引き籠もりヒーロー第3巻 校正用幕間

◇◆◇幕間「マスカレイド誕生秘話」

 人間社会で正確に認知されている記録ではないが、怪人の出現から三年が経過した。
 公式の映像記録として最初の怪人が確認されたのは三年前の二月、オーストラリア。キャンベラの近郊で暴威を撒き散らしたのちに消失するのを地元住民や観光客が目撃している。
 被害があったとはいえ、この時点で怪人の存在を信じる者はいなかった。後に資料を確認して映像記録が重要な参考情報として扱われるまではただのトリック映像という扱いだ。

 その一年後、現在から二年前、世界的ニュースにもなったアメリカ合衆国のホワイトハウス襲撃事件が発生。怪人の存在は隠蔽されたが、アメリカは事件直後から極秘裏に対怪人のプロジェクトチーム設立に向けて動き出している。
 それに遅れて数カ月後、中国で活動していた怪人調査グループを元とする非公式の情報収集組織が立ち上がったのを皮切りにイギリス、ロシア、ドイツ、イスラエル、オーストラリアの順に極わずかな期間で対策組織が誕生した。現在、国家を跨いだ対策組織は存在しないが、各国では何かしらの活動実績が確認できる状況である。
 この頃には怪人による誘拐事件も発生していたらしく、多くの情報に埋もれる形ではあるが、目撃例も何例か確認されている。

 そうして世界各国である程度怪人情報が拡散し、極秘裏に対策組織が立ち上がり始めた頃に発生したのがマンハッタンの通り魔事件だ。怪人事件として被害は然程でもない事件ではあるが、発生した場所、目撃者の数、大量の映像記録、加えてヒーローとの交戦がはっきりと表沙汰になってしまった事で情報が爆発、都市伝説レベルの噂話が知る人ぞ知る事実へと昇華された。あと、地味にプチ忍者ブームが発生していたらしい。
 この事件からしばらくの間、世界各地でヒーローによる同盟結成が相次ぐ。現在の大規模なチームのほとんどはこの時期に結成されたものである。

 そして一年前、ヒーロー担当区域の空白地帯となっていた日本にヒーローが誕生し、世界におけるヒーロー対怪人の構図が完成。
 最も新しいヒーローの誕生によって、業界に激震が走った。人間社会では特に気にも留めていないが、ヒーローや怪人はその圧倒的戦闘力と容赦のなさに戦慄した。特に、正面から対峙する事が定められている怪人は恐怖で物理的に震えていた。

 三月、世界同時多発爆弾テロ。百八体の爆弾怪人が落下し、その対応のためにヒーローが出撃。誤魔化す事が不可能なほどにヒーローの情報が拡散した。
 四月、日本にて複数箇所で立て籠もり事件が発生。海外で収監されているテログループの指導者解放を働きかけるよう日本政府に要求。同時期、怪人のみに適用されるマスカレイド安全基準法が制定。
 五月、北アイルランド ベルファストにて大規模な暴動が発生し、爆弾事件における被害地域で多数の重軽傷者を出す。また、中国でも同様に暴動が多数発生しているが、未公表のため詳細不明。その内の何件かは三月の事件を原因としたものと思われる。
 六月、日本にて闘魂怪人ノーブックによるテレビ局襲撃事件が発生し、軽傷者多数、一部重傷の被害。マスカレイド相手に生き残ったという事実が怪人たちを驚愕させた。
 八月、モーリタニアにて大量の真蛸が爆発する事件が発生。原因については不明のまま、調査は打ち切りとなった。
 九月、スウェーデン難民キャンプにて大規模なヒーローへの抗議デモが発生。地元住民との衝突に発展する。出動要請が多数あったにも拘わらず、暴動終息まで警察の出動は確認されていない。
 十月、南スーダンにて人間によるヒーロー殺害事件が発生。各国のヒーロー間で情報共有が行われ、同国への出動自粛が暗黙の了解として定まる。また、同時期よりスーダン共和国との国境付近で軍事活動が見られている。
 十一月、アフリカの複数国家にて”紛争に定義されない”戦闘行為が発生。事実上内戦に突入した国もあるが、あくまで国内の治安維持活動であると発表。アフリカ大陸全体が、政治的に極めて不安定な状態に陥っている。

 十二月クリスマス、アトランティス大陸(仮称)が浮上。二年前からの誘拐事件の被害者を人質として、アトランティス大陸を舞台として大規模な戦闘が行われる”はずだった”。
 実際にはヒーローによって開放されたのは極わずかで、怪人側が定義したエリアとしては中央のバベルの塔と沿岸の二箇所のみで終了する。そのバベルについても、ほとんど原型を留めないほどに崩壊し、瓦礫の山となっている。軌道ステーションの構造物は残っているようだが、迎撃システムに阻まれ、現時点ではどの国も到達できていない。人工衛星の被害が複数確認されている。また、二箇所の制圧地域にてヒーロー同士の戦闘が発生した模様。
 海流の変化や航路の変更、それによる気候の変化への対応など、北大西洋沿岸地域、特に欧州は問題が山積みの状態だ。

