引き籠もりヒーロー第3巻 校正用本編

◇◆◇第11話「空を穿つ」

 クリスが攫われた? ……どうやって?
 告げられた内容に衝撃を受けるよりも、まず初めにその疑問が浮かんだ。
「国内で誘拐を許した覚えはないんだが……詳しい状況は分かるか? そもそも、そのクリスからの電話だったのか?」
「あうぅ……えっと、違くて……その、あああああぁ、何言ってんだろ」
「いや、とりあえず落ち着け」
 混乱しているのはこちらも同じだが、こいつはその比じゃない。俺にとってあの鼻タレはせいぜい妹の友人程度の存在だが、明日香にとっては違う。近しい人間が誘拐されるとここまで狼狽するのか。
 ともあれ、この状態では話を聞くのもままならない。動揺し過ぎな明日香を落ち着かせるために座らせ、PCに視線を向ける。特に何も言う必要はなく、それだけでミナミが頷いた。素晴らしい。
『確かに、発信器の反応の一つが例の大陸の位置へ移動しています』
 なら、怪人による誘拐事件ってのはほぼ確定だな。
「さっきの声明で言ってた名簿には?」
『配布された誘拐被害者の名簿に記載されているのは氏名、性別、年齢、国籍。……確かに日本国籍の人間がいますね。そのクリスさんを含めて三人も』
 クリスの家族構成は知らないが、両親とまとめて攫われたとかだろうか。
「その三人の関係は?」
『名前だけ見るなら直接の関係はなさそうですが……他の二人の内、一人はかなり前に被害届が出てます。……海外で』
「そ、そう。クリスのお父さんの実家に行く途中だったから、アメリカの空港で怪人が出たって、事になる。多分」
「そういう事か……」
 ヒーローの担当範囲は国・地域であって、人間の出身地や籍に紐づくものじゃない。いくら俺の担当範囲で鉄壁の警戒網を布いていても、自分から範囲外に出た場合まで対応できない。当たり前だが、それは行先、経由先の管轄になる。それで、気付かない内に三人も日本人が誘拐されていたと。
 海外行くなとも言えないし、これは止めようがねえ。……いや、そもそもの話、こちらで把握していた人数と宣言にあった人質三百人という人数自体に大きな隔たりがあった。こちらはミナミの情報網を使ってですら、その半分も特定できていなかったのだ。
「さっきの電話はクリスの両親からだったのか?」
「え……と、違う。近くにいた日本人の人で、目の前で怪人に攫われた時に落としたのか、それを拾って履歴にあった私の番号に……」
 そういう流れか。つまり、攫われたのは本当についさっきって事だ。
「ど、どうしよう。クリス助かるよね? ……助けて」
 混乱と動揺の中にあって尚、明日香は言葉を選んでいるように感じられる。おそらくは余計な事を言って俺の不興を買うのを避けてるのだろう。この後に及んで俺が動かない理由などないし、こいつもそれは分かっているはずだが、だからといって安心できるわけもないって事だ。
 それは俺の思考パターンにも良く似ていて、妙なところで穴熊英雄と血の繋がった兄妹である事を認識させられた。……今のマスカレイドさんと血の繋がりがあるのかは良く分からんが。
「落ち着け」
「だってっ!」
 完全にパニック状態だ。見ているこちらが冷静になるほどに。
 はっきり言ってクリスが無事な可能性は高い。身代金目当てなど、普通の誘拐事件のほうがよっぽど危険だ。一般人である明日香には理解し難いだろうが、怪人の宣言で無事だと言っている以上、それはおそらく真実なのだ。このイベントで救出できなかった場合の保証は一切ないが、少なくとも今現在は。そして、俺の手で直接挽回可能な状況である。
「明日香、お前の目の前にいるのは誰だ? 言ってみろ」
 言っておくが、どこかの三男じゃねーからな。そういうギャグじゃねーから。
「え……お……馬鹿兄貴」
「違う」
 こんな時に何言ってるんだという顔をする明日香。しかし、その場においてそれは不正解だ。ちなみに、お兄ちゃんと呼んでほしいという意味でもない。
「今、お前の目の前にいるのは、最強無敵のヒーロー、マスカレイド様だ」
 悪事を働く怪人からすら恐れられている恐怖の化身でもある。この状況で怪人側が最も警戒しているのは俺だ。
「怪人が悪事を働いたというのなら、それを打ち砕くのがヒーローの役目だ」
 そこに何も問題はないし、矛盾もない。水面下では色々と黒いものが渦巻いているようだが、それは怪人をぶん殴って誘拐被害者を救出するという行動とはまったく別のものだ。
「攫われた人がいるなら助けるし、それが知り合いだというのなら少しばかり贔屓して優先度を上げもする。……だからまあ、任せておけ」
「……うん、分かった」
 ヒーローは正義の味方ではない。しかし、正義の味方をやったって構わないはずだ。

