評価官アレクサンドラは変態である。初期こそ変態である事を否定する気があったようななかったような気もしたが、早々に誤魔化す事はやめた。
自身の感情を否定する事は愚かであり、不誠実である。そんな一見正論じみた言い訳で論理武装し、対倫理武装として常識に喧嘩を売るのだ。
そもそもの話、どんな理由があろうが成人男性が進んで美少女に性転換してしまう時点で異形の思考であり、ド変態である事を否定できないのはあきらか。ならば、それを否定したところであらゆる意味で無意味である事に気付くまでにはそう時間はかからなかった。
だいたい樽が悪いよ、樽が。樽ってなんだっけって忘れ去りたいのに、妙にハイスペック化した脳ではそれすらも困難だから、より強いイメージでトラウマを上書きするのには必要なのである、と結論っぽいものを出したのだ。
それはそれとして、ただド変態だからといって、なんでもかんで受け入れてしまうほどアレクサンドラの度量は大きくない。
これまで接した事のある性的猛者……主に留学時代に日本で出会ったド変態どもと比較してみれば、その器の大きさも鋭さもまだまともと思っている。
言い訳のように聞こえるかもしれないが、当時アレクサンドルであったアレクサンドラに女体化願望などなかったし、今も手段である事に変わりはない。
恋愛対象もノーマルだ。女体化してしまった現在、その対象はノーマルなのかという永遠の命題はあるものの、そもそも他人と恋愛する事自体興味がなくなってきたのたというか、ある種の対人恐怖症を患っているため実害はなかった。
そもそも、今の立場で真っ当な人間関係など築けるはずもなく、結婚どころか恋愛の可能性すら否定しているのだから、考えるだけ無駄である。
「んーーーーっ」
無駄に広いプライベートルームでストレッチをする。元の体ではほとんど運動しない不健康体だったが、この体になって以降は極めて健康的な、実に健康的な生活を送っている。高負荷な運動はしていないものの、毎日のようにブランクとストレッチを繰り返しているのだ。
この体の基本性能であれば何もせずとも一定の健康は保たれるのだろうが、慣れるという意味でもこうした軽負荷の運動は重要である。
実際、変化直後でまともに動けなかった頃と比べて関節ははるかに柔らかくなり、まるでヨガかと疑うレベルのポーズもとれる。見た目は可愛くないので、やる事はないが、ちょっと人類として間違っている体勢だってとれるはずだ。
筋力にしても、おそらく元の体よりも強い。日々のトレーニングはプランクのみで済ませてはいるが、今でもダンベルくらいなら普通に使えるだろう。
「……うーん」
そう、運動能力を取り戻すための慣熟訓練はすでに終わりと言っても過言ではなく、これらの軽負荷運動もただ習慣として続けているだけになっている。
もちろん無駄ではないが、これ以上鍛えるなら本格的にウエイトトレーニングなどが候補に挙がってくるわけだが。
「必要かな?」
おそらくだが、この体は鍛えたら鍛えただけ成長するだろう。もちろん限界はあるだろうが、少なくとも人間のそれとは比較にならないはずだ。
今でさえ、こんなフニフニの細腕でも成人男性顔負けの腕力はあるし、技術的なものを学習するなら更に上だって目指せるだろう。今でも戦闘員相手に時間制限付きなら当たり前のように引き分けにはできるのだから、火力になる何かがあれば普通に勝てるはずだ。
しかし、今現在必要かと言われればまったくもって必要ないし、将来的にも必要ないと断言できる。体力は必要でも腕力は必要皆無なのがこの仕事なのだ。戦闘員はサンドバッグであって、あいつら相手に勝っても別に嬉しくないし。
そもそも、生来争い事は苦手だ。見るのは好きだが、自分でするのはどうも食指が動かない。
確証はないが、幼年期に刷り込まれた父親……今を以て遺伝子上の父親と言えるかは分からないが、あの男のようなムサ苦しいイメージへの嫌悪が関係しているのかもしれない。軍人である父は、子供に対しても強くあれと強要するタイプの人間だったのだ。思い返してもウザい男だった。
いじめに遭った事こそないが、学生時代アレな奴らが幅を効かせていたのも確かだし、そういう奴らは普通に嫌悪の対象だ。