 十二月末、各国が独自に会談を進める中、国際連合安全保障理事会による緊急特別会開催が決定。しかし、新たな宣明は行われずに閉会を迎える。
 一月初旬、マスカレイド異世界に行く。異世界の魔王を轢殺するものの、特に地球への影響はなかった。
 一月中旬、アトランティス大陸沿岸地域を開放し、上陸可能としたのは自国のヒーローであるとキューバとイタリアが個別に発表。世界規模で臨時の首相・外相会談が行われている中、国際的な非難を浴びる。
 一月下旬、国籍不明の船がアトランティスに上陸しようと試みた後、沈没。海中で活動可能な怪人の仕業か、あるいはどこかの軍隊の攻撃かとヒーローネット上でも情報が錯綜する。
 二月初旬、イタリア、アメリカの二国共同でアトランティス公式初上陸。尚、初上陸者は合衆国の軍人だった。あくまで好意によって譲ってもらった栄誉と表明。
 二月中旬、とある週刊誌でバベルの塔から唯一転送に依らない帰還を遂げた奇跡の女子高生の独占スクープが掲載。内容的には無難なものばかりであったが、日本どころか世界の注目を浴びる。雑誌はプレミアがついた。
 二月末、緊縛怪人エビゾーリが行方不明である事がヒーローネット上で公表される。まだ死亡が確認されていないらしいが、何故わざわざ公表されたのかヒーローたちの間で混乱を呼ぶ。

 常識すら大きく揺らぎ続ける世界。
 表に出る事なく、都市伝説、噂話、あるいは怪奇現象としてしか扱われなかった怪人事件も、二度の世界規模イベントによって人間社会の認識を大きく変化させ、その存在を広く知らしめている。
 たった三年で地球の社会基盤が変化しつつあるのは、多くの人間が感じている事だろう。その変化は奇妙な事に画一的な悪化ではない。巨大な変化ではあるが、すべてにおいてマイナスかといえばそうでない面も存在するからだ。
 もちろん全体的に見ればマイナスだろう。少なくとも安定した社会からは遠ざかっている。しかし、ここから起きるであろう激動の時代を歓迎している者もまた多く存在するのである。
 たとえば、創作の類でしか有り得なかったヒーローや怪人が現れた事を純粋に喜ぶ者がいる。ヒーローという新たな商売のタネを求める者がいる。軌道エレベーターに代表される未知の力、未知の技術、未知の素材を求める者がいる。政治のパフォーマンスとして利用する者がいる。ヒーローの名を悪用して新興宗教を立ち上げる者がいる。
 ヒーローと怪人の存在はすでに日常として定着しつつあった。

 区切りというにはいささか局所的な話ではあるが、怪人の出現から三年というのは穴熊英雄が引き籠もりヒーローマスカレイドになってから一年という事であり、日本で怪人が活動を開始した時期でもある。
 ヒーローと怪人の存在が日本という国に一年という期間で与えた影響は大きい。しかし、世界で巻き起こっている変化から比べれば異常なほどに少ないといえた。
 今現在、日本が台風の目となっている理由として国民性によるものという有識者も多いが、被害の少なさが最大の原因である事は明白だった。ヒーローの活動ルールなど知らない人間社会では認識されていないが、それは担当ヒーローであるマスカレイドの功績であり、その力に依るものなのである。

 ヒーローの存在は世間に定着しつつある。しかし、ヒーローそれぞれの情報については未だ不明な部分が多い。
 理外の怪物である怪人と戦っている存在である以上、ヒーローは強い存在である事は認識されていても、ヒーロー間の実力差は注目されていない。
 少し深く情報を探ればマスカレイドの実力が隔絶している事は分かる。それはきっと時間が経つごとに困惑や疑問を呼ぶ事だろう。

 何故、こんなにも強いのか。個人の資質や環境というだけでは済まされない巨大な差が存在しているのか。
 怪人に対する非道さは生来のものかもしれないし、あるいはコントロールされたものかもしれないが説明をつける事はできる。しかし、あの隔絶というにも生温い超戦闘力は説明がつかない。十人分のヒーローパワーを注ぎ込んで生み出されたという切っ掛けはあるものの、それだけではただ減衰するだけだし、そもそもマスカレイドのパワーは十人分どころの騒ぎではない。計測不能な以上、正確な強さなど測りようはないが、実はヒーロー百人分と同等の強さですと言われても納得するヒーローや怪人は多いだろう。中には千人分と言われても納得してしまう者さえいるかもしれない。その上、本人曰く未だ発展途上。いや、成長の余地どころか初期段階に過ぎないというのだから戦慄するしかない。
 そのポテンシャルが高過ぎて上手く引き出せていないだけ、というならまだしも、マスカレイドは成長している。あまりに強過ぎておそらく認識すらされていないが、初期の戦闘から今に至るまで急成長しているのだ。通常のヒーローの初期値が100だったのが150になれば誰もが認めるしかない急成長ぶりだろうが、1億が1億500万になったとしても誰も気付けないのである。
 詳しい人間も、ヒーローも怪人も、おそらくは運営の神々も、ついでに本人にも理解できない。中にはそういうものだと思考放棄している者も多いが、特に直接対峙する可能性がある怪人は深刻な問題だ。たとえ悪を体現する存在でも怖いものは怖いのだ。