◆◇◆

「……さて、情報整理だ」
 明日香を部屋に戻したあと、俺は画面に映るミナミと向かい合う。ここから先は俺たちの世界であり、領分だ。聞かせられない話も多い。
「はっきり言って、俺たちが考えてた想定は甘かったな」
『方向性は合ってましたし、内容もほぼ予想通りでしたけど……イベント後まで世界にもらたす影響については抜けてましたね』
「いざこうなってみると狙いは見え見えなんだけどな」
 怪人の目的やそれを実現する手段は予想していたのだから、こういう構図に思い至る事もできたはずなのだ。しかし、頭のどこかで人間社会はヒーローと怪人が戦う舞台でしかないと考えていたのだろう。実害があったわけでも事前に気付いて何かできたわけでもないが、認識の甘さを痛感した。
「運営か怪人か知らんが、これを考えた奴はとことん面倒な状況を作り出したいらしいな」
『面倒ですね。怪人を倒し、人質を無事救出しても凶悪な火種が残る』
「最悪、第三次世界大戦まであるな」
『それはないと言えないのがまた……』
 もし大陸が残り続けるのなら十分に有り得るだろう。そこまでいかなくても、紛争規模の争いなら発生しないほうがおかしい。
 アレは人類史で類を見ないほどに巨大な利権の塊だ。
 世界で人の手が入っていない地域は未だに存在するが、完全に未開拓・未探索の大陸なんて巨大な空白地帯は存在しない。敢えていうなら領有の問題が凍結されている南極だが、その南極だって入植のし易い場所にあったらすでにどこかの国が領有しているだろう。
 今回、大陸が出現したのは北大西洋。つまり、北米と西欧の間だ。こんなところにある大陸を無視できるはずがない。
 完全に未知の資源が眠っている可能性も高い。アレ自体がただの土と石の塊で資源がないとしても、元々海中だった部分の資源まで消えてなくなるとも思えない。海底に眠っていた資源が採掘し易くなるというだけでも、争いが起きるには十分過ぎる利権になる。
 鉱物資源とは限らないが、こうして明確に煽りを入れてくる以上、なんらかの利権は確実に存在する。むしろ、俺たちが想像付かないようなエサまで用意している可能性すらあると考えたほうがいい。
 今回の一件に日本が直接巻き込まれる可能性は高くない。地球の反対側で領有宣言をするには無理があるし、実効支配する戦力もない。せいぜい資源の購入や入植のための物資を販売する先ができて、商社あたりが喜ぶ程度だろう。
 この場合手を出しそうなのは大西洋沿岸にある国家群。資源だけではなく、地政学上あの場所を領有されて困る国はたくさんある。アメリカが近い……というか真横にあるというのも問題だ。世界の警察を自称するあの国は潜在的な敵も多い。その喉元を押さえつけられるような機会を黙って見ているとは思えないし、それを許すとも思えない。
「すげえ面倒臭え。いっそ大陸丸ごと壊したい」
 考えれば考えれるほどに厄介なシロモノだ。月に拠点が現れるかもなんて考えたりもしたが、そっちのほうがよっぼど面倒がなくていい。ファンタジー感溢れる天空の城や海底都市、地底都市のほうが遥かに楽だ。
『一応聞きますけど、可能なんですか?』
「時間とそれによる被害を考えなければ、全体を海面下まで沈めるくらいは可能だと思う」
『って事はなしですね』
「そうだな」
 その手は取れない。大陸という利権の塊を破壊して文句言われるくらいなら構わないが、それによって起こる被害は無視できない。出現時に影響がなかったのは理解不能な力が働いているからであって、一度出現したものを破壊すれば物理法則の影響は免れないだろう。大陸丸ごと破壊する場合の影響なんて想像も付かないが、これだけの巨大質量が消えれば最低でも津波で大西洋沿岸地域は壊滅、世界的に見ても異常気象のオンパレードが待っているはずだ。さすがにそんな地獄を創り出せば、世界の敵なんてレベルじゃない。ぶっちゃけ、マスカレイドが全力で海面パンチしただけでも似たような事になるような気はしないでもないが。……溶かせば被害はもう少し抑えられるかな。
「イベントのルール次第だが、大陸が残り続けるならそのまま怪人に実効支配してもらってたほうがいいかもな」
 それで文句を言う奴はいるだろうが、紛争が起きるよりはいいし、勝手に怪人に対してケンカを売るならどうぞご自由にというスタンスを貫くだけだ。
『選択肢の一つとしてはアリかもしれないですね。目に見える場所にずっと怪人がいるのはストレス溜まりそうですが、怪人にとって戦略的な価値があるとも思えません』
「怪人のルールを知ってる奴にしか通用しない理屈だがな。橋頭堡とか言ってたが、いきなり現れる連中に戦略的な意味合いでの前線基地なんて必要ない」
 あれは、また別の意図が込められた言葉なのだ。
「クリスの一件、意図的なものだと思うか?」
『マスカレイドさんの関係者って事で狙われたかって話ですか? その線はないと思いますけど』
「まあ、そうだよな」
 あまりに出来過ぎたタイミングと被害者だが、これが狙ったものだというのはちょっと厳しい。対マスカレイド用の演出として、名簿の最後に名前を連ねるために日本人が狙われたという程度の思惑ならまだ分かるが、偶然と考えるのが自然だ。俺に対する人質と考えるには、クリスは関係が希薄過ぎるし、それを運営が”ルール上”許すとも思えないのだ。
「じゃあ、俺……いや、ヒーローの関係者を、”怪人が”故意に直接狙ってくる事は有り得ると思うか?」
『そりゃ……ああ、なさそうですね。偶然巻き込まれたっていうのならともかく、直接狙って来るのはちょっと怪人側に有利過ぎます』
