◇◆◇第12話「遥か天空のイカロス」
世界は常識に囚われている。
ヒーローや怪人なんてものが出現しても、長い歴史の中で培われたそれらを簡単に捨て去る事はできない。それらは長い時間をかけて構築された人類社会の基盤であり、手を加えてしまえば連鎖的に他の常識まで崩れ去るような危ういものだからだ。
人類はそう簡単に変われない。急激な変化に耐えられるようにできていない。非常識の中の非常識と化した俺ですら既存の価値観から脱却していないし、敢えてしようとも思わない。
そういった固定観念を以てこれまでの怪人事件を振り返ると、有り得ない、理解できない事が大多数だ。
突然出現する怪人、原理の不明な必殺技、世界規模の電波ジャックや同時翻訳、超人としか評価しようのない戦闘力を持ったヒーローたち、物理法則すら簡単に覆すそれらはあまりに既存の常識から掛け離れていて、魔法のような何かにしか見えない。あまりに現実味がない。
そんな現実味のないものを受け入れる土壌は、今の人間社会にはない。いつかはそんな日が訪れるのかもしれないが、たった数年で変わるようなものではない。
未知が生み出すのは恐怖だ。どれだけ益が期待できても、リスクリターンの試算すらできないものには触れたくない。余程切羽詰まった事情がなければ手を出したりはしない。カルロス氏の調査やアフリカで死んだヒーローの例は、その余程の事情が生み出した結果なのだ。……あ、あとついでに俺がマスカレイドになった事情とか。
これでは、人間を怪人、ヒーローに続く第三勢力として換算する事ができない。運営が本当にそんな目論見を抱えているかどうかは未知数だが、ここまでの流れからはそういった予想ができてしまうのも事実だ。ここは敢えてそれを前提とする。
このイベントは、それらの勢力図……特に人間社会を明確に動かしに来ている。
人類の前に吊るされた新大陸というエサは、半ば別世界の事と諦め、割り切り、怪人を災害のようなものとして扱っていた人類を動かし得る。それは手に届く範囲にあるものという以上に、分かり易いものであるからだ。大陸がもたらす影響はどれだけ巨大でも既存の価値観で想像できる。更には、隣に新大陸開拓を己の起源とする者たちまでいる。
そして、それは大陸に限った話ではない。たとえば理論上は可能でも実現不可能なもの、或いはそれに近しいもの、その現物が転がっていたら欲しくなるだろう。今、姿を現したのはそういう類のものなのだ。
◆◇◆
『軌道エレベーター?』
「俺たちの知ってるそのものじゃないだろうが、そういう用途のものとしか思えん」
遥か天空まで伸びる巨大な塔を前に、俺は間抜けな顔をしていたと思う。
ケーブルが見えるわけでもないし、昇降機があるかどうかも分からない。縮尺がおかしい上に雲などに阻まれていて、目視で追えるのはせいぜい数千メートル。しかし、アレは宇宙まで続いているという確信があった。
手に入れるだけで宇宙への進出が容易になるもの。目の前にあるのはそんな分かり易く、巨大な利権の塊なのだ。
『うわ、なんじゃありゃっ! 物理法則に喧嘩売ってますよ、アレ』
「今更だろ」
宙空スクリーンを出して確認したらしいミナミの声が響く。
物理的に考えるなら、見えている部分だけでも自重で崩壊する。素人が一目見ただけでも理解できる。だが、そんなのは今更だ。特殊な素材なのか、特殊な技術なのか、あるいは再現も解析もできない超常の力によるものなのか。とにかく人間に不可能な事を実現するから神なのだ。物理法則如き軽く無視して当然。
俺は軌道エレベーターとは言ったが、用途はともかく仕組みとしては別物だろう。積み上げるだけで宇宙まで到達する構造物が造れるなら、静止軌道上からケーブルを垂らす必要などない。崩れないのなら、バベルの塔だって天に届き得るのだから。
大体、物理法則が適用されるというのなら、俺が超音速で通過して来た場所はソニックブームで粉々になっている。マスカレイドが移動するだけでも大惨事やぞ。
「上に飛んで行けば宇宙まで伸びてるかどうか確認できるだろうが、そんな事をしてる暇はない。とりあえずアレの内部に突入する」
アレが複数エリアに分かれているなら、そのエリアの区分けは階層だろう。なら、最初にやるべき事は最下層のエリアを占拠する事だ。
不時着気味に半分地面に突っ込んでいた<マスカレイド・ミラージュ>を再度飛行させ、中央エリアへと向かう。飛んでいる上に目標が見えているから迷う事はないが、塔の巨大さ故かこれだけの高速でも近付いた気がしない。
『怪人の反応多数。飛行能力を持った個体がいます』
「無視だ、無視」
俺の存在に気付いたのか飛行する怪人が前方に複数現れた。倒すだけなら体当たりして轢き殺していけばいいが、支配率の問題もあるからスルーだ。どうせついて来れない。
数分後、塔の外壁まで辿り着く。ここまで近付くと完全に壁である。パッと見、彎曲している事さえ分からないほどに巨大だ。上を見上げれば塔の周囲だけは雲が途切れているのが分かった。その隙間から上空が確認できるが、やはり頂点は見えない。
「……この塔、円柱じゃないのか」
『地表近くだけだと分かりませんが、先のほうは細くなってますね。角度のある円錐?』
