだぞ。相手が変に深読みしてくれたら最高である。
「というか、別に拒否しても良かったんだが」
「あんたの要求断ったら何されるか分からんだろうがっ!! そっちのほうが恐ろしいわ!」
何故かいきなり怒鳴られた。ここが非戦闘エリアだからか、八百長とはいえ一戦した事で慣れたのか。あまり緊張されても困るから、そちらのほうがいいが。
実際、ノーブックに関しては本当にダメ元だったし、彼個人に用事があるわけでもなかった。立場的にあやふやなカメラマンではなく、ちゃんと活動している怪人であれば誰でもいいのだが、候補が彼くらいしかいなかったのである。
「特殊性癖四天王の連中も誘ったけど、あいつらは多分来ないぞ」
「連中とあんたの関係ならそうでしょう! 殺されなくても、どんな恐ろしい事されるか分からない場所に誘われただけで震え上がるわ。今頃チビッてるんじゃねーのか。さすがにクリスマスの所業はドン引きだし」
「……なんかしたっけ?」
「あんたが気付いていないのは、それはそれで恐ろしいんだが」
バベルの塔で戦った怪人の中に紛れてたとか? しかし、あそこにいたのは基本アンチ・ヒーローズだけだったような。あとは、怪人かどうかも怪しいロボットみたいな奴。
「まあ、来たら来たでちゃんと歓迎するけどな。『どうやら間抜けが釣れたようだな』って」
「……さすがと言わざるを得ない」
というわけで、今回はこの怪人二名をゲストとしてヒーロートーナメントを観戦する事となった。胡散臭い案内人はドアの外で待機だ。
開会式は特に盛り上がりもせず無難に終わり、本番である試合が始まる。
今回出場するのは全ヒーローの中から選抜された64名の精鋭たちだ。トーナメント的な人数調整の結果というやつだろう。初回だからかシードも存在せず、単純に六回勝てば優勝である。
また、16名ごとにブロック分けされていて、ブロック内で担当地域が被らないように調整されているらしい。つまり、人数の多いアメリカやロシア、中国などでも最大4名までしか出場枠が存在しない。予選があったのかどうかは知らないが、選抜するのも中々大変だったんじゃないだろうかと思う。
試合時間五分のラウンド制で、一回戦は1R、二回戦は3Rと勝ち進むにつれて長くなっていく。ただ、ラウンド制といっても休憩を挟むわけではなく、仕切り直しこそするものの選手は常に舞台の上、単にポイントの優劣を付けるためだけのものらしい。どういう仕組みかは分からないが、相手に与えたダメージが得点として与えられ、その得点によってラウンド毎の採点が行われるそうだ。
一日という短い時間で最大五試合というのは体力的にキツイだろうが、そこら辺はヒーローである以上なんとかするんだろう。会場は治療設備も充実しているらしいし、不可能ではないはずだ。
殺しは問答無用で失格。ただし、それ以外であれば四肢切断しようが肛門を爆破されようが問題なし。試合が終わればヒーロー側に出費もなく治療してくれるそうだ。
だから、武器、スキル、能力に関しては制限なし。ダウン後の追撃も制限なし、金的などの反則打すらない。システム的に戦闘続行不可能と判定されたら終了のバーリトゥードだ。いや、バーリトゥードでももう少しルールに制限は設けていると思うが。
死ななければOKな、極めて大らかなイベントである。
盛大に選手名をコールされ、第一回戦が始まった。
試合の立ち上がりは静かなものだ。お互いに距離を測り、相手の出方を伺い、無駄とも思える時間が過ぎていく。それは、歴戦のヒーローとは思えない慎重過ぎる戦いぶりだ。
仲間内で模擬戦でもやっていない限りは初の対ヒーロー戦となる以上、どうしたって慣れが足りない。加えて、一万人には届かないとはいえ大観衆の前だ。声援がなくとも緊張はするだろう。
ふむ、これは解説者や実況がいたほうが盛り上がりそうだ。次回があるのかどうか知らんが、今度打診しておこう。
「どちらも怪人討伐数が二桁に届く強者なんですがね。対ヒーローだと調子が出ないとかでしょうか」
「観客の声援が届かんのが悪いんだろう。応援や罵声は選手の闘争心を湧き上がらせる為に必須だという事だな。やはりプロレスは偉大である」
