引き籠もりヒーロー 第四巻 短編SS ポスカセットB「日常のフレーム」

 

 

「て、転校っ!? こんな時期に?」
「うん、ほんとに、こんな時期って感じだよね」

受験を控えた中学三年生の夏、何故かあたしは転校する事になった。なんでかといえば、別段特筆する事もないような親の都合だ。
こんな言い方をすると離婚という二文字に頭に浮かぶのが昨今の世の中らしいし、実際説明するたびにその話を出されるけど、ただの仕事の都合というのが本当のところである。なんか、話をする相手によって離婚じゃないと知ると急に興味をなくす不届き者がいたりもするけど、中学生女子なんてそんなもんなんだろう。
ぶっちゃけ、ウチの両親は普通以上に仲がいい。あたしに兄弟姉妹がいないのは、避妊に失敗しなかっただけというレベルでいつでもイチャイチャしている。
今回の件だって、その仲の良さが原因と言えなくもない。元々東京本社への出向が長引いて単身赴任していたパパが、紆余曲折の末になんか正式に配属される事になったから、だったら家族まとめて……とママが寂しがって半ば無理矢理に強行したのだ。あたしやパパの意思はほとんど関係なく。
転属の詳細については出向元が潰れたからとかそういう話も聞いたけど、正直良く分からんかった。現役中学生に社会の事など分かるはずないし、興味もないのだ。

「なんかね、中古だけど家買ったんだって。東京なのにすごいよね」
「あー、そんな話になってるなら、なしって事にはなりそうもないね」

あたしとしては、パパの仕事がどうたらよりもそちらのほうが重要だった。なんせ、東京である。
エセベッドタウンみたいで、駅前くらいしか遊ぶところがないと言われているこの街からの脱出だ。
引っ越し先がどんなもんかは正直分からないけど、二十三区内って時点でここよりは栄えてるはずだろう。マイホームで自分の部屋がどうなるかも気になる。
生まれてこの方マンションしか住んだ事のないあたしにとって、二階の自室というのは夢のようなものなのだ。

「えー、阿古同じ高校行くって言ってたのにー」

そんな話をしていたら、隣から目立つ金髪が割り込んできた。鮮やかな金髪の、クラスであきらかに浮いたビジュアルにもすっかり慣れたものだが、クラスメイトのクリスだ。今話していた明日香同様、数年来の友達である。

「同じ高校っていうか、明日香と同じ高校ね」
「あたしも同じ志望先だし」
「そうだね、志望は同じだね」
「なにおー! あたしだって、やる時はやるんだぞ」

志望したからって受かるとは限らないのが受験である。

「そこんところどんな感じなんですか、保護者の明日香さん」
「保護者じゃないし。……む、無理じゃないと思うよ」
「ほらー」

ほらーじゃないじゃろ。

「勝ち誇っているところ悪いけど、あんたはもう少し行間読め。明日香、言葉詰まってるし」
「いや、ほんと……絶対無理ってほどじゃないから逆に困るんだよね」
「ほらー」

お主はその評価でええんか。
あたしの中で、クリスは正直おバカさんだ。こんな外見なのに英語は苦手だし、他の教科もかなり怪しい。
志望校にしたって、ザ・優等生な明日香と同じ志望先っていうのはあきらかに厳しいだろう。あたしの場合も、そこまで頭いいわけじゃないから少しランク下げないかと先生に言われていたくらいである。ちなみに、クリスの場合は切実に止められている。
まあ、最終的には滑り止め複数用意して挑戦って感じになると思うけど。

「それで、阿古はやっぱり向こうで進学先決める感じ?」
「そだね。似たような偏差値の普通校になるんじゃない? 都内なら電車通学も普通に候補に入るだろうし」
「なら、越境進学しようよ。そしたら元通り」
「無茶言うな」

物理的に不可能ってわけじゃないだろうけど、毎日何時間も通学に費やしたくない。他に何もできんがな
そもそも、あたしはクリスが受かるとは信じてないし。

「まあ、寂しいのは寂しいけど、ちょっと早く卒業するようなもんでしょ。向こうで友達作っても半年しか一緒じゃないほうが厳しいかも」
「夏休み明けからは向こう?」
「うん。夏休み中に引っ越し済ませてーって感じかなー。そこからのスケジュールも考えると大変そう」

そんな感じで明日香とクリス、あとは他のクラスメイトにも報告を済ませ、夏休み前の一時は過ぎていく。
テスト期間中だったのもあって、そちらに気を取られていたけど、それが終わると次第に寂しさが上回ってきた。
自分のロッカーが完全に空っぽになって、名札を剥がしてしまうと余計に強く感じてしまった。更には自分の部屋の荷物をまとめたら余計にだ。
そこまで思い入れなんてなかったはずなのに、なんだかんだで地元だからなー。

「明日お泊り会しよーぜい」
『は?』

なので、区切りを付ける意味でもセルフイベントを挟む事にした。

『いや、明日見送りに行くって話だったよね?』
「一人だけ遅れて行く事にした」
『ええ……』

荷物は業者さんに運んでもらうから、明日にはもうこの部屋は空っぽだ。だから、明日香の家にお邪魔させてもらおうと思う。

「あと、お別れ会代わりに明日香のカレー食べたいな」
『あーもう。クラスのお別れ会自分から断ってたクセに』

明日香はこういう頼みを断らないから好きさ。
というわけで、翌日引っ越しの荷物とママを見送ったあと、そのまま明日香の家にお邪魔する事にした。
あとから一人で電車に乗って行くという話にもママは割とドライで、なんなら一日だけじゃなくてもいいとか言い出していた。それはさすがに明日香の家に迷惑じゃ。
明日香の家に行くと、特に呼んでなかったけどクリスもいたのは予定調和。明日香が呼ぶだろうし、呼ばなくても謎の嗅覚でやって来るのがクリスだからだ。