◆◇◆

 中央にちゃぶ台が置かれた殺風景な六畳間で、マスカレイドの担当神であるかみさまとオペレーター南美波がテレビの画面を通して向かい合っていた。
 いつもなら同席しているはずのマスカレイドの姿もない。それはお互いの関係上有り得ないとまではいかないが、珍しい事ではあった。なんせ、このかみさまは極端な面倒臭がりである。何もなければ基本寝て過ごしたいのだ。
「それで、何かな? トラブル?」
 とはいえ、不機嫌そうでもない。仮にも人の身には重荷という他ない、権能のほぼ全権を移譲しても問題なく対応しているのだから、マスカレイドとミナミはぐうたらなかみさまとしてはありがたい存在だった。加えてほとんど接触もしてこない、意見を求められる事はあっても責任を押し付けてくる事もない。それでいてポイントだけは寝ていても大量に入ってくるのである。すばらしい。
『いえ、地球全体が混乱状態ではありますが、今回の話とはほとんど関係はありません』
「まあ、君に全権委任状態で、私でないとできない事などほとんどないからね」
 ポイントという制限はあるものの、オペレーターというカテゴリの中でミナミにできない事はほとんどない。マスカレイドの外出許可や拠点の直接改造などくらいだ。
 ウィザード級どころか、すでに人類にとって理外の領域にあるハッカーである彼女は、素のサポート能力だけでも群を抜いているのだ。専用に創造されたオペレーターと比べても次元が違う業務処理能力に神の権限が加わった状況、加えてサポートする対象があのマスカレイドなのだから、処理不可能な問題を探すほうが困難な状況である。そして、そんな問題に対してかみさまが何かできるわけでもないのだ。
「そんな中、私の古巣の後処理で面倒をかけてしまって申し訳ないと感じているほどだ。正直、あそこまでしなくても十分だと思ったね」
 かみさまが言っているのは、彼が以前君臨していた世界で発生した問題をマスカレイドに処理してもらった事だ。異世界の轢殺事件は珍しく彼が自身のポイントまで使って依頼した事であり、地球にはまるで関係のない問題でもある。アレを倒したところでポイントが稼げるわけでもない。
『やり過ぎって事ですか?』
「それは問題ない。どちらかといえば気を使い過ぎ……かな。今回の依頼も元々は上からの指示で、私としては今更あの世界がどうなろうが知った事ではないからね。人間の国に対するケアなど、労力の無駄にしか感じられない。君たちにとっても、正に別世界の出来事だ」
『それは、王女に成り代わっていた魔王の討伐の事でしょうか』
「そう。依頼は最初の討伐で終了だったんだからね」
 確かに、あの時点で依頼完了の連絡は貰っていた。しかし、失点が判明すれば取り戻すのは正しいのではないだろうかとミナミは考える。気付かなかったならまだしも、気付いてしまえば無視するわけにもいかない。片手落ちの対応で、放っておけば再び世界の危機が訪れる事が確定している不穏分子など野放しにするわけにもいかない。マスカレイドが嫌だというなら強要する事もできないが、本人は別段気にも留めていないだろう。
 ただ、ミナミとしても結局は本来関わり合いのない別世界の出来事というのも理解できる。
『しかし、一番の懸念点はあの魔王……というよりもかみさまの狂信者だったはずでは?』
「あまり触れたくない部分ではあるけれど、否定はできない。実際、あの対処は私から見ればありがたいという他ない。恥ずかしいし」
 なら何が問題なのか。
『何もしなかったほうが良かったと?』
 それをした事によって、かみさまに何かしらの不都合な事が起きた可能性もあるが……。
 干渉があまりに少ないこのかみさまの底が掴めない。自堕落な姿が擬態である可能性だって十分にあると疑っている部分もある。
「いやいや、何したって構わないんだ。仕事としては想定以上の結果だと評価できる。ただ、それは地球のヒーローが頑張る事じゃないんじゃないかなーとは思う。ウチは英雄君があんな感じだから大した労力でないと思うかもしれないけど、これが平均的なヒーローなら本業に支障をきたしかねないんだから」
 魔王の力は平均的なA相当の怪人と同程度のもの。マスカレイドにとってみればパンチ一つでバラバラになる程度のものだが、他のヒーローが戦うなら紛れもない強敵だ。やられそうになっていた勇者だって、並のヒーローよりは遥かに強い。
 アメリカ東海岸同盟のような、自分たちこそが正義だといわんばかりの集団なら善意のみに期待して依頼しても問題はないだろうし、事実組織的にも可能な案件ではあるが、それだって世界で見て正にトップチームだからできる事ではある。中小規模のチームや単独で活動しているヒーローに依頼できるようなものではない。本来関係のない事案に忙殺されて担当地域に被害を出すのは問題だろう。
「つまり、私としては英雄君や君が片手間でできる程度の介入でも問題なかったって事さ。内容や結果はまったく問題ない。少なくとも咎めるようなポイントは皆無だ」
『かといって、みすみす見逃すのも……』
「同じ人間、同じ視点で見てしまうとそうも言ってられないんだろうけど、上は多分そういう部分も狙ってるんだろう。地球の神々は嫌らしいね、まったく」
 上司批判である。このかみさまは失うものがないから言いたい放題だ。
 穴熊英雄をはじめ、確かにヒーローは基本的に根は善良な人間ばかりが集められている傾向が見受けられるから、誰が担当しても似たような結果にはなる可能性は高いだろう。そういう点を考慮しての依頼だったというのか。考慮したのが誰かは別としても。
「ケアをしに行ってヒーローが精神ダメージを受けるかもしれない。そういったケースも想定してストップをかけるのは担当の役目だ。つまり、ミナミ君の役目」