俺の両脇では二名の怪人が極普通に論評を始めていた。どちらもこの手のイベントには詳しいのだろう。
「さて、試合は置いておくとしてだ。カメラマンにお願いしたい事があるんだが」
「え、ちょ……メインイベントを脇に置くんですか?」
多分、試合として面白くなりそうなのは二回戦以降だからな。その前にやっておきたい事がある。
「カメラマンは人間の政治家について詳しい?」
「え、ええ、まあ、それなりには。怪人なら大抵襲撃候補として調べてますし。政治の内容はともかく、人間関係なども」
ほう、意外なところから重要な情報が。これは今後の参考になるな。
「じゃあ、ノーブックも詳しいって事か?」
「プロレスをはじめ、格闘界の著名人なら大体網羅しているな」
「政治家は?」
「興味がない」
すぐそばに例外がいるみたいなんだが。そこんとこどうなんですかね、カメラマンさん。おい、目を逸らすな。
「今、この会場にいる観客について確認したいんだが」
「ああ、そういう目的があったんですか。そりゃ、なんの思惑もなく怪人招待しないですよね」
ないとは言わんが、それはついでである。
というわけで、試合はそっちのけで各国の招待客について解説してもらう事にした。
その結果分かったのは、やはりどの国も政治の中枢がメインとして招待されているらしい事だ。立場的に偉くとも、政治的な権力を持たない者は姿がない。日本でいうなら、どれだけ影響があろうとも天皇陛下は対象外だったというわけだ。単に宮内庁に止められたのかもしれないが。
「これ、政治関係者だけじゃないですね」
想定から外れていたのは政治家だけでなく宗教家や富豪、何かしらの組織を抱えている権力者、軍人、警察関係者も多くいるという事だ。日本だけ見ても、警察庁のお偉いさんや自衛隊の幕僚クラスまでいる。そして、政治家も確認できた限りすべてが与党関係者だった。……つまり、招待される条件は即時に権力を振るえる立場にある人間って事か。
そんな連中に対してこれだけの情報がバラ撒かれているとなると、その影響は計り知れない。そろそろ、長谷川さんが忙しくなりそうだ。
そんな中、未確定だがあまり好ましくない情報も追加された。
とある国のVIPルームにいるべきはずの重鎮がいない事があった。それだけなら単に出席していないという事も考えられるが、そんな例が複数確認できたのだ。
加えて、その内数名はその後に姿を確認できている。つまり、中継されていないプライベートルームにいたという事になるのだが……同時にその国の担当ヒーローが姿を消しているのも確認できてしまった。
すべてがそうだとはいわないが、権力者と直接コンタクトをとっているヒーローが何人かはいると考えるべきだろう。全体から見ればわずか数例に過ぎないが、それを無視する事はできなかった。
無視はできないが、今どうこうできるわけでもない。今できるのはただの確認作業だけである。あと、怪人への嫌がらせくらいだ。
試合は進み、全ヒーローが注目していた存在が姿を現す。そう、みんな大好きABマンである。生贄……もとい対戦相手はタイ代表のキング・ハヌマーン。野生に満ちた動きで相手を翻弄する、攻撃的なヒーローだ。
「結局、俺はなんで呼ばれたのか分からんのだが。試合の解説が必要というわけでもないだろう?」
そんなABマンの入場に合わせるように、ノーブックが聞いてきた。狙ったわけではないと思うが、この試合の解説はあまり聞きたくない。
「何かしてくれってわけじゃない。お前がここに呼ばれて来たという事実が重要なんだ」
「良く分からないが、そう言って油断させておいて何かされるってオチじゃ……」
「いや、ないから安心していい」
『ぁあああーっ!!』
試合会場からキング・ハヌマーンの汚い悲鳴が響く。あまり解説したくないが、ABマンのパンチが当たってしまったらしい。
そのせいで軽快だったフットワークが途端に悪くなるキング・ハヌマーン。それを見逃すABマンではなく、追撃のキックが命中する。真実を知る者は決して馬鹿にできないが、大した事なさそうな打撃に対し大げさな回避をするヒーローという、極めて微妙な光景だった。見ようによってはわざと負けようとしているように見えなくもない。帰ったら、地元のヒーローから『何がキングだよ』と馬鹿にされてしまいそうな案件だ。