静止軌道まで伸びていると仮定するなら、砂時計の中身のような形になってるのだろうか。ただの塔より現実味はあるが。
『……えーと、ちなみにコレ、最終的にどうする方針ですか?』
「情報が足りないからなんとも言えんが、こんなもの残しておけるか。中にいるっていう人質解放したら破壊する」
『壊す事自体は可能でも、周りの影響は洒落にならないですよ』
「そんな事は分かってる」
アレが静止軌道上まで伸びてると仮定するなら、三万六千キロメートルだ。そんなもの崩したらどんな影響があるか分かったものじゃない。軌道エレベーターなら静止軌道付近の構造物は落ちて来ないだろうが、そんな保証はまったくない。
この大陸がボロボロになるのは別に構わないが、あんな化物みたいな建築物に対して、近代のビル爆破のような真似が成功するとも思えない。……しかし、最低限無力化して使用不能にするくらいはしないと、世界で争奪戦の開催だ。
「つーか、これ入口どこだよ。ぶっ壊して入ってもいいのかな」
『大丈夫だとは思いますが、変にバランス崩れる可能性もありますよね』
「……人質救出までは大人しくしておくか」
崩壊して人質全滅しましたとか洒落にならん。
破壊は諦め、壁沿いに入り口を探す。寄ってくる怪人の群れはすべてスルーしているが、だんだんモンスタートレイン染みた光景になってきた。このままでは迷惑行為で垢バンされてしまう。
ひょっとして、入り口は地上近くにないんじゃないかとも思い始めたが、五分ほど探索を続けていると巨大な門らしきものが見えた。そこに続く道もあるので、ここが正規の入り口なのだろう。扉があるわけでもないのでそのまま突入すると、後ろからついて来ていた怪人が入口のところで止まった。どうやらエリアを越えて移動できないらしい。とりあえず、入って来れない怪人たちを煽っておく。
◆◇◆
入り口付近は巨大なホールになっている。天井は遥か頭上だ。……百メートルくらいはあるかもしれない。
『ようこそヒーロー、君が一番乗りだ』
ホールに何者かの声が響き渡る。反響のせいで確信は持てないが、今回のイベントを宣言した少年怪人だろうか。ルール説明でもしてくれるのかな。
『長い道のりだっただろうけど、ここからが本番だ。この塔、バベルには君たちが救助すべき人質がいる』
一直線にここまで来たのだから本番もクソもない。……というか、状況を把握していないように思える。ひょっとしてこれ、実は録音なのか?
『ここに来るまでどれだけの時間を浪費したか知らないが、制限時間を超過した場合、この人質は……』
というところで音声が消えた。なんだよ、あと二十三時間五十分経ったら人質がどうなるんだよ。気になるだろ。
『いや、おかしいだろ。どんな反則技使えばこんな早く到達できるんだよ。おい、マスカレイド!』
どうやら本人に切り替わったらしい。ミナミと同様、宙空にスクリーンが浮かび上がり、例の少年の姿が映し出される。宣言の時に見せた小馬鹿にしたような雰囲気ではなく、やたらと焦っている。
別に反則はしてないぞ。壁抜けしちゃいけませんなんて、禁止されてないし。
「え、何焦ってるの?」
『いや、焦るわ。転送記録見てもお前いねえじゃねーか!! どっから来たんだよっ!?』
「急いでたから壁抜いて来たんだ」
『はあっ!? いや、アレお前以外のヒーロー総掛かりでも破壊できないはずなんだけど』
ああ、やっぱりそういう類のシロモノか。全力とはいえ、アレを破壊できたって事は俺以外の全員を合わせたよりも強いって事なんだろう。大体知ってた。
「このルートを使う事で5フレームの短縮に成功しました」
『くそ、なんだこいつ。意味分かんねえよ。どんだけバグなんだよ』
TASネタは通じないのか。5フレってレベルじゃないんだけど。劇的な短縮やぞ。
「追加のルール説明とかあるなら早くしてくれないかな」
『うるせえよっ!! なんで素なんだよっ!! もう少し焦れよ! ここ敵の前線基地だぞ!』
息荒いっすね。だって、まだ開始直後やぞ。出待ちしてもらってるアメさん連中なんて始まってもいない。
『あのー、マスカレイドさん? 反応しないで聞いてもらいたいんですが、ちょっと気になる事が……』
と、突然ミナミの声が割り込んで来た。いつもの宙空モニターはすでになく、なぜか蝶マスクの受信機からだ。
何故かは分からないが、反応するなというのなら気付かれないようにしよう。
『あーくそ、ここまでお膳立てしたのに完全に潰しやがって。ふざけんなよ』
「いや、お前が考えろって言ったんだろ。人類圏に影響の少ない方法を選んだだけだ」
『……まあいい、それでも完全に無駄じゃない。いや、お前は分かってるんだろうな』
そうな。ここに来て今後にまったく影響を及ぼさないという事は有り得ない。
東海岸同盟がすべてのヒーローを掌握しているわけではないし、有り余る制限時間で海岸部をわずかでも占拠されれば小規模でも紛争は避けられない。それを止めてもヒーロー同士で禍根は残るし、止めたヒーローに対するバッシングもあるだろう。一切手をつけず終わったとしても、そもそも大陸が残るだけで何かしらの問題は起きる。領海の引き直し、航路の変更、怪人が巣食う場所が近くにある事への不安、海流や偏西風の影響で欧州は凍りつくかもしれん。