だから強さへの憧れなどないし、そのモチベーションもない。男らしいアレクサンドルを目指した事もなかった。 こうして続けている日課だって、理想のアレクサンドラであろうという一点のみで続けている。つまり美容である。
とはいえ、ぶっちゃけその点で言うならこの日課だって必須じゃない。アレクサンドラを磨き上げる目的ならそれ以外の手段に時間を割り振ってもいいし、むしろそのほうが効率的だろう。地味にモチベーションも付いてくるはずだ。
しかし、腕力とはまったく関係のない不安がある。最近になってますます強く感じるようになった健康っぷりだ。つまり、有り余るエネルギーの消費である。これは、単に美容に注力するだけでは解消できない。
体を動かして発散しないと変な事ばかり考えてしまう。いや、体を動かしても考えてしまうのだが、体感上、その頻度や濃度はかなり違った。
変態を自称する以上、別にそれ自体を否定するわけじゃないんだが、それにしたって限度があるだろう。四六時中ピンクな妄想に耽り、わずかな時間があれば自慰に勤しむようになってしまったら、日々の業務に差し支えが出てしまう。
もしこれを創作の題材として扱うにしても、エロというよりもギャグよりのジャンルになってしまう。ネタ画像やネタAAが作られるタイプのやつだ。
「もっとメリハリをつけるべきだ」
オン・オフの切り替えが必要である。
普通ならそのオンオフは仕事とプライベートを切り替えるものだが、まあ似たようなものだろうと、他人の例を参考にする事にした。
つまり、人類の叡智の結晶であるところのインターネットの出番である。
「……なるほど。部屋に籠もっているのが問題か」
ネット上で見かけた事例で参考になりそうなのは、いわゆる在宅ワーカーや自宅の至近距離に職場がある者の例だ。
それは、いわば前線任務の軍人に発症するものと酷似しているらしく、常にオンのストレスを抱え続ける事になるのだとか。
もしもの話だが、この手の話は埋没しているだけで、世界的パンデミックなどが起きてしまったら爆発的に表面化する類のだろう。普通なら気にするような想定でもないだろうが、怪人が跋扈する今ではないとはいえない。
私の場合、自室での仕事ではあってもそこにストレスはほとんど感じていないのだが、今回問題としているのは仕事のストレスではないので多分近いのだろう。良く分からないが、なんかそんな気がするし。
「初歩として、毎日陽の光を浴びましょうと……ここ、窓ないんだが」
良く考えてみたら、閉鎖的にもほどがある空間だった。転送で出入りする構造なので出口がないは認識していたが、窓すら部屋ですごしていたのか、私は。
それでいてほとんどストレスを感じていない、あるいはそれに気付いてないだけだとしても恐ろしいんだが。引き籠もりじゃないんだぞ。
オンオフの話もあるが、早急に生活環境の改善が必要と感じてしまった。一切太陽の光を浴びていないのに健康もないもんだ。
別に、監禁されているというわけでもないのだ。地球へ行けなかったり情報の発信などに制限があるだけで、普通に行ける場所は多い。何故か私が管理する事になってしまった戦闘員生産工場もその一つだ。
とはいえ、その中に健康になれる場所は思い至らないので、思いついた案を試す事にする。
「どんな空間がいいかな」
ないなら作ってしまえばいいのだ。評価官が持つ特権の一つであるカタログには、そういうプライベート空間を創り、設置できるサービスも充実している。
かなり限定的だが、以前購入・設置した< ドレッサー・スタジオ >もそこに分類される。部屋ではあるが、元々の拠点に追加した拡張空間だ。
ヒーローや怪人、あるいは担当神のカタログとは差異があり、購入可能な商品に制限はあるものの、そういうものは別段求めていない。
ただ、それでも選択肢は多い。……多過ぎる。少ないよりは多いほうがいいだろといわんばかりに、あらゆる可能性に対応できるように、なんでもかんでも突っ込んでみましたと言わんばかりのラインナップがそこにはあった。そりゃ、地球上からだけでもありとあらゆる環境を再現可能ならそうもなる。なんなら宇宙空間の再現すら可能だった。
正直、この猥雑さは評価官的に改善報告の対象になるんだが……いや、目的がはっきりしているなら単に絞り込めば済む話ではあるのか?
