その無限の先へ 第3巻 ポストカード用短編「ドMの玉座」

迷宮都市のダンジョンにはボスなどの特別なモンスター用の待機部屋が存在する。
時間同期のシステムで出現タイミングの調整もできるため、常に使われるわけではないものの、イベントボスなどは進行確認などの用途から超長期の待機場として利用される事が多い。
< 鮮血の城 >イベントでも、主催であるリーゼロッテ・ライアット・シェルカーヴェインは最初から専用の待機部屋に陣取っていた。
ただし、その部屋はボス用という用途から見れば簡素なものだった。生活空間として見ても最低限なのは、本人がそこまで必要性を感じていなかったのもあるが、イベント進行や参加者の状況などの情報など、本来主催者として必要そうな機能についても最低限である。
これは本イベントにおいて必要以上のコスト調整を行った結果であり、極限まで切り詰めた結果だ。
ネームドモンスターであり、イベントボスとしての経験が豊富な彼女は慣れたもので、長丁場の待機も苦にしない。

◆◇◆

[ 鮮血の城・ボス待機部屋 ]

「うーん、お兄ちゃんは第二関門で捕まっちゃったか」

削りに削った上で有効化されている数少ない機能の一つ、全体進行確認ではお兄ちゃん……渡辺綱の滑り出しは順調だった。
トップでこそないものの、二位という速度で第一関門を突破。同じく短期で第一関門を突破したもう一人……確か狼の人と合流を果たしている。
しかし、順調だったのはそこまでで、その後の攻略は停滞。結構な期間足止めされているようだ。
機能をオフにしているので詳細は確認できないが、製作者として[ 灼熱の間 ]の構成自体は理解し切っているので、どういう部分が苦手なのかはなんとなく分かる。
難易度を上げ過ぎたという事はないだろう。同じような難易度調整をした他の関門はすでに突破されているため、なかなか突破できないのは適性か実力のどちらか、あるいは両方が足りていないという事になる。

「でも、なんで見込み違いって気にならないんだろう」

普通なら、現時点で第三関門に達している者以外は脱落したと見てもおかしくない。ダンジョンからの離脱こそしていないものの、今回のイベントで進行状況に差が出ると攻略自体が困難になるからだ。特に、[ 選別の間 ]は状況によって詰みさえ発生する。
そういう要素があるからこそ、渡辺綱をある意味贔屓して最終関門のルールを曖昧にしているわけだが……普通ならこの時点でプランを切り替えるような段階である。なのに、何故だかこのまま終わる気がしない。
彼と会った時に感じた、引力のような何かが落胆を許してくれない。まだまだ何かあるぞと。

「一人で第二関門に残っている人は多分もう駄目だよね。< スピードスター >さん」

今回参加した中で、私が最後に残りそうだと予想していたのは新人戦にチームで参加したっていう三人。その三人に加えてもう一人、二つ名持ちがいたから注目してたけど……。
最初に挨拶した時、< マリオネット >対策の装備で固めていたのは彼女だけだったから、地味にしんどそう。もう一人対策の目がありそうな< 魔装士 >の人は[ 選別の間 ]のほうに行っちゃったから、最悪そこ詰む可能性もあるし。
さすがに対策なしでこのイベントランク用に調整された私をどうにかできるとも思えない。どうする気なんだろう。

などと色々と考えつつ進行を見守っていると、とうとう第四関門に到達した者が現れた。

「……やっぱり予想通りになりそう」

その後、お兄ちゃんは第二関門を突破したし、本当に新人戦チームだけがここまで来るような事態になりかねない。
特に第二関門を一人で抜けてしまったのが致命的だ。[ 選別の間 ]が正真正銘の詰みポイントになる。

「お兄ちゃんと、ある意味今回のメインらしい< 雪兎 >、あとは< 歩く猥褻物 >……」

どんな二つ名だって感じだけど、その実力は極端に先行している事からもあきらかだ。普通ならほとんどの者にとって強大な壁となる第四関門も順当に攻略し、とうとう最終関門に大手をかけた。