「あくまで予想でしかないし楽観的に考える事もできないが、人間社会にいるヒーローに対して怪人が直接攻撃する事は禁止されてるんじゃないかって思うんだよな」
 運営元が同一である以上やろうと思えばいくらでもできるし、身バレさせる事も容易だ。しかし、ここまで怪人がそういう攻撃を行っていないという事はそういうことなんじゃないだろうか。
 あの少年怪人はこれがゲームだと言った。つまり、お互いに死人は出るし人間の被害も甚大だが、どこかに超えては行けないラインが存在するのではないだろうか。明言されていない以上、それを確かめるチキンレースはしたくないが。
「……ヒーローを殺すのは人間って事なんだろうな」
 人間社会とその世論がヒーローを殺す。それは最初から警戒していて、実際に起きた事でもある。
 実のところ、この戦いはヒーロー、怪人、そして人間の三極構造なのだ。ヒーローは怪人に強く、怪人は人間に強い。そして”人間社会”はヒーローに強いというじゃんけんのような関係というわけだ。今回のイベントはその構造を明確にするための一手でもあるのだろう。
 大陸はただ、怪人という理不尽な暴力に耐えるだけだった人間の前に吊るされたエサ。このエサを望む人間がいれば、手を出してしまうのが社会だ。国民の多数が望んでいなくても政府が強行する可能性はあるし、企業が働きかけるかもしれない。あるいは国ではなくテロリストが実効支配に乗り出すという可能性もある。そんな思惑が国ごとに存在するのなら、完全に止める事など不可能だ。
 世論誘導にしても、いつかの八百長試合くらいが限界。アレだって様々な要素が入り混じった上で奇跡的に実現したもので、最初から狙ってやるのは無理があるだろう。ヒーロー個人で……いや、全員が一致団結しても人間社会を制御するのは不可能だし、世論の誘導すら困難なのが現実だ。
 こうしてバランスが壊された以上、人間とヒーローの関係も変わらざるを得ない。目の前の吊るされたエサを手に入れるためにヒーローを利用する。邪魔をするなら排除するよう世論を動かす。それらが不可能でない事は、過去の事例からも見てとれるのだから。
「いつかみたいに、ヒーローネット側でイベントの詳細は告知されてないのか?」
『ティザーサイトは用意されてるみたいで、ページ上では情報公開のカウントダウン用のカウンターだけが設置されてます。カウント自体はあと一時間ちょっとですね』
 相変わらずふざけた話である。
「大した時間でもないし、それは待つしかないな。……今現在の時点で、他に何か情報はないか?」
『えーと、長谷川さんから今回の件についての情報提供を求められてます。監視している人たちがこのタイミングで接触してくる可能性が高そうなので、マスカレイドさんとしてのスタンスを聞いておきたいと』
「ああ、ありそうだ。詳細はイベントの情報が公開されてからになるが、とりあえず人質の救助は優先して行う方針だって言っておいてもいいぞ」
『そうですね。個人的にはそこが一番気になっているところでしょうし』
 これまで慎重過ぎるほどに接触を避けてきた監視連中だが、ここまで状況が動けばなりふり構っていられないかもしれない。
 個人的にはイベント後の接触のほうが望ましいが、我慢できるかどうかは分からん。
『あと、いくつか他のヒーローからの共闘要請が届いてます。とりあえず話だけでもってところが多いですが』
「それもイベントの内容が分からないと答えられないが、気が進まないな」
『マスカレイドさんをどこかに放り込んで、チームとして機能するはずないですしね』
「言い方は気になるが、そんなところだ」
 一時的な協力くらいならできるかもしれないが、それをして変な前例を作りたくもない。
 あまり他のヒーローと関わりあいになりたくないというのもある。言葉は通じるとはいえ、文化も違えば価値観も違う相手だ。
「大陸の画像とかはまだ見れないか?」
『それがどうも映像に映らないらしいんですよね。肉眼なら見れるらしいですけど写真すら撮れないとか。絵に描いてアップロードしてる人はいますが、どれくらい正確なのかはちょっと……。実体があるのは確からしいです。ポルトガルのヒーローが直接出向いて上陸まではしたそうなので』
 近場とはいえ、行動早いな。
『ただ、その内側に見えない障壁のようなものが張られているらしくて、映像化を阻害しているのはそれなんじゃないかって話になってます』
「そこで戦わせる気なら地形の情報は隠蔽して然るべきって事か。他に見せたくないものがあるのかもしれないし」
『ヒーローだけなら、中に転送すればいいわけですからね』
 大陸なんて巨大フィールドを用意するなら、地形情報は重要だ。空撮すれば人質がいる場所も分かる可能性もある。……となると、上陸できた海岸は別にしても、大陸内部は見えているそのままである保証はないって事だ。
「そのバリア壊せたりしねーかな?」
『どうでしょうね。ポルトガルのヒーローが攻撃してみたらしいですが、ビクともしないって話です。……マスカレイドさんの強襲を警戒して、強度をその基準まで上げてるとか?』
「ありそうな話ではあるが、その扱いは釈然としないな」
『元々あの地域を領海内に含んでいた複数の国が偵察を開始しているので、少し経てば情報も入ってくるかと』
「情報公開のほうが早そうだ」
 もう情報公開まで一時間を切っている。フットワークの軽いヒーロー個人ならともかく、国はそこまで迅速に動けないだろう。