とはいえ、私の目的は外に出る事であって、やる事は散歩する程度のものなのだ。スポーツ目的なグラウンドですら過剰だろう。
かといって、本当に何もないただの空間は味気ない。格闘ゲームのプラクティスモードみたいな場所を延々と散歩するのはむしろ苦行だろう。
「ロッキー山脈か……」
世界の絶景を再現するようなサービスも絶対に過剰だが、紹介ページを閲覧していると少し興味が出てきてしまって無駄に時間を消費してしまう。
「……ある意味、気分転換には良かったのか?」
というわけで、キリがないのもあってその時は保留としたのだ。
◆◇◆
そんな前提があった上で、< ドレッサー・スタジオ >にヒーロー衣装のサービスが追加され、ブラー・シルエットのド変態っぷりに戦慄し、なんだか興味を持ってしまったところで、本格的に散歩用……あくまで健康のための散歩用エリアを設置しようと思い至る事になった。
い、いや、あくまで健康のためであって、全裸で露出行為がしたいとかそういう目的は……ないでもないが、それがすべてでないという事ははっきりさせておく必要がある。
実際、この線引きは重要で、歯止めが利かないままエスカレートすると廃人まっしぐらだからである。
口では屈しないと言いつつ即オチ2コマ的な速度で快楽に負ける程度ならいいとしても、常時正気を失ってアヘ顔晒しているアレクサンドラは見たくないしなりたくないのだ。それは理想の少女ではない。
きっと、ブラー・シルエットだって自分の中にそういう線引きをして自分を律しているのだと思う。ひょっとしたら、ステルス状態で見えたいだけでアヘ顔しているのかもしれないが、多分違うはずだ。
というか、私は別に露出趣味などなかったはずなんだが、何故こんな事に。本気で疑問だ。
裸だろうが半裸だろうが普段から見ているし、なんなら自撮りもしているし、ついでに言うなら動画撮影までしているというのに、屋外というシチュエーションに惹かれているというのか。その謎を確認する意味でも、このミッションは重要である。
「はい、というわけで、こちらが用意した散歩用プライベートエリアになります」
独り言である。紹介する場所にいるとか、せめて繋がっている扉の前だったら格好もつくが、転送での移動のため、画面にしか表示されていない。
何故こんな事をしているのかと言えば、なんか急に怖気付いてきたからだ。
なんにもいかがわしい事はないはずなのに、妙な潜在的目的が付いてきた事で意識してしまう。そんな目的を前提としても、人がいるわけでもないし、別段何かするわけでもないのに。
「ま、まあ、最初は動作テストだ。何かの手違いで散歩に適さない環境だったりしたら困るし」
そんな言い訳をしつつ、とりあえずという事で着の身着のまま、部屋着で転送する事にした。日和ったとも言う。
……屋外だという事は分かっているのに、着替えるという考えもないまま。
「お、おー……って、うひぁっ!?」
正に散歩用ですと言わんばかりに整然と整えられた森林の中の遊歩道。その光景に目を奪われた直後、思わず悲鳴が上がる。
その声は普段オナニー中に上がる嬌声に近いもので、極めて無意識に近い感覚で飛び出たものだった。
なんだコレは。外気に直接触れる感覚があまりに未知過ぎる。
「ひぅあーっ!?」
ちょっとだけ強いそよ風に撫でられて大声を上げてしまった。
すぐさま引き返そうとするが、混乱しているせいでどうやって帰ればいいのか分からない。
いきなり道のど真ん中に放り出されたというのも問題だ。おもわず逃げ帰る扉を探して更に焦燥感が募る。
さすがに少し経てば慣れ、宙空ウインドウを呼び出して転送ボタンを押せばいいという事に気付いたが、その時にはもう疲れ切っていた。
「……ちょ、ちょっと迂闊だったかも」
自室に戻るなり、あまりの安心感に倒れ込む。
良く考えたら、今の自分の格好は部屋着でもかなり露出度の高いものだ。下着こそ着けているものの、Tシャツにハーフパンツと、室内トレーニング時そのままの格好である。もちろん脚は剥き出しだし、着心地優先で布面積も外気を遮る能力も最低限だ。