 ヒーローが断るとしても、それで異世界を救えなかったという結果に後悔を抱くのは精神的にマイナスしかない。地球の活動にわずかでも支障が出る可能性があるのなら、依頼前に止めて当然。正解はおそらくヒーローに依頼する前に握り潰す事なのだろう。ポイントというメリットがある以上、その匙加減は測る必要はあるが、ヒーローの善意だけに期待するにはリスクが高過ぎる。
『えーと、そういった事の担当はかみさまなのでは?』
「私は楽をするために全権委任してるんだから、責任はとっても役目としては君だよ。まあ、労力抜きにしても極力不干渉でいくつもりだけど」
 強い口調である。異議は認めないという意思を感じさせる。……何か別の意図でもあるのだろうか。このかみさまの場合、ない可能性が高いのがまたミナミを困惑させる。
「ほぼ唯一の例外として、英雄君の場合は心配いらないだろうけどね。規格外の強さに加えて極端に慎重、人間社会の影響も皆無で、自分の能力や影響を極力把握し、おまけにトラブルにも強い。同じだけのヒーローパワーを持っていたとしても、彼以外では大失敗に至っていたであろうケースも多い」
 特に爆弾怪人の一件や闘魂……八百長怪人の試合は分かり易い。クリスマスにしてもこれ以上影響の小さい結果は有り得ないといえるだろう。そして、その実績はこれからの活動にも活きてくるはずだ。
『実は、今回個別に連絡をとったのはその事です。マスカレイドさんの強さについて、いい加減確認しておきたいと思いまして』
 誰もが疑問を持つ、ヒーロー マスカレイドの強さ。本人ですら把握し切れていない現象だが、もはや原因を知っているとすればこのかみさま以外に有り得ないだろう。それがマスカレイド自身に聞かれたらまずい、後ろ暗い事がある可能性もあるから、こうして二者で会談を行っているのだ。
「君の懸念は、英雄君はいくらなんでも強過ぎるって事かな。偶然ってレベルだと説明がつかないほどに隔絶してるから、私が他の担当の知らない何かしらの介入をしたのではないかって」
『はい』
「ついでに、英雄君には言えない事情があるかもしれないってところかな」
 やはり、このかみさまはキレる。仕事という面では決して有能ではないが、それは姿勢の問題であって、本人の能力に依るものではないという事だ。少なくともボンクラではない。
 つまり、その神が唯一担当したマスカレイドの異常な強さは想定されたものだったのではないか、それを前提とした目的が別にあるのではないか、という懸念が拭えない。
「正直なところを言ってしまえば、まったくの偶然だね。君の勘違いだ。なんなら、奪われた私の過去の名にかけて誓ってもいいくらいだ」
『……は?』
 しかし、真正面から否定された。それでは、なんの思惑も秘密もなしにあの超戦力が誕生したとでもいうのか。
「あれだけの力なら、原因があると考えるのは当然。そして、私がその原因ではないかという懸念は分かる。情報だけ渡されたら私でもその考えに至るだろうから、その疑念は尤もだ。でも、これがまったくの偶然。私にも想定外の出来事なんだな」
『そう言われても納得し辛いものが』
「でも、本当に意図するところはないからね。あの意味不明過ぎる力は一体なんなんだろうっていつも考えてるくらいさ。考えても仕方ないから諦めたけど」
 そこで諦めるのかと、ミナミがジト目を向けるが、これくらいは許されてもいいだろう。
「君が調査をすると言っても止める気はないし、気になるからむしろ推奨するよ。面倒な事じゃなければ、協力もする」
『心当たりもないんですか?』
 かみさまの言葉をどこまで信じられるかは別としても、少なくともこの場で答えが出ないのには間違いないようだ。
「あるにはあるけど、誰でも思いつきそうな事だし、正解かどうかは自信ないなあ。たとえば、この世界の神々の中にそういう手出しをした者がいるとかね」
『神様の業界についてはほとんど知りませんが、有り得そうに聞こえますけど』
 それはすでにミナミもマスカレイドも疑っている可能性だ。それならば、この神様が干渉していない理由としてもおかしくはない。
「この場合、規定を信じるなら、英雄君が運営と呼んでいる神々は原因の候補に入らない。なら、まったく別の存在か、更に上位の介入……どの道、真偽が確認できない部分からの手出しの可能性が高いんだよね。加えて、英雄君の無軌道ぶりを考えると、事前に何かの思惑があったとも考え辛い。カンフル剤としての役目を期待していたっていうなら分からないでもないけど、それはどちらかといえば運営の考えだろう」
『少なくとも、運営を行っている神々の中では想定外ではないかと?』
「多分ね。なんせ、ここまでそういう兆候が一切見られない。一歩引いた目線で確認してても、それっぽい動きは皆無だ」
 やはり、怠惰な行動にも意味はあるという事か。半分くらいそれが本音のような可能性もあるが。
「ついでに言うなら、英雄君のハチャメチャっぷりは運営の連中も好意的に見ている可能性が高い」
『人気ありますしね』
 ヒーローネット上の反応だけ見てもマスカレイドの人気は高い。神々だけでなく、同じヒーローでも同様に。
 自分より遥かに優秀な同業者相手だと嫉妬するものだろうが、あれだけ隔絶した力を持っているとそうでもないらしい。そういった傾向がまったくないとは言わないが、最早同じヒーローとして見ていない可能性もある。
 それだけ力があるんだからもっと怪人を倒せという者もいるが、一人で戦っていて担当エリアに一切の被害を出していないマスカレイド相手に言う事でないのは誰だって分かる。エリアにはそれぞれ担当ヒーローがいるのだから、対応するのは現地のヒーローであるべきなのだ。力及ばず、救援を求めるにしても、まずは同エリアのヒーローへ声をかけるのが筋というものである。