◆◇◆

[怪人システムバージョン2リリーステスト 怪人たちの王国を制圧せよ!]  そうして公開されたイベント情報は、相変わらず空気の読めていない表題だった。
 これじゃ新しいシステムの導入試験を行うためにわざわざ大陸を創って、多数の誘拐事件を起こしましたと言っているようなものだ。……ようなものというか、そのままだな。運営側の神々はいい加減にすべきだろう。絶対これ、人間の事をおもちゃか何かにしか見ていないぞ。
「要は、バージョン2で導入されるシステムを大陸で再現するって事だな」
『テストとは言ってますが、どちらかというと新しいルールに慣れさせるのが目的でしょうか』
「まあ、バグの洗い出しが必要とも思えんしな」
 イベントの内容は意外と単純なものだった。大規模イベントとはいっても複雑なルールはない。
 
<目的>
 アトランティス大陸(仮)の制圧。及び中央エリアに囚われた人質の奪還。

<ルール>
・大陸の内部は数百のエリアに分割されている。
・各エリアはバージョン2で導入予定のシステムが適用され、そこに出現する怪人を討伐する事で支配率が上昇する。
 短期間のテストのため、この支配率は変動し易くなるよう補正されている。
 設置された要塞やそこに配置されたボス怪人を攻略する事で支配率にボーナスが発生する。
・イベント開始直後、アトランティス大陸沿岸エリアへヒーローの転送が可能になる。
 大陸の各沿岸から見て距離の近い担当エリアのヒーローが優先権を持ち、時間経過で順次遠方のヒーローが転送可能になる。
 同盟を締結している場合、転送優先権はより近い同盟区域に準拠する。
・支配率が一定の値を超えたエリアはヒーローの直接転送、及び転送以外での直接移動が可能になる。
 外部からの上陸阻害用障壁も支配エリアに合わせて解除される。
・エリアの完全支配に成功した場合、以降支配率の変動は凍結され、イベント後も含め怪人は出現しなくなる。
・人質は中央エリアの拠点に隔離されている。
 この中央エリアのみ複数の内部エリアに分割された特殊構造になっており、この支配率が一定値に達する事によって順次人質が自動解放される。
 解放された人質の情報は被害者リスト同様、全世界に向けてリアルタイム公開される。
・イベント期間は協定世界時で十二月二十五日の0時から24時まで。
 イベント終了時、エリア内に存在しているヒーローは拠点へ強制帰還される。
 終了時点で未解放の人質は殺害される。『惨たらしく殺す。具体的には0.1マスカレイドくらい』

 あの大陸を数百のエリアに分け、ヒーローと怪人による陣取り合戦を行う。要点だけならそれだけの事だ。つまり、外側から内側に向けてエリアを占拠しつつ進むイベントというわけである。
 イベント詳細ページには簡単に地図も載せられていた。距離感などは参考にならないが、エリアの分布や簡単な地形などは把握可能だ。
 肝心の人質がいるのは中央部。概略図にはなんか円形の建物が記載されているので、塔かドームのような何かがあるって事なんだろう。複数の内部エリアに分かれているって情報から考えれば塔って考えるのが正解だろうか。
 そこへ向かうルートはいくつか考えられるが、大陸というだけあって直線上には山もあれば河もある。森もあるあたり、海から浮上したわけじゃないって事だ。
 あと、場所的にやっぱりアトランティス(笑)なんだな。位置的に放っておいてもそう呼ばれそうではあるが。
 簡易地図を見ればバミューダ諸島とかアゾレス諸島をうまーく避けてる。わざわざ周辺の地形に合わせたような形になっていて、特にアゾレス諸島近くの形が歪だ。ポルトガルのヒーローが上陸作戦を決行したのはそういう理由からなんだろう。

『0.1でも十分に恐ろしいですね。どんなひどい目に遭わされてしまうのか……』
「まず最初に言及するのがそこか……」
 なんでわざわざそこだけ注釈が入っているのかも分からんが。なんだよその謎単位。人を勝手に残虐さの単位にするんじゃねーよ。
「転送による制限が露骨だな。俺が転送可能になるまでかなり時間がかかりそうだ」
『やっぱり、地球の裏側にいるマスカレイドさん対策ですかね』
 その線が濃厚である。一斉にヒーローが転送されて訳分からん状態になるのを避けるためとか、そんな理由もあるんだろうが。
 順当にいけば、俺が出撃できるようになるまでにいくつかのエリアは占拠されるだろう。そして、イベント後にわずかでも安全地帯があるなら領土争いの始まりだ。……対岸の国担当のヒーローが優先されるってのもそれを見越しているんだろう。自分の国のヒーローが占拠した場所だと言い張れなくもない。
 一応、同盟を締結すればそれに便乗して出撃も可能なようだが、俺がどこかに手を貸せばそれ自体が火種になりかねないと。考えれば考えるほどに枷が増える仕組みというわけだ。
 あのクソウザ少年は良く考えろとは言っていたが、アレは良く考えて動けなくなるがいいって意味かもしれん。
「理想を言うのなら、エリアの占拠を一切行わずに人質を解放したい。人質がいるっていうド真ん中の建物は仕方ないにしても」
『マスカレイドさんだけなら可能でしょうけど……』
 これまでの怪人基準なら、どんな強敵が出て来ても、どれだけの数が出て来てもそれを強行する自信はある。生身でも可能だろうし、<マスカレイド・ミラージュ>が使えるなら尚更だ。ついてこれる怪人などいない。出現するという怪人の情報は提示されていないが、他のヒーローが参加する手前、俺基準の強さに変更してくるのも考え辛い。
 いくら占拠したエリアが安全地帯になると言っても、周りすべてが危険地帯なド真ん中なら手を出しにくいだろう。そこに至る経路すらなければ有効利用しようがない。
 救出された人質は全世界に向けて情報公開される。明確に助けられた人と助けられなかった人が公開されるのは分かり易くていいが、その裏にある悪意も感じ取れる。隠そうともせずに煽りを入れてくるというわけだ。しかし、早期に解放さえできれば人質を助けるためという侵攻の口実も封殺できるな。
「初期に転送権が付与される地域で、最も発言権が強いのはどこの同盟だ?」
『そりゃアメリカですね。東海岸側十州に渡る巨大同盟があります』
「そこのリーダーと話できるか?」
『え? ええ、同盟依頼も来てますし、返事すればすぐですけど』
「いや、同盟しようってわけじゃない。ちょっと交渉だ」