「あれ、阿古? なんでいるの?」
「明日香から何も聞いとらんのか」
「いや、見送りに行くって話なのになかなか出ないからなんでだろーって思ってたんだけど」

そんな感じでクリスは何も知らずに穴熊家にいた。あまりに馴染み過ぎていて、どれだけ入り浸っているのかって感じである。

「おにーさんの部屋のドア、すごい事になってない?」
「見なかった事にして」

なんか、明日香の部屋の隣……お兄さんの部屋の扉がえらい事になってた。パッと見だとどうなってるのかは分からないけど、鍵がたくさん付いてる。
引き籠もってるのは知っていたけど、あれじゃ立て籠もりじゃないだろうか。当然の如く顔も出さないし。
しばらく来ないウチに何があったんじゃ。

その後、カレーはご馳走になったけど、明日香が作ったやつじゃないじゃんと文句を言ったら、おばさんの作ったカレーの完成度にビビらされたり、明日香のお兄さんが引き籠もるまでの経緯を無駄に詳しく説明されたり、これからの話などで盛り上がりつつ夜もふける。
でも、やっぱり一番話題に上がったのはこれまでの事で、散々語り尽くしたような話でも飽きる事なく続けられた。

「よし、記念、記念に写メ撮ろう」
「さっきから結構撮ってたような……」

確かにちょいちょい撮ってたし、普段からパシャってるけどさ。

「記念なんだから特別感欲しいでしょ。ウチら華の中学生よ」
「高校生なら分かるけど、あんまり中学生は言わなくない?」

うっさい、クリス。特殊な方々は若ければ若いほどいいんじゃ。だいたい比例して犯罪臭がするようになるけど。

「記念だからほら、ジャーン」
「わざわざ制服持って来たの?」
「えー、あたし持って来てない」
「明日香に予備借りればいいでしょ。サイズ差は誤魔化せ」

向こうの高校、セーラーじゃないんだよね。半年だから最悪コレ着たままでもいいって話だったけど、それはそれとして新しい制服着たいし。
それに、この制服はあたしにとってこの街での思い出にしたい。感傷的なのはあんまり得意じゃないけど、今はちょっと気分がそういうシチュを求めているのだ。

「ほれほれ、クリスもっと寄って、はいチーズ」

自分たちに向けてシャッターボタンを押す。失敗してたらもったいないので何度か。
それが、あたしにとっての一足早い卒業式のような何か。再度転入して半年後には卒業するけど、そういう特別があってもいいと思うのだ。

◆◇◆

「ミナミさん、ミナミさん見て見て、最近コレ買ったんだー」
「写真立て? ああいや、デジタルフォトフレームか」
「そうそう、そのデジタルなんとか。近くのフリマで安かったんだ」

そうして、新しい生活が始まる。妙な縁でお隣さんと友達になって入り浸ったり入り浸られたりする仲にもなったりしたけど、思ったよりも順調に慣れる事ができた。
なんか世間ではヤバい事が起きたり、空からボディビルダーが降ってきたりもしたけど、高校には無事受かったし、日常は続いている。

「ほら、ミナミさんの写メとか入れてあるよ。やっぱり写真映えするぜ」
「阿古君の嬉し恥ずかし着せ替えショーは?」
「そんなもん入れるか」

そりゃ画像データ自体はもらってるけど、わざわざフォトフレームに入れて飾るほどナルじゃない。
ミナミさん、着せ替え魔だからなー。なんであんなフリフリの服たくさん持ってんの。いや、それを着る事自体はいいんだけど、ミナミさんとの差が明確に見えて恥ずかしいのよ。

「こうして見ると、やっぱり明日香君やクリス君とのスリーショットが多いね」
「向こうでは三人でいる事が多かったしね。他に友達いないでもなかったけど」

クリスとそれに付き合ってた明日香はかなり限定的だったけど、あたしは結構クラス全体と仲が良かった。
転校してからの半年でも、受験と卒業という大イベントが待っている中ではかなり頑張ったほうだと思う。

「まあ、阿古君はそうだろうね」
「ミナミさんは気後れされるタイプだからねー」

遠慮なしに我が家に入り浸るミナミさんだけど、クラス内では少々浮いていた。嫌われているとかではなく、スペック高いし美人だしスタイルいいしで近寄り難いのは否定できない。多分、高校でも似たような感じなんだろう。

「こっち来る直前に撮ったやつはちょっとブレてるけど、コレとかいい感じに撮れてるでしょ学校で撮ったやつ。なんの偶然か、まったく同じ構図」
「ふむ、セーラー服もアリか。実は着た事ないんだよね」
「え、なら着てみる? クローゼットの手前に掛かったままだし」

そんな感じで、あたしの別段特筆する事のない日常は続いていく。
世界が波乱に満ちているとしても、一個人の日常なんてこんなものだ。

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