だが、それらを解決しようとすればまた別の問題が起きる。さすがにそこまで責任は持てない。
なら、できる範囲での最善を選択するまでだ。俺にとっては、あのバグ染みた壁抜けショートカットが最善だっただけの話である。
『改めてルール説明だ。この塔はフロアごとにエリア管理されている。配置されている怪人は固定で、フロア内の怪人をすべて倒せばエリア占拠状態となる。ちなみに一階の怪人はこいつ一人だ』
フロアの奥のほうに巨大な人影が出現した。不気味な仮面をつけ、四肢に凶悪な武器を直接接続させた巨人だ。多分四メートルくらいある。
『こいつの名はヒーロー・ブレイカー。対ヒーローのみに限定特化したS級怪人だ。こいつを含め、塔に配置された怪人は主に対ヒーローに特化した怪人になっている。アンチ・ヒーローズってわけだ』
なるほど、ヒーローに限定する事で強化しているってわけか。目的が決まっているのならそのほうが強くなるのは、VRで確認済みの事だ。あまりに特化させ過ぎるとメタル・ボディのよう産廃が誕生してしまうが、本職はやはり匙加減を知っているという事だろう。こいつらはヒーローにとっての鬼門。かつてない強敵として立ち塞がるはずだ。
そのヒーロー・ブレイカーが雄叫びを上げた。空気を伝わり、刺さるようなプレッシャーが叩き付けられてくる。
俺は無言のまま<マスカレイド・ミラージュ>を発進させる。殺さない程度に体当たりだ。
「グアアアアアアッッ!!」
巨大なナタを構えていた右腕が吹き飛んだ。
『え、ちょ……まだ説明終わってないんだけどっ!? 何、無抵抗の相手轢き殺してんだよ!』
「大丈夫、まだ死んでないから」
『そういう問題じゃなくてだな……』「グアアアアアアッッ!!」『いや、止めろよ』
短い距離を折り返し、折り返し、とりあえず四肢を粉砕して動けない状態になったヒーロー・ブレイカーの腹部にドリルを突きつける。
うむ、このチュイーンって甲高い音がまた恐怖を誘うな。向けられている側としてはたまったもんじゃないだろう。
「き、貴様、俺を嬲り殺しにするつもりかっ!? その異様に怖いドリルを止めろ!!」
「あ? 止めて下さいだろ?」
「止めて下さい!!」
「だが、断る」
「ギィェアアアアアアッッ!!」
『えぇ……』
<マスカレイド・ミラージュ>の先端に装備されたドリルが猛威を振るう。相手はすでに無抵抗だ。
「あ、説明続けて。早くしないとこいつ死んじゃう」
『お前、すげぇな。さすがにドン引きだわ』
「早く!! 早く説明して、幹部様っ!! というか、いっそ殺してくれっ!! があああぁっ!!」
「あ、ごめん痛かった? 回転緩めるね」
「や、やめろっ!! 余計に痛……体が内側から抉られていくっ!! のああああっ!!」
上手い具合にドリルの回転速度に緩急を付ける。制御が難しいから、うっかり殺してしまいそうだ。
「ククク、どうだ。早く説明しないと、部下の怪人が更に苦しむ事になるぞ」
『いや、部下とかじゃねえし。殺しても説明はするから』
「あ、そうなんだ」
「ギョエエエエッ!!」
煩いのでそのままトドメをさした。先に発声器官を潰しておけば良かったかもしれない。
『やべえ……なんだこいつ。聞いてた以上なんだけど。なんでこんなの放置しておくんだよ』
失敬な奴である。悪の幹部に言われる筋合いはないのに。
「で、こいつみたいなアンチヒーローズとやらをぶっ殺せばそのエリアは占拠状態になって、人質は解放されるんだな?」
『ああ、そのフロアに捕らえられている人間は自動的に解放され、誘拐現場へ転送される。転送後の事は知らん』
「占拠せずに人質を救出する事は?」
『できるもんならやってみろ。その場合、転送されないぞ』
駄目か。全スルーして救助すれば占拠するのがこのフロアだけで済むと思ったんだが。
さすがに怪人がいる中、三百人抱えての脱出劇は困難極まる。アメちゃんたちも手伝ってくれれば無理とは言わんが、現実的ではない。
「フロアの移動手段は?」
『階段とエレベーターを用意した。階段の利用制限はなし。エレベーターは初期状態ではロックされているが、フロア占拠すればその層から上下十階層分解放される。今ならここから十階までは移動可能だ。地下はない』
「人質がいるフロアはどこだ?」
『勝手に調べろ』
「地上部以外の構造は? 静止軌道のあたりとか」
『いつこれが軌道エレベーターだと言った。イベントに関係ない部分に応える義務はない』
……ふむ。
「この塔、ぶっ壊してもいいんだよな?」
『好きにしろ。壊れた場合の影響は良く考えるんだな。お前が世界の敵になろうが、こちらは構わないぞ』
「ところで、お前どうやって人間から怪人になったんだ?」
『…………』
おっと。反応したって事はビンゴかよ。ミナミさんすげえ。
「ポーランド出身のサミュエル・ジェリンスキ。”享年”二十七歳。かつて存在したドイツのテロリストグループのサイバーテロ担当で、暴走した挙句にチーム巻き込んで死亡。同業者からは随分嫌われてたらしいな」
『何を……』