 もしも、日本に担当ヒーローが複数いるならばそういった問題が発生していた可能性はあるが、不幸中の幸いといってもいいのか日本の担当ヒーローはマスカレイドただ一人だ。……これもまた、偶然の産物。
「まあ、最近になって、英雄君の場合はあれが天然なんじゃないかなーと思うようにもなってきた」
『元々飛び抜けた才能と適性があって、それが活かされているだけだと?』
「うん」
 そんな馬鹿な。
「この世界に限った話じゃないけど、人類世界において時代の節目には英雄と呼ばれる傑物が現れるものだろ? そういうポテンシャルを持った者がこちらの条件に合致したっていう可能性は十分にある……んじゃないかなーって思ったり」
『この前の勇者のような?』
「ああ、アレもその類だね。魔王のほうはともかく、ヒーローに匹敵する存在が在野から現れるのは普通なら有り得ない確率だと思う。君も知っての通り、この件に関して私はノータッチだし。ノータッチ故に発生した事態ともいえるけど」
 依頼主ではあるものの、ミナミの把握している限りあの件にかみさまはほとんど関与してない。勇者を神の権能で創り上げるにしても、その力は失われている。
 現在あの世界を管理しているという地球の神が何かをした可能性はあるが、その真偽は確認できない。
『では、マスカレイドさんのあの力はまったくの偶然で、たまたま引っ掛かっただけという事ですか?』
「在野にいたのは偶然。だけど、たまたまというのはちょっと語弊があるかな」
『……というと?』
「実は、担当神はヒーローの候補を選別するのに予め用意されたシステムを使っているんだ。もちろん、ヒーローとしての最低限の素質を備えている事は大前提の条件だけど、それに加えて任意で決めた条件に合致する者を選別できた。検索後に条件に一致した割合を含めて結果が出るから、それを見て私たちは接触を行うわけだ」
 正義感が強い、メンタルが強い、強靭な肉体を持っている、暇を持て余している、特撮ヒーローへの強い憧れを持っている、悪は許せない……など、直接ヒーローとしての資質に関わるものだけでなく、身長が何cm以上、学生時代にカバディ部へ所属していた経験の有無、日に何本以上の抜け毛があるか……などの条件も設定可能だった。ある意味、担当するヒーローを好みで選別しているのである。
 とにかく戦闘力を求めるならそう設定して検索すればいいが、性格に難がある可能性もある。無害そうな性格だったものが力を得た事によって変貌する可能性だって否定はできない。そういった問題を極力回避するためのシステムといえる。ただし、これらの検索条件はあくまで任意であって、ヒーローとしての活動にプラスになる要素であるかどうかは無関係である。中には見ていて面白そうという理由で、ヒーロー適性度外視の選抜を行っている担当もいるだろう。
『……マスカレイドさんは、かみさまの指定した条件に引っ掛かったという事ですか。良ければその条件を聞いても?』
「条件は二つ。”私が楽できる事”、”それを実現するために最適な判断や行動を行える事”だったはずだ。精度は検索時間に比例するらしいから、そこの二つに関しては日本人の中では屈指の適性を秘めていたはずだね。確かに、第二位の適性持ちと比較して群を抜いていた。評価基準はいまいち分からないんだけども」
『は、はあ……』
 かみさまがマスカレイドをヒーローにしたのは最後だ。もしも、その間ずっと検索していたとするならば、極限の精度でその適性持ちが発見されたという事になる。
「だから、英雄君が十人分のパワーをくれと言った時も許可した。そんな適性を持っている者がいきなり不可能な提案をするとは思えないし、実際私が楽になる事だしね」
『本人にとっての未知ですら判断に含まれると?』
「分からない。だけど、駄目元でやってみたら上手くいったという感じだね」
『…………』
 駄目元で上手くいけば自分が楽をできる人材になる。失敗しても日本がヒーロー不在になるだけで、自分は対応をしたという実績は残る。地球に興味のないかみさまとしては、どちらでもいいという事なのだろう。このかみさまはヒーローの担当であるものの、無条件で地球人や日本人の味方というわけでもない。……言っている事に矛盾はないように思える。
「条件にヒーローパワーへの適性は含めていないからどうなるかと思ったけど、案外上手くいくもんだね」
『それが本当なら、すさまじい偶然なのでは?』
「そうだね。でもまあ、私が関与したとすればそれだけだ。案外、とにかく強い者って条件でも同じだったかもしれないけど、それだと十人分のパワーを集約する要請は却下していたかもしれない」
『しかし、それにしたってマスカレイドさんの強さは異常です』
「だからその理由は私にも分からない。つまり、結局のところ英雄君は……いや、マスカレイドは意味不明という結論になる」
 選抜された理由が分かっただけで、存在そのものも、強さの根源も意味不明。肝心な部分は不明のまま、まったく変わっていなかった。いっそ、ヒーローにする際に魂レベルで改竄したと言われたほうが納得できただろう。
「だから、あの意味不明さは私も興味がある。何か分かったら情報共有するように」
『は、はい。でも、それじゃ今後解明される事もないような……』
「そうでもないと思うんだけどね」
 選抜し、力を与えた者が意味不明と言うものを解明できる可能性は高いとはいえないだろう。しかし、かみさまは違う意見なようだった。
「私には分からない事でも、そこに私が楽をできるという結果が伴うなら、英雄君、あるいは彼に”偶然”選ばれた君なら解明できるかもしれない。私はそう考えている」
 どこまでも偶然に頼った話である。しかし、元々の経緯と現在に残る結果を見れば、その考えもある程度は納得できてしまうものではあった。