◆◇◆

『連絡をもらえて光栄だ、マスカレイド』
「先に断っておくが、同盟の意思はない。ただの提案だ」
 画面上に表示されたのは、どこかで見た事があるというか、デザインや形は変えていても誤魔化しようがないほどにパクリな外見をした東海岸同盟のリーダーである。こんな見た目でも能力や人望は疑う余地がないほどに優秀なのが分かっている。個人主義者が多そうなアメリカのヒーローたちを多数束ねている時点で間違いない。
『私個人としてはそのほうが助かるね。同盟などの分かり易い関係が成立すれば、一気にバランスが崩れかねない』
 もちろんヒーローだけでなく人間社会を含めたバランスだ。どうやら話が分かる相手のようで助かる。
『それで、提案とは? 君の話次第では、こちらも計画を再検討する必要がある』
「東海岸同盟に中央を攻略してもらいたい。できれば他のエリアを一切解放する事なく」
『……人質がいる以上、中央は当然攻略するつもりだが、転送先が沿岸に固定される以上、どうしてもエリア解放は必要になる』
 普通ならそうだ。そのエリア解放だって楽ではないだろう。
「飛んでいけばいい」
『馬鹿な。内部の詳細情報はないが、飛行可能な怪人は配置されているはずだ。もちろん強行できるヒーローは極一部で、上手くいったとしてもそんな孤立した戦力で中央を攻略など……いや、まさか君が?』
「ああ。それで中央の最初のエリアを攻略して転送可能な状態にする。そこに合流してほしい」
 かなり強引だが、普通のヒーローから逸脱しまくっているマスカレイドさんなら可能だ。
『君なら可能だろうが……懸念がある。君が転送可能になるまで他のエリアに手を出すなという事は不可能だ。となると沿岸地域のヒーローチームと一時的にでも同盟し、転送の権利を得る必要があるわけだが……一時的にでも君が所属した時点で、そのチームの発言力は増大し、バランスが崩壊する。コレは君が否定したとしても変わらない。周囲はそこに君とのラインが繋がっていると確信して動くだろう』
 それは当然避けたいし、理解している。
『パワーバランスを考慮すれば、一番影響が少ないのはウチだろうが……正直、個人的には避けたい話だ』
「話は最後まで聞いてくれ」
 そうなった場合の予想ができるのか、早口になったのを押し止めるように声を挟む。おそらく、彼は相当に頭が回るのだろう。加えて、身近な問題であるが故に、その光景が容易に想像できてしまうのだ。だが、俺の提案はそんな話ではない。もちろん、天才的な妙手とかそういう類ではなく、いつも通りの強引な力技だ。
「俺はどこにも所属せず、一人で参加する。一人で中央エリアを占拠するから、東海岸同盟はそれに便乗して中央に転送して攻略を開始して欲しい。それならいくらでも言い訳ができるだろ。俺ならやりそうだったから便乗する事にしたとか。少なくとも記録には残らない」
『……転送なしでどうやって突入する?』
「当然力技だ。イベント開始直後にあのバリアを正面突破する」
『…………』
 俺の言葉を聞いて途端俯いたから呆れているのかと思ったが、良く見たら声を殺して笑っているようだった。
『ああいや、悪い。あまりにもクレイジーな発想だったものでね。……一応聞くが、勝算は?』
「バリア突破は五分五分より上程度。そこを超えれば……まあ大丈夫だ」
 いくら俺の情報を集めても、表面上の事でしかない以上、判断は難しいだろう。しかし、感触はそう悪くなかった。
『失敗した場合の予備プランは?』
「失敗、あるいは別の要素で頓挫した場合は悪いがそちらに合流させてくれ。懸念はあるだろうが、確実な人質救出を優先したい。よほど理不尽でなければ指揮下にも入る」
 最初から言っているように無視できない懸念もあるが、マスカレイドが参加するメリットのほうが大きいのは確かなはずだ。特に短期的な視野で見るなら。
 それに、俺がこれまで無茶苦茶やれているのは、測定不能、運営の想定外、そういう枠の外にある存在だからというのが大きい。もし、バリアを突破できなかった場合、ぼやけていたマスカレイドの輪郭が浮かび上がってしまう。未知でなくなった時点で俺の存在感は激減するはずだ。そうなったら今までのように孤立したままでは不都合が出てくる場面がきっと出てくる。なら、早い内に妥協するプランも必要になるだろう。東海岸同盟のような大手とのパイプは無駄にならないはずだ。
『オーケー、分かった。最悪でも作戦開始を数分遅らせる程度なら、こちらにはデメリットはないも同然だ。メンバーに向けての説得もしやすい。ただ、外部のヒーローと足並みを揃えるためにはもう少し材料が欲しいところだが』
「俺が単独で行動する事を匂わせる情報をバラ撒くつもりだが」
『ああ、それで十分だ。中央エリア攻略への参加までは分からんが、無闇に沿岸エリアを解放しようとする動きは牽制できる』
 どの程度の影響力があるのか分からないが、同盟の規模からいって一定以上の効果は期待できるだろう。反米主義だったり、良く考えないで行動する奴らは当然いるだろうが、そこは割り切るしかない。
『参加メンバーや攻略時のチーム構成などは問題にならない範囲で共有する。できればそちらの状況推移も極力把握したいのだが』
「ウチのオペレーターを通して連絡する。そっちへは……直接やり取りしたほうがいいな」
『そのほうが助かるな』
 そんな感じで、どことなくぎこちない、双方距離感を掴みかねた秘密会談は終了した。
 相手の考え方次第なところもあるので一種の賭けに近い部分もあったが、かなり理想に近い形で決着したといってもいいだろう。
 ……あとは、俺が力技で強引に押し通るだけだ。