夏場ならこれくらいの格好はいるんじゃないかって感じがしなくもないし、大学時代に同じサークルだった馬鹿アメリカ女はいつもこんな感じだった気がしなくもないが、まったくの初心者にコレはキツい。
というか、外気に触れる感覚と屋外特有の開放感による相乗コンボ、ついでに未知過ぎる感覚で脳が大パニックを起こしてしまった。
なるほど、ブラー・シルエットをはじめとする世の露出狂はこうやって脳を焼かれるのか。確かに癖になりそうではある。
「そういえば、肌を晒して外出した経験ってほとんどないような……」
アレクサンドルだった頃ですら、そんな経験はなかったかもしれない。屋内ならともかく、屋外では上半身だけですらちょっと記憶にない。
もしこれで、いきなり全裸で挑戦なんてしてしまったらどうなってしまったのか。それでも別に実害はないのは分かっているが、あまりの刺激に脳破壊されて、また新たな扉を開いてしまっていたかもしれない。
「しかし……まさかここまで屋内と違うとは」
これでもし、他人の視線なんてあったらどうなってしまうんだ。視線どころか気配だけでも大変な事になってしまうと確信できる。
そんなわけで、多少気を落ち着かせてから再挑戦。今度はちゃんと余所行き……というか、普段自撮りに使っている衣装の中から直近で着た衣装で固めてみた。こんなフリフリの格好で外を歩いてるのはコスプレイヤーくらいかもしれないが、一応外を歩いても問題ないはずの格好である。
「だ、大丈夫だけど……ひょっとしてコレ、私の自意識も悪さしていないだろうか」
自他共に認めるド変態であるところの私だが、性自認は未だ男のつもりだ。いくら外見が美少女でも、こんなフリフリの格好……いや、スカート履いて外を出歩いているという事実がすでに気恥ずかしいのかもしれない。
すべてがすべてではないし、むしろスカートの下からそよぐ空気の感触からして原因の大半は元々想定したそれなのだが、確実に一割くらいは原因だろう。
そんな醜悪な中身で何を着飾っているのかと。もう一人の自分……この場合はアレクサンドルに嘲笑されているようですらあった。
だって、この羞恥心はあまりに異質だ。屋外露出とか、外気の感触だとかとはまったく別の羞恥を感じている。
……だからこそ、ある意味反骨心のようなものが芽生えた。
これは理想のアレクサンドラになるための試練だと。そう誤魔化して、この露出趣味のような何かに挑む事にしたのだっ!
「よし、理由ができたな」
茶番である。いや、感じている事、考えている事に嘘はないのだが、そこへ思考誘導していたのは否定できない。
◆◇◆
そこから、露出散歩への階段を昇る戦いが始まる。
その階段の頂点はどこかと聞かれればブラー・シルエットだ。彼女が感じている露出行為への羞恥・快楽と同じ領域がゴールである。
もちろん、彼女がそう言っているわけではないし、そもそも会った事も話した事もないのだが、きっとそうに違いない。
分かっている。本人に問い質したら否定するだろう。だって、そんな変態行為を正当化するのは恥ずかしいからだ。
スケジュール的には毎朝の一時間程度。予め、その時間内は退出できないように設定しておけば計画的で逃げ場のない運用ができる。
なんだか極めて過酷な試練に挑んでいるようでもあるが、実際にやっているのはただの散歩に過ぎない。人に見られる心配すらない、極めてイージーどころか難易度を付けるまでもない行為だ。
実際、最初のうちは気恥ずかしさと背徳感で悶絶していたが、割とあっさり慣れた。やはり腕やら脚が露出しているだけで過剰反応していたのは私が慣れていなかっただけだったのだ。
「あ゛~~光合成」
偽物とはいえ、太陽光を浴びるのが健康に重要だという事も理解できた。ついでに言うと、太陽の光と熱で露出性癖が刺激されたりもした。
明るさと肌に受ける熱が屋外であると認識させる。屋外や外気、ランダムなそよ風の感触と合わせ、昇るべき階段が積み上がる。ブラー・シルエットは果たしてどれだけ上にいるというのか。
やがて、最初に悲鳴を上げた薄着程度なら問題なく達成する事ができるようになった。脳内物質が変な感じに出ているのは感じるが、恥ずかしくて全身が紅潮するくらいなら耐えられる。