 通信を切った後で一息ついた後、ミナミは考える。
 ならば、この出会いもあるいはただの偶然ではなく、意味のある偶然なのかもしれないと。……そう考えて頬を緩めていた。

◆◇◆

『てな事をかみさまと話しました』
「へー」
 珍しく連絡不可な用事があるから何かと思えば、そんな事を話していたらしい。そして、俺に話しても問題なさそうだと判断したミナミはそのままぶっちゃけたというわけだ。
 内容や結果については、正直どうでも良いというのが本音だ。実はかみさまに改造されていたとか理由が分かったのならともかく、意味不明というだけの結論ではそれこそ意味がない。いや、元々弄られてはいるんだが。
『きょ、興味なさそうですね』
「そんな事はないが、実のところマスカレイドの超パワーの根源や強さの限界について解明するのもまずい気がしてるんだよな」
『また何か懸念が?』
「今のところ上限が見えてないからアレだが、目星がついた段階でそれを想定した対策を立てられる気がする」
 直近でそれを感じたのはアトランティス(笑)突入時のバリアだ。アレはなんとか破れたが、怪人対ヒーローの盤面の外側で運営が形振り構わず対策してきたらどうにでもなってしまう気がするのだ。想定外の事態に対応するための対策ならバランス云々は関係ないからな。
「仮にマスカレイドの創り方が分かりました。だから同ポテンシャルの怪人を創りますって言い出したら困るだろ?」
『またありそうな話ですね。最強師匠キャラが主人公パーティの最終決戦に参加できない理由付けみたいな立ち位置になりそうな』
「そういうのもありそうだな」
 そんなに強い奴が世界の危機にどこで何やってたんだという話である。そいつしか押さえられない超戦力の足止めしてましたっていうなら納得もできるだろう。
 マスカレイドしか対応不可能な化物なんて投入されたら、俺はともかく他のヒーローは頭を抱えるしかない。人間から見たらその他大勢の怪人と大差ない気がしなくもないあたり、全体のバランスは取れているのかもしれないが。
「かといって、鍛えるのを止める気はないんだがな。立ち止まるなら普通に対策されかねないし」
『実は再現不能なバグで上限がない場合はどうでしょう?』
「それなら……まあ、問題はないが。強さの上限なしで強くなる超生物になってしまうのも人間としてどうなんだ?」
『大丈夫です。今の状況でも大して変わりません。制御できるなら、月をパンチで壊せるようになったとしても、ああとうとう月壊せるようになったんだーくらいの反応しかないと思います』
「お前の中でマスカレイドさんはどういう存在なんだ……」
『いや、大体みんな同じ感じじゃないですかね?』
 別に言う気はないが、このまま成長が続くのなら、それくらいできるようになりかねないから怖い話である。そんなパワーを持った奴が日常にいるのは怖いかもしれないが、俺は天下の引き籠もりだ。暴発の危険性は極めて低いといえるだろう。もしも試し打ちしたいのなら、怪人なり異世界なりという的もあるし。