畳み掛ける。平静を装ってはいても、狼狽を隠し切れていない。これが音声だけなら分からなかったかもしれないが、想定外の事態に慌てて顔を出したのが致命的だ。
「都合が悪い事でもあったのか、事件自体表沙汰になってない。お前の情報含めて関連情報は抹消済み。だが、たかだか二年前の話だ。知ってる奴はいる。容姿は若返ってるみたいだが、そもそも顔を出すべきじゃなかったな」
『何を根拠にそんな事を言い出す。貴様が関係者だとでもいうのか』
「俺はお前なんか知らん。だが、情報提供者がいてな。そいつから伝言だ。……”ド三流が粋がってんじゃねーぞ”」
『っ!!』
スクリーンが消えた。……あれ、もう少し色々情報集められるかと思ったけど、追い詰め過ぎちゃったかな。
「つーか、お前すごいな」
全部ミナミ経由の情報だ。若返っていたからなかなか思い出せなかったようだが、自分が関わった事件については良く覚えているらしい。
……なんか、制裁加えたらしいよ。まあ、マジモノのテロリストだったらしいからそれ自体はどうこう言うつもりはないが。裏業界、怖いね。
『いや、あんな伝言頼んでないんですが。個人情報抜かれてる時点で、三流だとは思いますけど』
「そこはアドリブって奴だ。……あれで良かったのか?」
あいつが元人間かどうかなんて然程興味はない。言われて聞いてみただけで、ミナミの目的は別にあったようだが。
『ええ、調べてみた限り、ちょっと面白い事ができそうです。ちょっと時間下さい』
「分かった。とりあえず、一階占拠した事は伝えてもらっていいか? ここへ直接転送できるはずだ」
『了解です』
なんというか、ミナミは本当にどうなってるんだろうか。こいつ、本当に表社会に戻していいんだろうか。
◆◇◆
「はい、ちょっと通りますよー」
「や、やめろ、来るなーっ!!」
床に埋没させた怪人の上を、ドリル装備の<マスカレイド・ミラージュ>で横切る。今死んだこいつの名はヒーロー・シーラー。ヒーローの必殺技を封じる能力を持った怪人だった。技の封印は一日程度しか保たないらしいが、このイベントにおいては致命的効果を持つ凶悪な能力だ。自己紹介されただけで、その能力は使われてないんだが。
これでこのフロアの占拠が完了した。どうやら人質のいない階だったらしいが、上下十階のエレベーターが解禁されたはずだ。
『東海岸同盟含むヒーロー連合は現在二十階まで占拠完了した模様です。解放された人質はこれで四十人。すでに解放者リストが更新されています』
「被害状況は?」
『軽傷者は多数。離脱が必要な重傷者は七名。死亡者はいません。被害者は全員無傷です』
順調である。まだ開始から一時間強。残り時間を考えれば、かなりハイペースと言っていいだろう。まるでステージスキップしてしまったような気分にさせられるほどだ。
「じゃあ、このまま続行だ。俺は五十階に向かうから、間のフロアの占拠を続けるよう言っておいてくれ」
『はい』
追加ルールを踏まえた上で、俺たちが採用した作戦は単純なものだ。
とにかく俺が先行して移動可能な階を増やし、他のヒーローは下から順に占拠していく。人質がどこの階にいるのかは分からないが、すべて占拠していけば取り零しはないはずだ。
もちろん、進捗に支障をきたすような問題が発生した場合は救援に向かうつもりだが、世界のヒーローたちも頑張っているようで、アンチ・ヒーローズが相手でもちゃんと戦えているらしい。
『下は決戦って感じの総力戦になってますよ。さすがヒーローって感じですよね』
「お前、それは俺がヒーローじゃないと言っているようなもんなんだが」
『何言ってるんですか。マスカレイドさんは孤高のヒーローです。戦隊モノでいうなら時々参加する臨時メンバー枠ですね』
「追加メンバーですらないのか」
超強いけど、全体でも数回くらいしか出番のない役どころだ。最終決戦直前とかで離脱するの。銀色ってのもそれっぽい色ではある。
『あ、そろそろ、<マスカレイド・ミラージュ>のシート下にある装置を外してもらっていいですか?』
「……は?」
何かいきなり妙な注文を受けた。
「シート? 確かに荷物入れのスペースではあるが……どれの事だ?」
降りてシートを開けてみると、これまでに準備として購入した物品がいくつか入っている。大体、ひょっとしたら使うかも程度のものだ。
『マスカレイドさんから見て右側にへばりついてるそれです』
「……これ、マシンの動作に必要なパーツじゃないのか?」
『無線ルーターです。線は繋がってないので、バキっといっちゃっていいですよ』
「…………え?」
なんだそれ。そんなモノ買った覚えはないんだが。というか、なんでミナミが知ってるんだ?
『追加拡張キットに含まれてましたよ。場所はマニュアル読まないと分かりませんけど』
「そういや買ったな」
確かにそういう機能もあったような気が……通信機能は元々付いてるので、何に使うんだって感じだったような。でも、オペレーターの遠隔中継に使う事は想定してないだろ、これ。
『ここまでは<マスカレイド・ミラージュ>を経由して通信してたんですが、そろそろ不安定になってきたんで』
「つー事は、お前何かやってたの?」
『この塔のシステムにハッキングかけてました』
……え、どういう事なの?