「さて、ちょっと予想とはズレたけど、挨拶くらいはしておきましょうか」

◆◇◆

「ようこそ、【鮮血の城】最奥部へ。第四関門突破おめでとうございます」

限界まで削った中で残した数少ない機能の一つである通信機能を使い、最終待機所に到達した< 歩く猥褻物 >に声をかける。
手足の装備がかろうじて冒険者である事を示しているけど、何故かスーツ姿である事もあって違和感しか感じない。上手く説明できないけど、一般的な冒険者像からかけ離れているような……。
二つ名になるくらいだから猥褻物と呼ばれるような何かを抱えているのだろうけど、パッと見では分からなかった。

そうして、あやふやにしていた最終戦のルール調整を行う。
あちらから見れば、いくらでも自由に、理不尽な条件でも設定できるように見えるかもしれないが、実のところかなり制限された範囲でしか条件設定はできない。
とはいえ、私が何がなんでも勝ちたいわけではない。冒険者が成長する事が第一であって、無意味に有利な条件で勝利したいわけではないのだ。
第一、まだお兄ちゃんはいない。ならば、待ち時間などいくら妥協しても構わなかった。

『では、リーダーが来るまで待ってもらうというのはどうでしょうか』

だから、あちらから提示されたその条件は望むところだった。
ただ、そのまま丸呑みというのも面白くはない。ボスとしてのイメージを損なわないよう、仕方ないから妥協してやる的な条件を付ける必要があった。
イベント用のコスト制限で備え付けの設備としては用意できないが、持ち込みのアイテムで面白い使い方ができそうなものがある。
< 英雄の拷問椅子 >。このアイテムなら、< 自滅の輪 >とリンクさせる事で壮絶な死のイメージを再現できるはず。

『うおおおおおーーっ!!』

とはいえ、これでショック死されても面白くないので、時々通信を開いて状況確認するものの……特に問題はなさそうだった。
最初は冒険者にも時々いるらしい、一切の精神攻撃を無効化する特殊例かとも思ったけど、効いてはいるようだ。そもそも、その手のタイプは冒険者としてはかなり致命的な特徴で、まず大成しないと評価され、こんなイベントに参加できるような経歴にはまずならない。更に言えば表面上も誤魔化す事ができないくらい特徴がはっきりしているらしいし、あの猥褻物には当てはまらないだろう。
だったらなんだって思うけど、多分アレは極端なマゾヒストなのだろう。被虐体質は冒険者では珍しくもないし、むしろ一般的とも言える特徴だが、< 歩く猥褻物 >なんて二つ名が付くくらいに極端ならさぞかし自信があるはずだ。要するに突き抜けたマゾで、それならここまで先行できた理由も納得できる。
とはいえ、あの拷問椅子は、そして< 自滅の輪 >を通して流れ込んでくる死のイメージは生半可なマゾ如きに耐えられるものではない。そのダメージは確実に蓄積され、精神を蝕む事だろう。

地球の、それも日本人であれば、蔓延していた大量の創作物の影響では、普通の人間には想像も付かないような死のイメージさえ持っているはずだ。これはダンジョンマスターが直接確認しているから間違いない。アレも転生者らしいが地球人ではない事ははっきりしている。都合良く創作上でしか得られないような死のイメージに耐性があるはずもないのだ。
自分では想像もし得ない凶悪な死のイメージが形となって襲いかかってくる拷問は、ここまでに体験しただろう自身から生まれたイメージとは一線を画す。

『はぁっ! はっ、く……おのれ、なんて事だ……まさかこんな……』
「…………」

……効いてるよね? あの声を聞いていると、なんかちょっと自信なくなってくるんだけど、理由が分からない。

『ぬほぉぉおおーーっ!!』

そんなはずはないと思いつつ、確認で通信を繋げる度に響いてくる悲鳴のような矯正のような何か。
まさか、アレは演技で、実際は機能していないなんて事はないでしょうね。

「いやあああああーーーーっ!?」

試しに自分で同じ環境を構築して動作確認してみれば、想像を絶する体験を突きつけられた。
およそまともな想像力なら脳から捻り出せない凶悪な死のイメージは、慣れている私でさえ悲鳴を上げるほどだった。
さすがに本人の体験ではなく、創作上のものとは思うが、それはそれとして完全に埒外の死を叩き付けられた。
お兄ちゃんと雪兎、どっちの記憶か分からないけど、日本って国はなんてもんを創作してるのか。