『というわけで、例のヒーローアンケートは書き終わりました?』
「ん? ああ、文脈に繋がりが見えないが、アレならDドライブ直下に置いてあるから持っていってくれ」
 もはや、ミナミに対してセキュリティをどうこう考える気はなくなっている。何しても無駄なのだから、いっそ全部無防備でいる事にしたのだ。エロ画像もプライバシーなアレも、最初から筒抜けで取り繕う必要はないと考えるなら、それは逆にスパイスになる。……のかもしれないと、露出狂ではない俺は考え始めている。
 アラスカ出張までしてわざわざ購入したPCも、かみさまの権限使われたら簡単にアクセスできてしまうらしいので、最近では埃を被っている状態だ。そろそろ、妹がくれと言い出しそうな雰囲気である。
 前向きに考えるのなら、秘匿すべき情報が多い中、ソフトウェア的なセキュリティをミナミに全投げできるのは大きなメリットでもあった。こいつ、偽装のためだけに俺のPCから発信されそうなパケットを自動で流す仕組みとか組んでるし。ルーターのシステムバージョンが非公式のものになっていたのを発見した時はドン引きしたものだ。気付いていないだけでPCのソフトウェアもすべて改竄されている恐れすらある。
『いや、これで他のヒーローから見たマスカレイドさんの評価も明らかになるなーと』
「まさか、近付きたくないヒーローランキングの一位にされるとでもいうのか」
 異様な強さのマスカレイドの評価についての繋がりか。
 ほとんど接触しないからいまいち伝わってこないが、ヒーロー界隈でのマスカレイドの評判はそれほど悪くないぞ。敵対したくないヒーローランキングなら間違いないかもしれないが。
 ちなみに、ヒーローアンケートというのは数日前にヒーロー全体に向けて配られたアンケートの事である。なんの捻りもないが、ただ質問事項に回答を記入するだけのものだ。
 元々は今後必要になってくるであろうヒーロー間の連携確認のために、どこかのヒーローが提案したのが通った結果らしい。
 基本的には運営がやっている人気ランキングの出張版みたいなもので、好きなヒーロー、嫌いなヒーロー、怖いヒーロー、一緒に戦いたいヒーロー、逆に二度と戦いたくない怪人、雑魚と思う怪人などがランク付けされるそうだ。自由記入欄が多いので面倒ではあるが、アンケートに答えるだけでポイントが貰えるのならスルーするのは勿体ない。実は、各ランキングで上位に入ったヒーローには別にポイントが配布されるのだが、答えないとその権利も失ってしまうのである。
『いや、ヒーローがどんな印象を持っているのか気にはなりますけど……これ、実は怪人側でもやってるみたいなんですよね』
「ああ……それはちょっと興味深い結果が出そうだな」
 普段やってる事が実を結んでいるか確認できるという事か。一体、あの銀色は怪人にどれだけ恐れられているのか、明らかになってしまう。
『よほどの事がなければ最強ヒーローランキングなんかは総ナメできると思いますけど、当の本人は誰に投票したんですか?』
「別に中身見てもいいんだが。さすがに最強ヒーローは自分に入れたな」
『それを自画自賛って言う人はいないと思います』
 だよな。ちょっと恥ずかしかったが、ここで外した回答は無理があると思った。ちなみに、それを笑う奴がいたら殴りに行ってしまうかもしれない。
「憧れのヒーローはエセニンジャさんに入れたな、東海岸のリーダーと迷ったが」
『騙されてるのはともかく、生き方は格好良いですからね。アリだと思いますよ』
 あの人はニンジャが好きで自己承認欲求が強いだけで、まっとうな正義の味方なのだ。立場上マネはできそうにないが、普通にヒーローとして憧れる。
『でも、マスカレイドさん、それ以外のヒーローってあんまり知らないですよね? 近付きたくないヒーローとか、他の投票はどうしたんです? 自己投票ですか?』
 なんで自分に投票するんだよ。自分に近付きたくないとか意味分からん。
「ここ数日、アンケートのために動画を漁ってたんだ。近付きたくないのはやっぱりアレだな、アメリカの名前を言うのも憚られる人」
『あー、納得。普通に上位に入りそうですね。実際会いたくないです』
 名前を言うのも憚られる狂気のヒーロー。通称ABマン。何故通称なのかといえば、それを口にした途端ABマンに報復される可能性があるからだ。正直、あれほど恐ろしいと思えるヒーローは中々いないと断言できる。それは最強無敵のマスカレイドさんですら例外ではなく、少なくとも敵対だけはしたくなかった。