◆◇◆

 太平洋上空。真下には海以外何もない場所で<マスカレイド・ミラージュ>に跨り、新大陸がある方向を眺める。
 時間は余裕を持たせたほうがいいだろうと、かみさまに言って早めに転送してもらったのだが、ちょっと早過ぎたらしい。良く考えたら日本からここまで数分なのだから十分前行動でも問題なかった。というか、かみさまに言えばいつでも外出れるのかよ。なんで今まで知らなかったんだよ。
『イベント開始まであと三十分切りました』
 モニターからミナミが語りかけてくる。
「アメさん側の進捗は?」
『順調のようですが、やはり全ヒーローに同調してもらうのは難しそうですね。湾岸地域の担当ヒーローだけでも、条件付きで六割って見込みのようです』
「いや、十分すごいけどな」
 同盟とはいっても内部には複数のヒーローチームを抱え、完全な意思統一ができているわけでもない。なのにそれを纏め上げて、かつ周辺国にも顔が利くカリスマは大したものだろう。少なくとも俺には真似できない。
『最終的なチーム編成も共有してもらってます。東海岸同盟以外の参加者も多いので割り振りに苦労してるのが見てとれますね』
「そこはしょうがないだろ。結婚式の席順で揉めるようなもんだ」
『それはまた違うような……いや、同じなんですかね?』
 結婚式を主催した事はおろか、出席した事すらないから実のところは良く分からないが、似たようなもんだろう。どちらが偉い、新郎新婦との関係性、仲の良し悪しなど、ちょっと考えただけで面倒なのは想像できる。別に結婚式に限らず大きいイベントなら同じだ。
 その点、今回の話は国際的かつ世界が注目する大イベント、しかも人質の命までかかっているのだから、チーム編成一つでも揉めないはずがない。
「コレ、俺も把握しておいたほうがいいんだろうか。実はほとんど名前を知らないんだが。キャップだって会談直前まであやふやだったし」
『マスカレイドさんは基本単独行動になるので、最低限でもいいと思いますけどね。私もいますし』
 ちなみにキャップというのは秘密会談を行った東海岸同盟のリーダーの事だ。どう見てもパクリな見た目と名前の問題から触れてはいけないかもしれないと極力名前を呼ばなかったのだが、正式なヒーロー名はキャップマンらしい。大きな盾と星条旗モチーフな星がアピールポイントなナイスガイである。
「ミナミ的に、この人は覚えておいたほうがいいですよ的なヒーローは?」
『えー……と、まず東海岸同盟のリーダーであるキャップマンは外せないとして……』
 残り時間の暇潰しも兼ねて、参加ヒーローの簡単な説明をお願いしてみた。
 総指揮官はキャップマン。総指揮官補佐兼第一部隊長、東海岸同盟副リーダーのハープーン。第二部隊長のストライク・イーグル。そして、同盟外参加者の隊長を務めるラスベガスのヒーロー、ヘヴィ・ナックルあたりは知名度も高く、最低限覚えておいたほうがいいライン。
 その他、タンクマンやヘルファイア、ミサイルライダーなども割と見かける名前。やけにカラフルな四人組のヒーローチームレンジャーマンも実力はともかく知名度はあるそうだ。なんでも、元は五人だったのが人種問題で一人脱退した経緯があるらしい。
 あとは、とにかく見た目のインパクトが強烈なセーラーレディはそのアメリカ基準なボディと古臭くも可愛いコスチュームが織りなす不調和が俺の脳裏に刻み込まれてしまった。
 カナダのブーストやフォールマン、オーストラリアのアルファマンやベータマンなど見た事のある名前もあったが、所属の問題で第二陣以降の参加になるらしい。担当はニューヨーク州でも東海岸同盟所属でないエセニンジャさんもそうだ。
 その他にも大量に名前があるが、~~マンという名前が多くて目が滑って覚えられそうにない。
 気になったのはやはり国別での参加者に傾向が見られる事。キャップの交友関係などもあるのだろうが、国際的な関係に問題を抱えた国同士でもヒーローは協力し合うという形にはならないらしい。この場合、問題なのは不参加を決めたヒーローよりも、張り合って別に参加するヒーローたちだ。動きが把握できないし、危なっかしい。
 ……俺が早めに結果を出せばある程度の情報は伝わるだろうから、変な気は起こさないでほしいところだ。
 そんな事を話している内にイベント開始時間が迫ってきた。