『まー、説明は移動しながらでも。ルーターはそこらへんの隅に置いておいて下さい』
「あ、ああ」
釈然としないものを感じるが、言われたままルーターをベキっと外す。特殊なネジ数本で固定されていただけなので、問題なく外す事ができた。それをエレベーター近くの壁際に置いて、上の階へと向かう。五十階だ。
塔の一階一階のサイズが大きいのか、移動時間は非常に長い。エレベーターの速度は人間に合わせた常識的なものなようだ。ひょっとしたら階段で駆け上がったほうが早いかもしれん。
「で、お前何やってたの?」
『この塔のシステムを掌握中です。完全には不可能ですが、ある程度は操作可能になりました』
……やってる事は分かるが、なんでやろうと思ったんだろうか。
「ちょっと詳しく解説くれ」
『えーとですね、まず前提としてヒーローネットなどの運営が直接構築したと思われるシステムは基本的に介入が不可能です。やはり神々を名乗るだけあって、私たちが理解不可能な言語、通信方式を使っています』
それは大体分かる。俺も気になってルーターのログなどを確認してみたのだが、一切痕跡が残っていないのだ。
ミナミがいたずらして消した事も疑ったが、ヒーローネットを使いつつリアルタイム監視しても引っかからない。それ自体は以前ミナミと話し合って、お互い共有している情報だ。
「人間の技術では確認する事すら不可能って結果だったよな」
『はい。これはヒーロービルから外のWebサイトへアクセスする場合も同様で、表面上同じ処理が行われているように見えても、実体はまったく別物ってわけです。どこにアクセスしても痕跡が残らないという実に面白くない環境ですね』
普通のハッカーさんは、自動的に足跡消してくれるならそのほうがいいんじゃないだろうか。
「つまり、この塔は違う?」
『結論からいえば、半々です。転送システムなど基本部分の掌握は不可能ですが、あの三流が作ったと思われる管理部分は人間が作ったものと同じシステムになっていました。クセまで当時のまま残ってたので、穴だらけです』
……ヴァカなのかな。いや、そんな部分を突いてくる奴がいるとは想定していないのか。
いや、ヒーローの中にはその方面に詳しい奴……あるいは本職がいるかもしれない。怪人側でその確信を得られなくとも、容易に想像できる懸念の対策をしないのは不自然だ。おそらくだが、当たり前のようにそのレベルの対策はしているんだろう。
問題は、ウチの相方がそんな常識を飛び越えた存在であった事だ。はっきり言って、チートってレベルじゃねーからな。もっとこう……なんか違うものだ。そんな奴を想定して対策しろというのは、さすがに酷というものだろう。
『現在、理論上可能な内30%まで掌握しました。アレも気付いてすぐに対策してきたので若干予定より遅延が発生してますが、まあ誤差レベルです』
「対抗して来てるのか。より上位の……理解できない権限で封殺される可能性は?」
『やって来てますが、今のところ私が移譲された権限でクリアしてます。多分、あちらはかなり制限があるんじゃないかと』
「oh……」
こちらに益のある話だからいいんだが、やっぱりこいつに巨大な権限渡すのは問題あるんじゃないだろうか。
『というわけで、これがこのバベルの塔の地図になります』
ミナミがそう言うと、画面に塔の立体設計図のようなものが表示された。それには塔の全体図や経路、人質を捕えているであろう部屋の場所まで記載されている。……パネェ。
「やっぱり静止軌道まで届いてるじゃねーか」
『仕組み上はただの塔ですけどね。普通に作ろうと思ったらポキっといきます。特に宇宙ステーションまでの連絡通路とか』
「地上部付近だけでも自重で潰れるわ」
図を見る限り成層圏あたりから極端に細くなり、ほとんどエレベーター用の通路だけになっている。そして、静止軌道のあたりに宇宙ステーション染みた巨大構造物が待っているようだ。終端はまだまだ先まで続いているようだが、先には特に何もない。軌道エレベーターでいうバランス用の重りのようなものかもしれない。
「人質がいる場所が分かるんなら、ここから先は迷いようがないな」
『東海岸同盟のほうにも伝えてありますので、以降はマスカレイドさんが移動範囲を増やして、必要な階だけを攻略する流れになりそうですね。ただ、問題が一つ』
「なんだ?」
『この人質用の部屋、移動してます』
「偽装って事か? 探索済みの場所に後から移動させるみたいな」
『いえ、単に一定時間ごとに上へ移動しているだけです。ヒーローが未到達のフロアに限るようですけど』
「……なんのために?」
『0.1マスカレイドって奴ですね。処刑へのカウントダウンです』
「その単位はやめろ」
という事は上のほうに処刑場があると。……流れ的に、静止軌道上の宇宙ステーションだろうか。
『イカロスシステムっていうらしいんですが、要は、リミット超えたら生身で宇宙に飛ばす仕組みらしいです。救助された人たちがカプセルに入ってたのはそういうわけですね。アレ、摩擦熱で溶けるらしいですよ』
「……随分とスケールのでかい処刑だな」
馬鹿じゃねーの。やられる方は確かに怖いかもしれんが、ロマン溢れ過ぎだろ。
確かに下で人質が入っていたと思われるカプセルの報告は受けていたが、コールドスリープ的な何かかと思っていた。それを飛ばすのか。
『まあ、不発に終わるでしょう。時間も余裕どころじゃなく残ってますし、ここまでネタバレされているとも気付いてません。おまけに、相手はマスカレイドさんと。……最後の要素が特に絶望的ですね』
「自分の事ながら同感だな」
同情する気も手加減する気も一切ないが。
「じゃあその掌握作業は続けるとして……並行して、この塔を無力化するための計算も頼めるか?」
『具体的にはどういうプランでしょう』
「上……静止軌道上のステーションは諦めるとして、できれば連絡通路より下全部を瓦礫にしたい。影響が大陸内に治まるレベルで」
『専門でもないので、かなり大雑把になりますけど』
「余裕はマシマシで。最悪使えなくなる程度でもいい」
ある程度まで破壊すれば地道に破壊してってもいい。この分なら救助が終わるまで三、四時間。長く見積もっても六時間は超えないだろう。
残り時間が四分の三もあれば、地上部分くらいなら余裕を持って破壊できるはずだ。瓦礫になった未知の素材でさえ魅力的かもしれんが、そこまで手を入れる気はない。面倒だし。
◆◇◆