 心の中でだけなら憚る必要はないのでぶっちゃけると、ABマンはアナルビーズマンの略である。
 エセニンジャさんと同じ担当らしく、おそらくヒーローになる際に騙されたのだろうが、その執拗で特異な戦闘方法はネタというだけでなく脅威だ。
 名前から想像可能なように、彼の武器、及び必殺技はアナルビーズである。ビーズというか、パールというか、ボールというか、あるいは砲丸というかバスケットボールかもしれないが、とにかくそれっぽいものだ。
 何もそれをわざわざケツの穴から挿入するわけではない。戦闘中にそんな意味不明な事はしない。彼の戦闘にはそれを活用するための段階が存在するのである。
 まず、彼の《 ABパンチ 》は有効打が命中すれば、対象の直腸へビーズが出現する必殺技だ。パンチだけでなくキックでもなんでも可能らしいが、これ単体ではよほどラッシュでも成功しない限りダメージにはなり得ないだろう。これを何回か命中させてビーズを増殖させるのが第一段階。また、《 ABコンビネーション 》と呼ばれる攻撃が連続してヒットするたびに出現済のビーズが肥大化する必殺技も持っている。
 ある程度ビーズが溜まってきた段階で、《 ABフィニッシャー 》と呼ばれる必殺技でフックが手元に出現。これを勢いよく引き抜く事で、遠隔操作でビースを引き抜く事が可能になるのだ。相手は悶絶する。ケツの穴を抑えても妨害はできない、発動が必殺となる一撃である。
 それだけなら、単に特殊な性癖に目覚めてしまうだけでノーダメージという事も有り得るが、もちろんそれだけではない。……このビーズ、引き抜く際に爆発するのである。当然、ビーズが大きいほど大爆発だ。
 対する怪人は攻撃が当たる度に、いつ引き抜かれるか分からない恐怖に怯えながら戦うしかない。《 ABフィニッシャー 》の使用に制限はないらしいので、恐怖戦術の一環として、序盤に一度爆発させるという手を使った事もある。実にテクニカルな心理戦である。
 つまり、ABマンは肛門と直腸を持つ怪人相手であれば絶望的な強さを誇るヒーローなのである。反面、明らかに相性が悪いと判断した怪人相手に出動した事はない。勝率は高いものの、時間切れで逃走を許してしまった事はあるが、その際にも必ず《 ABフィニッシャー 》は炸裂している。生き残った怪人なら、彼と再戦する事は避けるだろう。
 そんな彼が、空気の読めない同国のヒーローに嘲笑された事があるらしい。
『どこまででも追い詰めて、お前の肛門を破壊してやる』
 その際のセリフがこれだ。甘いマスクの、大学時代アメフトやってましたという感じの如何にもアメリカ的なハンサムから出た言葉である。
 有言実行とばかりに、そのヒーローは直後に直腸と肛門を破壊された。同様に、彼の怒りを買い逃走したヒーローもいるが、公開していない実家の住所まで追撃されたそうだ。ABマンは敵対した存在はどこまででも追い詰めて復讐を果たすのである。
 また、彼の怒りの沸点は極端に低い。名前を馬鹿にするどころか、口にしたのを耳にするだけでキレる。最近のキレやすい若者を体現したようなやんちゃっぷりだ。さすが本場ヤンキーは格が違った。
 確かに彼のヒーローとしての実力は然程でもない。マスカレイドの超戦闘力であれば彼の攻撃が当たる事はない。当たったとしても有効打になる事はない。しかし、新必殺技を習得していたら? あるいは無理やり背後から挿入されたら? そんな奴を相手に敵対するなど恐怖しかない。怪人であればなんとしてでも優先して殺害するが、同じヒーローなのだから殺すわけにもいかない。絶対に敵に回したくないと心から実感する存在である。
 ぶっちゃけ、近づきたくないというだけなら全力で一位を獲得しそうな気がしないでもない。対抗のマスカレイドさんは一応味方としては安全だし。
 そんな恐ろしいヒーローがいるという話だ。まあ、怖いヒーローには違いないが、引き籠もりのマスカレイドが会う事はないだろう。もし会いに来ても居留守を使う。

◆◇◆

『ちなみに最後の自由記入欄は何か書きました?』
「アレって、多分ヒーローマガジンに付属してるハガキと同じなんだよな」
 週刊ヒーローマガジンという、ヒーローカタログでしか購入できない雑誌があって、それに付属品として運営に送る用のハガキがついているのだが、それとフォームが同じだった。
 何度か出した事はあるが、俺の場合、要望というよりもイベント案の投稿がメインである。できるだけ人間社会に害が出ず、それ以上に俺に対しても害がないイベント案を頭捻って企画しているのだ。最近ではヒーローとして評価が上がったのか、ハガキを出さなくても返事が来たりする事もあるが。いつもはちゃんと実現可能にするための問題点や、実施した場合の見込みを加えた上でイベント案を書いているが、今回は考える時間もなかったので適当な要望だけに留めておいた。
「そろそろテコ入れとしてヒーロー同士のトーナメント戦とか開催すれば、読者アンケートが稼げそうですねって書いた」
『少年マンガか』
 誰が一番強いのかはっきりさせるイベントというのは分かりやすくて見栄えがいい。ついでにまだ見ぬ新キャラを出し易いのである。
 適当に書いた提案ではあるが、区切りの時期ではあるので実現の可能性はあるだろう。ABマンのようなキレる若者でもない限り、普段ヒーロー同士が戦う事もないし。
 ただ、実際にそんなものを開催するなら問題は多々ある。特に、観客がいないというのはモチベーション的に致命的だ。未だ怪人と運営元が一緒という事に気付いていないヒーローもいる以上、怪人を観客として動員するわけにもいかないし、いつも動画を見ている神々が表に出てくる事も考え難い。未だヒーローと怪人のシステムを理解していない一般人を動員するのも無理があるだろう。
 賞金が出るなら参加するヒーローはいるだろうが、盛り上がりには欠けると思われる。まあ、実現可能かどうかは別として面白いイベントにするには工夫が必要だろう。つまり、こんな素人意見は通らない。

 しかし、この半月後、まさかの第一回ヒーロートーナメントが開催される事が正式決定した。
 ひょっとしたら俺が提案を出さなくても企画されていたのかもしれないが、タイムリーな話である。発生が予想される問題について解決案を出した覚えはないのだが、それらをクリアする方法があったという事なのかもしれない。
 尚、マスカレイドの本大会参加は禁止された。提案者をハブにするとか意味が分かりません。

2023年1月15日

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