「……完全に同じにはならないけど、コレを体験してるはずよね? なんでアレはまだ無事なの?」

あの拷問が開始してすでに二日近いのに、念のために付与されている精神負荷限界を知らせるアラート(個人持ち込み)はピクリともしていない。
いや、機能してはいるようで、時々メーターを振り切ってはいるけど、これは別の数値なはずだ。……説明書持ってくれば良かった。
さすが、迷宮都市内で< 歩く猥褻物 >なんて二つ名になるほどのマゾがコレだというのか。中継画面に映る、全身から体液を噴出させ、筆舌にし難い表情を浮かべているあの姿は確かに発禁ものだが。

なんかもう放置しててもいいんじゃないかなと思いつつ待っていると、ようやくお兄ちゃんが第四関門に到達した。第三関門で合流したらしい雪兎も一緒だ。第四関門は人によって難易度の変わる要素が大きいけれど、最短でもここから結構な時間はかかるはず。

『うへっ、うへへへへへっ!!』

中継画面のアレはそれくらい放置しても死ななそうだから別にいいとして……。

「さて、どれくらいで抜けてくるかな」

お兄ちゃんの脅威がどんなものかちょっと気になるけど、それは我慢だ。終わったあとにでも確認しよう。

しかし、本当に予想通りになってしまった。このままだと本当に新人戦チームの三人だけが最終戦に残る事になりそう。
まあ、お兄ちゃんが第四関門を抜けるまでにどれくらいかかるかにも関わってくるけど、アレのダメージを無視するなら遅れたほうが有利になるはずだ。
……なのに。

「……なんで?」

なんだか良く分からないけど、お兄ちゃんは一発かつほとんど時間もかけずに第四関門を突破してきた。何がどうなってるの?
動揺している様子を見せるわけにもいかないし、一旦深呼吸。待機所への通信を繋げる。

「ようこそ、【鮮血の城】の最奥部へ」
『ロッテか』
「はい。早かったですね。特に第四関門をこんなに早く抜けてくるなんて」

いやもう、本当にどうなってるの? すごく気になってしょうがない。あと、BGMとして流れている猥褻物の、すでに声になっていない声も気になってしょうがない。
ただ、さすがに待機所のこの惨状については困惑しているようだったので、改めて状況を説明する。
そ、そうよね。さすがにお兄ちゃんが想定している状況じゃないわよね。

「本当は、第四関門を抜けてきた人から順に戦闘開始なんだけど、それじゃ味気ないでしょう? だから、サージェスさんには”条件付き”でお兄ちゃんが来るまで待ってもいいって事にしたの」
『……条件?』
「ただ待つだけじゃつまらない。待っている間他の挑戦者が受けているのと同じ痛みを受けてもらう事になりました。《 自滅 》を含めて発生したすべてを、お兄ちゃんが来るまで、ずっと。……本命のお兄ちゃんも来た事だし、戦闘開始のルールをちゃんと決めましょうか」

私としては最低限の目的は達した。あとはボスとしての役目を果たした上で、イベント本来の進行へと軌道修正するだけ。
とはいえ、そのお兄ちゃん自身は、あきらかに遅れて間に合うはずもない他のメンバーが来るって信じている様子。
確かにあれから第四関門に到達した者もいるけど、[ 脅威の間 ]が本来持つステージ特性、[ 選別の間 ]後半戦の難易度、もっと根本的な事を言うなら、最後発の一人なんて絶対に間に合わないどころか攻略不可能な状況だ。