「ふふふ、この地雷&空中機雷地獄は突破できまい。怖いなら引き返してもいいんだぞ」
目の前にはヒーロー・トラッパーを名乗る怪人。そこへ向かう通路には大量に浮かぶ機雷。床や壁、天井には見えない爆弾が敷き詰められているらしい。これらは怪人が用意したもので、ヒーローにしか反応しないそうだ。
ここは人質の捕らえられた部屋のあるフロアだ。そこに辿り着くにはこの通路を通らなければいけないし、占拠するにもこの怪人の排除は必須である。
<マスカレイド・ミラージュ>で強行突破するという手はあるが、わざわざ爆弾を喰らってやりたくもなかった。
俺は一旦<マスカレイド・ミラージュ>から降りる。
「な、なんだ。やんのかコラ」
別に何かしたというわけでもないのにヒーロー・トラッパーはビビっていた。怖い見かけのわりに小心者らしい。
「うりゃ」
――《マスカレイド・インプロージョン》――
拳を振り上げ、床に叩きつける。
残虐シーンばかりでイメージが悪くなっているが、《マスカレイド・インプロージョン》の真骨頂は威力ではない。この必殺技の特性は作用点のコントロールだ。物理的に繋がってさえいればどこだろうが攻撃できる。威力の減衰はあっても、それは圧倒的パワーから生み出される攻撃力からすれば誤差の範疇と言っていい。
そして、その作用点は何も一つである必要はない。複数に分割し、多数の目標を攻撃する事だってできる。これまで実験台になってくれた怪人たちの尊い犠牲によって、《マスカレイド・インプロージョン》はその無限の可能性を開花させつつあるのだ。
そのまま通路を戻り、角を曲がったところで退避。一瞬の静寂の後、俺が作り出したエネルギーが設置された地雷すべてに伝わり爆発。更には空中機雷までも誘爆で巻き込み、一斉に大爆発を引き起こす。というか、想像していたよりも威力でかい。床崩れてるんじゃねーか、これ。
「うぐぁあああっ!!」
大量の煙で見えないが、怪人の悲鳴が上がった。
俺はかなり距離を取っていたが、あいつと爆弾の距離は離れていなかったらしい。半分自爆だろう。
煙が晴れると、案の定床が壊れ階下が露出していた。壁も穴が開いている。怪人は……向こう側にいるな。あ、爆発した。
「しかしなるほど。これくらいなら壊しても問題なさそうだな」
『……あの、塔全体揺れてるみたいですよ。下にいるヒーローさんたちにも伝わるレベルで』
「マジか。……どんだけ爆薬マシマシだったんだ」
俺以外だと死んでたんじゃねーか? いくらそういう能力だからって、自分の拠点壊しかねない行動は謹んでもらいたいものだ。一斉に爆発する事を想定していなかったのかもしれないが。
「さて、人質解放されたか確認しに行くか」
『監視カメラも乗っ取れれば良かったんですけどね。塔のメンテナンス状態くらいしか分からなくて』
「まあ、空になってるか確認するだけだし、大した手間じゃない」
この確認作業だって念のためだ。解放されていればリストも更新されるし。
被害者の監禁されているエリアは環状になった通路の外側にドアが並び、その中に一人ずつ監禁されているという造りになっている。この環状の部分全体は建物から独立した構造になっていて、一定時間ごとにイカロス・システムで上昇する仕組みらしい。
監禁部屋の中は狭く、コールドスリープに使いそうなポッド型の寝台があるだけだ。一応開くようになっているが、フロアの占拠が完了した時点で自動解放された今、残っているのは空のポッドだけである。開ける必要もない。
……つまり、被害者の意識がなかったとしてもお触りは不可能だという事である。
「当たり前だが、全員解放されてるみたいだな」
一応すべての部屋を回って確認する。どの部屋もポッドは空。蓋も開いていない。
『リストも更新されました。それと、下のほうは先ほど終わったらしいです。あとは一箇所ですね』
「……やっぱり順番通りなのか?」
『みたいです。リストは綺麗に上から解放済になってますね』
という事は、リスト終端に記載されたクリスは最後の最後という事になる。後から誘拐された者ほど救助し辛い仕組みだ。
ちなみにカルロス氏の息子さんは最初に解放されている。転送後の身柄も確保され、現在は病院に搬送されたとの事だ。
『クリスさんが持ってる発信器の反応もまだ距離がありますしね』
「これ、結局あんまり意味なかったな」
事前に明日香を通して渡した発信器だが、大雑把な位置が分かる他は俺が持つ受信機との距離くらいしか分からない。
ここまで役に立ったのは誘拐された際の確認くらいだ。もう少し高性能だったら何階にいるかくらいは分かったんだが。……もしくはミナミがもう少し低性能だったら役に立ったかもしれない。
「うぐぉええっ!!」
そして、ヒーロー・なんちゃらを撃破し、人質がいる最後のフロアを攻略する。もちろん、階層までピンポイントで狙い撃ちした最速攻略だ。これまでの道中もそうだが、待ち構えているのが対ヒーロー用の怪人だろうが関係はない。半ば作業気味に轢殺して行った。
これだけ轢殺の機会が多いと、ベーシックフォーム時のタイヤにスパイクを付けるなどの工夫が必要かもしれない。要検討である。
ともかく、これで最低限の目標はクリアだ。
一応受信機を確認すると、やはり発信元はかなり近い。一応確認して、あとはこの塔をどうするか……。
「……近い?」
『どうしました?』
……なんで反応があるんだ? もうこのフロアの占拠は終わった。解放されたなら自動的に誘拐現場へと転送されるはずだ。なら、この塔に反応があるのはおかしいだろ。
「ミナミ、解放者リストをチェックしろ。早く!!」
『え、は、はい』
攻略完了して気が抜けたところで、一気に嫌な感覚が押し寄せて来た。
監禁部屋があるエリア、その有り得ないはずの発信器の反応がある部屋へ真っ直ぐに移動する。
ドアを開くと、ここまで見たのと同じ造りの部屋。
発信器は寝台の端に転がっていた。指輪に金属の鎖を通してペンダントにしたものだ。これだけなら、何かの拍子に落としてしまった可能性もある。転送の範囲に含まれなかったとしてもおかしくはない。だが、見ただけで分かる異変がある。
『……マスカレイドさん。クリスさんだけが未解放状態です』
寝台ポッドに人影はなく、その蓋は開け放たれていた。
◆◇◆
「馬鹿な……っ!」
一体何が起きればこんな事になる。
怪人が連れ出した? ルール上それは可能なのか? ここまでルールに則って動いていた連中がここだけルールから逸脱すると?