問題はそこからだ。ハーフパンツ直穿きまではなんとかなったものの、一度試したノーブラ体験がなかなにハードルが高かった。
別段巨乳というほどでないにしても、どうしてもこの軟体物質の動きを無視できない。柔らかい素材のシャツだから擦れても痛くはないのだが、逆に興奮して先端が硬くなってしまう有り様だ。変に気分が盛り上がってしまう。
いや、そういう物理的な問題は別にいいのだが、屋外散歩でコレをやると尋常じゃなく恥ずかしい。いきなり階段の高さが倍に跳ね上がったようにさえ感じる。私は乳首を勃たせて興奮していますと世界に向けてアピールしているような感覚だ。
果たして、ここから全裸に持っていけるのか。自信がない事もないが、一足跳びはかなり厳しいだろう。時間がかかるのは歴然だった。
時間がかかるのは長く楽しめそうだからいいとしても、問題はダラダラと続ける事による怠慢で現状で満足してしまわないかという事だ。
慣れ切ってから次に挑戦というのでもいいが、どこかでストップしてしまう可能性は否定できない。これでは、ブラー・シルエットの影すら踏めないだろう。
「そんなわけで用意したのがコチラ」
独り言である。つまり、自分を追い込むための理由付けだ。
眼の前には巨大なルーレットが三つと、それぞれに対応したスイッチ。接続した専用制御端末かPC側で表示する内容を編集できる優れものだ。
大規模イベント用の器材をわざわざ購入・設置した、あきらかに過剰な設備である。別段、出費としてはたいした事はないのだが、置き場所に困る。
今後はコレで条件を決めて散歩に挑戦する。なんでこんな大掛かりなものを用意したのかといえば、絶対に日和らないぞという意思表明だ。
決まってしまった事だからやらないといけないという強迫観念で武装し、逃げ場を断つ算段である。
「……何やってんだ、私は」
思わず素に返ってしまったら呆れるしかないが、多分効果はあるだろう。コレが自分でなく他人の用意したシステムならなおそら強い強制力が働くだろうが、仕方ない。巻き込むどころか知られるのも恥ずかしいし。
まず一つ目は上半身の格好、次に下半身の格好、そして最後にシチュエーションを決めるためのルーレットとした。
一つ目、二つ目はともかく、三つ目のシチュエーションとはなんぞやとなるかもしれないが、このプライベートエリアは色々と調整可能なのだ。
天候や時刻、気温、気圧や酸素濃度、空に虹をかけたりオーロラを表示させたり、なんなら代わりに巨大な木星を表示する事さえできる。
環境だけでなくNPCを配置したりもできるが、さすがに今回は排除する。代わりに、気配や視線を付与する方向で調整した。むしろそのほうがホラーっぽくて怖いんじゃないかって感じもしたが、NPCとはいえ明確に人がいるのはさすがにハードルが高いのだ。
「よ、よーし」
というわけで、記念すべき第一回の挑戦は上がTシャツに下が水着、真夏環境という割と無難なものに収まった。もちろんノーブラなので、割と変態チックな格好ではある。
「というか、適当に配置してしまったが調整必須だな」
特に三つ目のシチュエーションに候補が多過ぎる。なんなら一つ目と二つ目を統合して、三つ目を細分化するという手も……。
そんな事を考えながら、散歩に出る。
「うわ……」
よくよく考えてみれば、環境設定の変更は初体験だ。どこの真夏かは知らないが、自室と比べて圧倒的な熱気に意識を持っていかれる。
故郷の夏どころでなく亜熱帯にでも紛れ込んだような気温は、あっという間に全身から汗を噴き出させる。
散歩するにはかなり厳しい環境だ。この体なら大丈夫だろうが、普通なら熱射病になりそう。
こうなると、このこの変な格好はむしろプラスに感じられる。露出の恥辱を感じるどころか、コレで良かったとさえ思える。これだけ日差しが強かったからむしろ肌を露出しないほうがいいとか、そういう問題もあるが、気にしない事にした。
「ふ、普通にしんど……」
なんというか、目的なはずの露出散歩どころか、普通に試練だった。汗だくで、自室に戻るなり座り込んでしばらく動けなかったほどだ。