『……全員だ』

なのに、全員が来るなんて言う。……根拠の理解できない自信に、ちょっとだけ苛ついた。
最終的に表向き合わせる形で条件を設定。間に合った人数によって最終戦開始を遅らせるというルールに落ち着く。
三人目になるだろう< 雪兎 >ですら怪しいけど、[ 脅威の間 ]の内容を考えるならそれ以降はあってないような条件だ。
妥当な条件設定。しかし、なんとなく不安がある。あの猥褻物の反応から始まった、理解できないものが見え隠れしているような気がする。
これはまさか、最終戦が想定通りにならないかもという不安? 私としては勝敗なんて度外視なのに? 通信越しとはいえ、お兄ちゃんと会話する事で、あの謎の引力に吸い寄せられているようでもあった。自分の感情も、お兄ちゃんの考えも理解できない。

「構わないよ。なら、そこのサージェスさんと同じ条件にしようか。お兄ちゃんも同じ痛みを受ける。そしたら一人あたり四時間でもいい」

だから、ちょっと意地悪する事にした。どうせ曖昧なルール定義を策定するわけだから、何も問題はない。

「痛みは二人で分散して半分にする。もう一人来たら三分の一になるってのはどうかな。もちろん、耐えられないならそこで待つのを止めていい。その瞬間待機時間は終了で、私との戦闘に入る。……仲間が受けている痛みを共有するって素敵な事だと思うの」
『なっ!! やめろっ! 私だけが受ければ問題ないはずだっ! があああっ!!』

裏で猥褻物が何か言ってる。普通なら精神崩壊してて当然で、喋れるような状況ですらないはずなのに、なんだかすごく元気。
もうマゾとかそういう段階ではない気がするんだけど、二つ名持ちってそこまでなのかな。
……まさか、実は私が見当違いをしている? 安直にマゾって思ったけど、それ以外の何かがあるとか?

「別に一人でもいいけど、痛みは分散されない。ここまで受けてきた痛みをこのまま受け続ける事になる。想像してみて。いままでの試練の中で受けたダメージ、《 自滅 》で仮想体験する死のイメージを。串刺しになって、溶かされて、グチャグチャになって、バラバラにされて、一人分だって決して楽じゃない。お仲間はこう言ってるけど、お兄ちゃんは仲間を見捨てたりしないよね?」

ある程度でしかないが、あの日喫茶店で話した段階でお兄ちゃんの精神分析は済ませてある。
たとえアレが極端なマゾだという前提でも、理外の苦痛に苦しんでいるのは確かなのだ。眼の前でそんな姿を見せられて無視できるはずもない。
リーダーらしい彼の立ち位置もそうだ。責任感から、きっと苦痛を共有する。あるいは状況と最終戦に向けて精神ダメージを調整する事を考慮して強い葛藤が生まれるはずだ。

『あ、じゃあ、こいつ一人で』
「…………あれ?」

あれ、なんで即答? なんで一切の葛藤がないの?

「え……ちょ、ちょっと待って。一人に押し付けちゃうの!? 最低八時間を残り六人分だよ」
『くっ……仕方ありません。リーダー、ここは私に任せて下さい。ぐっあああっ!! こんな痛みに負けるものかっ!?』

いや、黙ってろ猥褻物!

『ああ、とても心苦しいが任せる。頼んだぞ』
「えーーーーわ、わかった。……じゃあ、時間経過後にまた会いましょう」

あまりの困惑と動揺に素が出そうになってしまったけど、かろうじて踏みとどまった。
最低限の通信設備コストをケチらないで良かった。下手に《 念話 》でいいやと削っていたら、あきらかにボスっぽくない反応が伝わってしまうところだ。
ま、まあいいわ。切り替えましょう。

『あー……ロッテ、約束通りここまで来たぞ。待たせたな』
「ふふ、待ってました。……では、あと数時間後に」

良かった。お兄ちゃんの言葉でなんとか最低限の体裁は整えられた気がする。とりあえず、動揺は多少収まった。
……あとは、この城の主として、ボスとしての立ち位置へと意識を切り替えるだけ。

『おごぉぉぉぉっ!!』

うっさいわ、座る猥褻物。

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