俺は心情的にはキングの味方である。あの凶悪なヒーローと対峙する事になれば、誰でも足がすくんでしまうだろうからだ。
「おそらく、お前は帰った後、質問責めに遭うはずだ。一体何をして来たのかってな」
「それは確かにそうだろうな。……普通に試合観戦して来たと言えばいいのではないか?」
「それで問題ない。だが、それを聞いた連中はそれを信じない。何かを隠していると疑うはずだ。ここまでさんざん疑心暗鬼になるような事をしてるしな」
自分でやっていてなんだが、怪人たちは俺が積み重ね続けたストレスのせいで円形脱毛症になってしまうくらい疑心暗鬼に駆られているはずだ。当然、怪人のマスカレイドに対するイメージは最悪だろう。そんな悪魔のような奴が怪人を呼んでおいて何もしないわけがない。悪巧みをしているはずだと考える。呼ばれた本人が何もないと言っても説得力がない。むしろ何もなかったというほうが怖い。それ、絶対に口に出せないような手段で口止めされてるって思う。
「ぶっちゃけ、その手の輩は何を言っても信じたい事しか信じない。マスカレイドさんは優しかったですって言っても深読みするし、何も言わなくても悪いほうへと思考が流れる」
「面倒な……」
いや、お前の同類の話だからな。
「たとえば……そうだな」
『うああああああっ!!』
その時、試合が大きく動いた。ABマンの必殺技、《 ABフィニッシャー 》が、とうとう猿の化身に炸裂してしまったのだ。
肛門から大量の異物を引き抜かれるという、抗いようもない未知の感覚に悶絶するキング・ハヌマーン。相手が特に恨みのないヒーローであるからか爆発こそさせなかったものの、大量に生成された球状のものが対戦相手から引き抜かれ、舞台上を舞う。汚い。
「俺は最近、新必殺技《 マスカレイド千年殺し 》を体得した」
「え……何を突然、そんなえげつない技の話を」
「まあ、嘘なんだが」
ABマンの勇姿を見て思いついただけである。というか、千年殺しで通じるのな。
「なんでもいいから中であった事を吐けと言われて、お前が《 マスカレイド千年殺し 》という単語を出すだけで奴らの警戒はマックスだ」
「う、嘘なんですよね?」
「マスカレイドはそう言っていたな」
「…………」
そう伝えられたノーブックの表情は『うわ、タチ悪っ』ていう心情が伝わってくるようなモノだった。
「つまり、お前がここに来たという事実だけで不安を広げる事ができるわけだ。大丈夫、ノーブックに害はないから」
不安を煽られないのは無関係な者と真実を知る者だけだ。カメラマンなど、それくらいなんでもないという表情で、むしろ試合の結末にドン引きしているほどだ。
ぶっちゃけ、俺が不安だから怪人に嫌がらせをしたかったという感情がないわけではない。でも、ヒーローは怪人と争うものなのだから、精神攻撃してもいいよね。
そんな様々な思惑が入り混じったヒーロートーナメントは特に波乱も起きずに終了した。
第一回トーナメントの覇者はロシアのヒーローらしく、俺の記憶にない大男だった。結構なダークホースだったらしく、予想レースは大荒れだったらしい。意外性といえばそれくらいだろう。
尚、ABマンは二回戦で帰ってしまい、不戦敗となってしまった。どうも、二回戦から導入される選手入場時の解説動画が嫌で自国の大統領の前で大々的に紹介されるのが耐えられなかったと、後日販売された動画のインタビューで答えていた。どう考えても一番ダメージを受けたのは一回戦の対戦相手であるキング・ハヌマーンだというのに。
俺としては正直、ABマンの行動を含めてトーナメントの結果はどうでも良かった。気にかかるのはこの後の展開だ。今回の事で世界の首脳に多くの情報が流れた。その結果、世界を動かす権力を持つ者たちがどう動くかの予想は難しい。確実に分かるのは、これまでとは比較にならない速度で世界が変わっていくという事だけだ。
コメントを残す