それともまさかクリスだけが特別だとでもいうのか。確かにここは最後のポッドだ。クリスが最後の誘拐被害者でリストの最後に載っていたのも確認している。最後だけそういう特別ルールが設定されているとか。
例の幹部……サミュエルなんちゃらの暴走という線はどうだ。三流と呼ばれた上にタワーを掌握されて、後先考えずに連れ出したとか。
……いやない。どう考えても不自然だ。合理的な理由が思いつかない。
「ミナミ、クリスの追尾は可能か? いや、そもそもこの塔の中にいるのか?」
『すいません。オペレーターの探知機能はイベント制限なのか範囲制限されていて引っかかりません。この塔の機能も洗ってますが、リアルタイムで探知が可能なのはヒーローと怪人のみらしく』
「人間がポッドの外に出る想定をしていなかったって事か」
『おそらくは、はい』
となると、本当にイレギュラーケースか? まさか、怪人側も行方を把握していないとか……。
いや、今の状況でまずいのはクリスが塔内を移動してて、怪人と遭遇したケースだ。いくらここをうろついてる怪人がヒーロー特化で調整されている個体とはいえ、人間にとって絶望的な存在である事には変わりないのだから。
「くそっ! ミナミ、キャップに連絡して人間の探査能力を持つヒーローか装備がないか確認してくれ」
『分かりました。マスカレイドさんは?』
「周囲を手当り次第に探す」
現状それしか手がない。全感覚を集中させて、人の気配を探るんだ。
まずはポッドのあった部屋内を探索。構造を把握しつつ、環状に連なる別の部屋をこじ開けて中身を確認した。結果はすべてもぬけの殻だ。
バイクを走らせつつ、この階の未踏破区域を中心に探索するが、やはりなんの気配もしない。
『キャップマンに確認しました。該当するヒーローはいるそうですが、すぐに転移できる対象ではないらしく』
「分かった」
なんとなくそんな気はしていた。そういう補助的な能力の持ち主はその分戦闘力にリソースを割けていないだろうし、戦闘力に秀でた者を選ばざるを得ない突入メンバーからは外されていてもおかしくはない。
それに、おそらくそういう能力を持っているヒーローは少ないだろう。特に探知系はオペレーターで代用できるだろうし、ヒーローの運用を模索しているような現状では、役割分担できる環境がない事だって有り得る。どうしたって優先すべきは怪人を倒すための戦闘力だ。それはきっと装備でも同じで、購入にポイントを消費する以上は優先度が低めになってしまう。
「塔の機能で何か使えそうなものはないのか?」
『権限を掌握している範囲では確認できそうなものは……エレベーターを使ったり、条件で開放されるタイプのドアや隔壁などを通過した場合はチェックが入るものの、それらしき履歴はありません』
「そんなはずないだろう。それじゃ、どうやって移動してるんだ。この階、俺が来た時点でほとんど隔壁が降りてるぞ」
少しでも足止めできないかと考えたのか、怪人どもが隔壁を降ろしたらしいのだ。この階だけでなく下の階も俺が通ってきた階はほとんどである。
『そうなんです。仕様上完全封鎖はできないようになってますが、封鎖できない経路には探知用のゲートがあるわけで……。隔壁で移動経路は相当制限されますし、非常階段へ繋がるルートはすべて封鎖対象です。となると、探知にかからずに別の階に行けるルートは存在しないという状況になってしまいます』
「なんだそりゃ……」
意味が分からない。なら、転移可能な怪人が連れ出したとかそういう話になるのかと確認してみれば、それなら塔の探知機能で怪人が引っかかるはずだと。
「ありえるとすれば、かなり早い時点……隔壁が降りてない状況で、探知を抜けて階段へ移動したとか? いえ、そこから移動してれば探査に引っ掛かるでしょうけど、非常階段でじっとしていれば……」
「なら、非常階段が臭いな。ちなみにそれ以外の探知に引っかからない場所や機能はあるのか?」
『あの三流が構築していない部分……神々の権限で作られたシステムなら。たとえばイカロスシステムとか、塔より上の部分……推定軌道ステーションとそこへ繋がる連結部分は対象外です』
「なんらかの方法で上に向かった可能性は?」
『ここまで痕跡がないとないとはいえませんが、その連結部分にも入り口には探知機能が……あれっ?』
「どうした?」
『いえ、たった今その連結部分……セントラルシャフトの入り口部分に反応が。これだけだと人間かどうかは分かりませんけど』
「とにかく向かう!」
ここからならエレベーターも近い。すぐに最上階に登れる。
すでにロック解除されたエレベーターを使い、最上階へ。そこには軌道ステーションに向かう専用エレベーターがあるらしい。
妙に遅く感じるエレベーターにイライラしつつ、ドアが開くのを待つ。
「……ここは」
そこは妙に開けた空間だった。半球状に切り取られたようなドーム型の空間のど真ん中に透明な柱らしきものがあり、その周りに謎の人型ロボットのようなものが複数……五体鎮座している。
「おーーーーいっ!!」
声を上げてみるが、反応はない。隠れているのかもしれないが、ここが塔の監視機能から外れた場所なら探知もできない。
『いませんね……』
宙空モニターは出せるのか、ミナミも目視確認に加わるが、やはり見つからない。
「いや……待て、あのエレベーター動いてるぞ」
『は? なんですか、そのガバガバセキュリティー』
理由なんて分からないが、こうして近付いてみれば確かに動作している。……まさか、更に上に行った?