「まだ不安なんだが、本当にこの位置でいいのか? いや、ミナミを疑ってるわけじゃないんだが」
『実証データがあるわけでもないですし、あくまでカタログスペックから算出した理論値なので、自信があるかといえば微妙ですけど……』
 そりゃ<マスカレイド・ミラージュ>の最高速度実験なんてそうそうできないからな。使用実績すらないロケットブースター込みじゃ余計だ。
『そこから北米方面に直進して、大陸中央部あたりで通常の最高速度に達する見込みです。そのタイミングでロケットブースター点火、アトランティスに突入します』
「障壁に取り付いたタイミングで《マスカレイド・インプロージョン》発動と。コンマ何秒のタイミングだよって難易度のミッションだな。実にハードだ」
『<マスカレイド・ミラージュ>の速度だけで障壁を抜けるなら、それでもいいんですけどね』
「障壁の強度が分からないんだから、保険は必要だしな」
 《マスカレイド・インプロージョン》は保険。ロケットブースターも保険。ついでに気休め程度だがドリル装備である。意味あるのかは知らんし、最高速度で壁に衝突したらぶっ壊れそうだが。
『でも、自信あるんですよね?』
「……五分五分ってところだ」
 普通に考えるなら乱入を避けるために障壁の防御は厚くしてあるはずで、その基準はおそらく俺だ。マスカレイドが全力で攻撃しても破られない程度の強度に設定して来たと思っていいだろう。しかし、それはあくまでこれまでの戦闘データ、評価データから見積もったものでしかないはずだ。怪人も、おそらく運営もマスカレイドの全力は目の当たりにはしていない。そもそも、俺自身が把握していない。
 もちろん、曖昧な部分を加味して強度を上乗せするくらいはやってくるだろう。その上乗せ分を更に上回れば俺の勝ちだ。つまり、やってみなくちゃ分からん。そういう意味での五分五分である。決して綿密な条件の元に算出した確率での50%などではない。
 今回のイベントに当たって立てた作戦はそういう博打染みたものだ。
 アメリカを始め初期段階で転送優先度が高い地域のヒーローに出撃を自粛してもらい、そのわずかな時間で俺が外部から強襲をかける。
 大陸を覆う障壁を貫いて内部に侵入した後はすべてのエリアと怪人を無視して中央に突入し、内部エリアを一つ占拠。そうすれば、他のヒーローも中央エリアへ直接転送が可能になる。そしてそのまま中央エリアをすべて占拠し、人質を解放して終了だ。人質解放を考えるならこれが最も早いプランだろう。
 もちろんその後の動向までは縛れないから各ヒーローに自粛を促すしかないが、人質という最大のネックがクリアできれば、積極的に新大陸の領土を確保しに走るヒーローは少ないだろう。一定数の馬鹿はいるかもしれないが、基本的に国の思惑に盲目的に従っているヒーローは……いても少ないはずだ。
 ……と、ここまでがすべて上手くいった場合の話である。
 障壁攻略が失敗した場合は、会談で話した通り通常のルールに則った攻略へと移行。この場合でもタイムラグは一分以内に収められる見込みだ。ただ、この場合は一時的にアメリカ東海岸同盟に参加して攻略を行う事になるため、今後の事を考えるなら回避したい。
 マスカレイドがどこかに所属した。それだけでパワーバランスは崩れ、以後の国際社会でもヒーロー間の関係性でも巨大な発言力を得る事になる。まあ、どう足掻いても動乱が避けられないなら、無理難題を押し付けてるアメリカ代表に良い目を見てもらっても別にいいだろう。
 そもそも最初の博打を失敗した時点で俺の負けなのだ。とりあえずこのイベントは乗り切れるだろう。
 アメリカ東海岸同盟のリーダーキャップマンは、俺と同種の懸念を持ち、憂慮している。国の思惑はどうあれ、ヒーローは人間の動乱など望んでいない。あるいは、そういう意思の持ち主だからこそヒーローなのかもしれないが。
 だからこそこんな無茶な提案に乗ってくれたわけで、失敗するわけにもいかないとも思う。

『カウント始めます。十、九、八……』
 迫るイベント開始に先駆けて、マスカレイド出撃のタイミングが迫る。ここから先はかつてない全力の戦いだ。
 マスカレイドが怪人や運営の思惑すら超えたバグなのかどうか。そういう分の悪い賭けだ。
『七、六、五、四……』
 <マスカレイド・ミラージュ>がかつて無い唸りを上げる。銀の光を放ち、出撃の瞬間を待っている。
 銀光の矢と化し、怪人の拠点を守る障壁を貫くために。
『三、二……』
 真っ直ぐに向かうべき方向を見据えた。……いくぞ。
『一、Go!!』

◆◇◆

 光が弾けた。
 人間の感覚からすれば一瞬で目視不能な速度に達する。
 マスカレイドが如何に超人であろうと、極限まで加速した中でタイミングを見極めるのは困難を極める。その刹那を見失わないよう、感覚を引き伸ばし、研ぎ澄ましていく。まるで走馬灯のようにも感じられる世界で、ありとあらゆるものが引き伸ばされているように感じられた。
 ミナミの声はない。もし声をかけられていたとしても気付く事はできない。ここから障壁までのわずかな時間は俺だけで乗り越えるべき戦いなのだ。
 加速する。
 <マスカレイド・ミラージュ>が超常の力に守られているとはいえ、完全な保護は難しいのか、あるいはその上限すら突破してしまったのか、これまでに感じた事のない重圧が襲って来た。張り詰めていなければ意識を持っていかれるだろう。今、この精神状況でなければ危険な状態だ。
 更に加速する。加速する。加速する。最高速は近い。
 すでに北米大陸には入っている。ここからロケットブースターを起動。機体が爆発するような衝撃を受けて更なる異次元の加速を実現した。
 件の大陸が視界に入る。この速度の中で目に見えない障壁との激突に備えるのは困難極まるな、と今更な事を考えていると意識が遠くなりそうだった。
 なに、見えないのなら感じればいい。心眼の心得などないが、マスカレイドの超感覚ならきっと捉えられるはずさ。
 ……失敗したら粛々とキャップの指揮に従って大陸の切り取りに励もう。どうせ中央エリアまで安全確保しつつの行軍になるだろうから、ついでに周りのエリアも解放してしまおう。よーし、パパ大陸の怪人皆殺しにしちゃうぞ。

 そういえば、鼻タレクリスはバインバインだという話だった。全然想像は付かないが、ミナミと比べてどうなのだろうか。
 急展開で流してしまったが、お父さんの実家に向かう途中で攫われたとか明日香が言っていたような気がする。
 となると、まさか母親は日本人でそっちがバインバインなのか。ミナミさんといい、近頃の日本はどうなっているんだ。
 こんなに頑張っているのだから、ご褒美として助けるタイミングでどさくさに紛れてお触りしても構わないだろうか。どれくらいなら事故と誤魔化せるだろうか。実は意識がなかったりしたらチャンスだ。
 そもそも、どんな状態で捕まっているのか。ラッキースケベ的に、そこはかなり重要な設定である。男性の被害者もいるという事はこの際置いておいて、どんなシチュエーションならエロいのか、それが重要だ。
 状態維持のためになんかのカプセルで保存液漬けにされているパターンなら全裸もアリだ。服が濡れてはいけない。
 いや、ここは無難に鎖で拘束とかだろうか。なんか怪人の超技術で時間経過ごとに服が脱げていくイヤーンな仕様だったりしたら俺得だ。
 くそっ! そんな事になったら全力で救出を遅延させてしまいかねない。なんて卑怯な罠を使うんだ。許せないっ!
 ……いや、何現実逃避しとんねん。

 すでに海上へと出た。目標まではほんのわずか。瞬き一つの間もなく到達する距離だ。
 煩悩を消し去って集中する。見えない障壁の位置を捉え、極限の刹那を掴み取るために!

――《マスカレイド・インプロージョン》――
 手応えがあった。完全なタイミングで障壁に突入した。
 しかし足りない。障壁は強度だけではなく軟性を持ち、先端のドリルが埋没して尚壊れない。障壁は衝撃を殺しつつ侵入者を阻んでいる。このままでは止められる。一体どれだけのマスカレイド対策をしたというのか。
 突入速度が速過ぎて反応できなかったらしい空飛ぶ怪人たちが今更ながら俺の存在に気付く。数秒後には無数の怪人が纏わり付いてくるだろう。
 だが、まだだ。
 先端部のドリルを無理矢理高速回転させる。地上からおそらく成層圏にまで届く障壁すべてを巻き込み穿つかの如く。
 空間が歪む。未だ破れはしないが、それは確かな綻びだった。
 障壁の位置、強度は完全に捉えている。穿ちはしても貫通は困難。ならば――
――《マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト》――
 溶かす。
 物質なのかどうかも分からない。実体があるのかすら定かではない。概念そのものといえる障壁を溶解させる。
 できるはずだ。そもそもヒーローが使う力も未知の超常であるのだから。
「うっらああああっ!!」
 わずかな、ほんのわずかな亀裂が走る。それはドリルの軌道に合わせ、螺旋状に広がり……一瞬だけだが、通過可能な大きさに広がった。
 そのまま中へと侵入する。勢い余って山に激突しそうになったが、確かに突破した。
 振り返れば通り抜けて来た穴はすでに修復が始まっていた。
 ……なんて無茶な強度だ。確実にマスカレイド以外のヒーローでは突破できない。させる気のない壁だ。
 安堵からか、一気に疲れが襲いかかってくる。……それはマスカレイドになってから最も強い疲労感だ。
「ミナミ、障壁は突破した! 東海岸同盟に伝達。俺はこのまま中央エリアの制圧に入る」
『え……あ、はい。……うわ、なんだこの数値』
 <マスカレイド・ミラージュ>の機体情報を観測していたらしいミナミがビビる。どうやら想像以上の数値を計測したらしい。
『中央エリアの位置は分かりますか? 前情報によれば、多分塔か何かだと思うんですが』
「ああ、目の前に塔が……塔?」
 見間違えようもない。障壁を抜ける以前には姿形のなかった巨大構造物がある。
 行く先にあるのは天までそびえ立つ塔……塔なのか? アレは。縮尺がおかしい。
「なん……だ、アレは」
 いくら見上げても終わりが見えない。巨大な黒い構造物が文字通り天を貫き、宇宙に達するかの如く伸びている。塔じゃない。アレは……。
「……軌道エレベーター」
 ある意味、大陸以上の利権の塊がそこにあった。

2023年1月15日

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