「状況はさっぱり分からないが、追いかけるしかないか」
『追いかけようにもエレベーターの籠がないような……』
「……とにかく確認するぞ。最悪、外に出て飛んでくってコースも……っ!!」
そう言いつつ、エレベーターの入り口まで移動しようとミラージュを動かした瞬間だった。唐突に謎の光に晒された。
「な、なんだぁっ!?」
『か、怪人反応ですっ! 私のレーダーのほうに反応がっ!? ……って、多っ!?』
謎のフラッシュが収まると、次に何かの起動音が鳴り、更にワンテンポ遅れてビームかレーザーか分からない光が放たれた。明らかに俺を狙った攻撃だ。とりあえず避けはしたが、そこから次々とビーム攻撃が飛んでくる。
「動いてるぞあいつらっ!?」
見れば、鎮座していたはずのロボットが、体の各所からビームを照射しつつ立ち上がろうとしていた。手に持っているライフルらしき武器は飾りなのかとも思ったが、緊急用か懐に飛び込まれた際の対策か、単に用途の違いなのだろう。
『良く分かりませんけど、アレ怪人ですっ! しかも、見た目通りの数じゃありません!!』
見た目通りじゃないってなんだよと思いつつ、大量に照射されるビーム攻撃を避ける。反応はできるが、ミラージュの操作性の問題で小回りが効かず、どうしても大雑把な避け方になってしまう。
というか、鎮座していた場所的にここを守るガーディアンか何かなのか? だとすると、推定クリスはどうやって上に行ったんだよ。
「とりあえず、ぶっ壊すぞっ!!」
網の目のようなビームを掻い潜るように直進できるコースを見出し、<マスカレイド・ミラージュ>を走らせる。
秒に満たない刹那でロボットの一体に肉薄し、すれ違いざまにバイクの上から蹴りを叩き込んだ。
明らかに硬い感触。これまで怪人を攻撃した時には感じる事のなかったモノを感じつつも、対象の粉砕を確認した。
……違うな。こいつら普通の怪人じゃない。対ヒーローに特化されているアンチ・ヒーローズよりも高い防御力を持っている。直接喰らったわけじゃないがあのビームもそうだ。連射性能に加え、桁違いの攻撃力を感じる。照射された壁が無事なのは、おそらく単に専用の加工をされているだけなのだろう。
「どうりゃっ!!」
だが、別にマスカレイドの敵ではない。慣性に乗って移動した先で、もう一体に攻撃を加える。
『マスカレイドさんっ! まだ終わってません!!』
ミナミの言葉が全部の個体を倒していないという当たり前な意味でない事はすぐに分かった。見れば、俺が攻撃した個体がまだ倒れていない。攻撃した箇所は完全に消失しているものの、稼働は続いている。
再度、放たれるビーム攻撃を躱しつつ状況分析。俺の攻撃力が足りないせいかと思ったが、瞬時に違うと確信した。
「エンブリットル・ボディと同じかっ!!」
『怪人反応が減ってますっ! あいつら、複数の怪人で構成された個体です!!』
そういうカラクリか。ダメージを受けた箇所……怪人パーツをダメージコントロールで破棄、他の部位に伝達しないようにしていると。
「なら、対処は簡単だっ!!」
もっと得体の知れないモノって事も考えたが、それならどうにでもなる。
――《 影分身 》――
とにかく回数ぶん殴る!
小回りの効かないミラージュは対象とせず、自分自身のみで分身し、そのままバラバラの個体に肉薄する。
「そいやっ!」「せいやっ!」「ちぇいやっ!」「はいやっ!」「あちょーーーーっ!」
その気になれば、奴らが一回攻撃する間にすべてのパーツを粉砕できる。それがマスカレイドなのだっ!!
ほぼ同タイミングですべてのロボットがバラバラに吹き飛んだ。完勝である。
『……なんですかね、こいつら。明らかに他の怪人と違いますよ』
「強さだけなら群を抜いてるな」
マスカレイドにとっては大した強さではないが、間違いなくこれまで戦ったどの怪人よりも強い。基本性能だけでも余裕でS級超えだろう。爆弾怪人など比較にならない。一体、他のヒーローだと何人がかりなら倒せるのか。……どう考えても場違いだ。
「まあ……ここは今回のイベントで来る場所じゃないって事なんだろうな」
『塔の権限もここから完全に違いますしね』
ますます、推定クリスがどうやって上に行ったのか分からなくなるが、多分こいつらはヒーロー以外に反応しないとかそういう仕様なんだろう。間違ってここを訪れたヒーローを排除するために用意された門番か何かなのだ。
「……反応しないな」
そして、エレベーターも一切反応しなかった。そもそも乗るべきカゴがないのだが、入り口のボタンも反応しない。単に使用中というだけかもしれないが、こうなるとヒーローに反応しないようになっている可能性も高いだろう。
『どうします? 壁突き破って外出ますか?』
「このエレベーターシャフトの中通っていけばいいだろ。途中でカゴが降りてくるようだったら、下から止める形で」
それなら、すれ違いは発生しない。
――《 マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト 》――
インプロージョンだと振動がシャフト全体に伝わってしまうかもしれないと、念には念を入れて入り口だけ溶かす事にした。米粒にお経を書くような繊細さが要求されるが、やってやれない事はない。
「それじゃ、天に向かってダッシュだ!」
<マスカレイド・ミラージュ>が、透明なエレベーターシャフトの内部を天に向かって発進する。
軌道ステーションへ向かったのがクリスであるという保証はないが、なんとなく先にいるのがいつかの鼻タレであるような、そんな気配を感じていた。
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