何故こんな極端な事になってしまったのか考えてみたが、おそらく単に真夏日と指定した事で、想定される中から相応しい環境が選ばれてしまったのかもしれない。ひょっとしたらあの場所は、世界で一番熱い場所を再現したものだった可能性すらあった。
「しゃ……シャワー浴びたい」
少し回復してからシャワーに飛び込む。そこで気付いたが、あれだけ暑かったのに肌へのダメージは皆無のようだった。
……うーん、コレは日焼けどころか赤くなったりもしなそうだ。
それはそれとして暑いのは暑いし、汗も出るのだが。
◆◇◆
そんな想定外にハードな第一回も決して無駄ではなく、様々な教訓を与えてくれた。
やはり、シチュエーション設定のルーレットが足りない。衣類を一つにまとめるにしても、二つでは不足だろう。
という事で早速追加のルーレットを購入。更に場所の取る設備が増えた事になるが気にしない事にする。
どう分割するのかをはじめとして、実践を踏まえて調整を繰り返す日々。もはや、目的が摩り替わっている気もしたが、ルーレットに刻まれる文言は露出散歩目的なそれだし、実際に散歩もするので履き違える事はない。
これが一日のはじめというのも地味にいい。たいして時間を浪費せず、続く日常に、業務にメリハリが効かせられる。
エロとは別に快適さも追求しているので、気分転換の散歩としても普通に極上だろう。段階的に慣れるのも役立った。
実際、裸セーターだったり、マイクロビキニだったり、痴女にしか見えないゲームキャラのコスプレだったりを経て、順調に脳は焼かれていく。
ウェルダンにしてはいけない。そんな中身まで焼かれ切った状態は、むしろ恥辱を失い快楽を減衰させてしまう。ほどよくミディアム・レアくらいがベストだ。
薄着で真冬日に突入する事になった日だって頑張って乗り切った。タイツやサイハイソックスは正義と知った。
過酷な環境であれば自分の格好を気にする余裕がなくなるというのも大きな気付きだった。考えてみれば当たり前の事ではあるのたが、これが必然的に段階的慣熟に一役買う事になったのだ。
「ついに来てしまったか……」
決して忘れてはいなかったが、とうとう全裸の文字がルーレットに輝く。
しかし、段階的に試練を超えてきた今なら耐えられない事はないはずだ。今こそ全裸散歩を達成し、ブラー・シルエットに近付く時なのだ。
それはそれとして問題はシチュエーションだが……。
「真昼……なのは、ま、まあいいとして、そこそこ気温高め、湿度も高めと……日本の夏みたいだな」
今やルーレットの数は増え、もはや格好よりも環境とシチュエーションを選択するほうが本番とも言えた。
そんな中で構築されていく環境設定は、なんだか大学時代に過ごした日本の初夏のような環境ではあったが、言ってみればその程度で、露出による恥辱を誤魔化せるほどでもないという事でもあった。つまり、かなりフラットに近い環境と言える。
それはそれとして、最後のほうの特殊な分類をされたルーレットの出目が問題だった。
「こ、これは……」
気配の付与、視線の付与、雑踏の環境音。視線以外は個別では体験した事はあるものの、単品でもなかなかにハードな恥辱体験だった。
なんというか、リアリティが違う。社会から一歩だけ外れた場所で変態行為をしている背徳感というか、本当に露出をしている気分になる。実際に露出しているし、本物もクソもないのだが、それくらいリアルさが違うという事なのだ。
それを分かっていて選択肢から外さなかったというのは、そういう意味だと理解して頂きたい。
それが狙ったように三つも……いや、リアリティが出る選択はこれだけではないし、レベル的にはそこまでではない。これの上位には熱視線や集団気配なども存在するのだから、まだマシな結果ともいえる。
それはそれとして、いきなりハードルが上がった事は間違いないのだが。
「よ、よし」
しかし、引くという選択肢はなかった。別にそんな事はないのだが、脳内からその選択肢を排除するという訓練を続けてきたのだ。
今更怖気付くには私の脳は焼かれ切っていたとも言える。すでに表面はこんがりのミディアム・レアだ。
「い、いくぞ……せやっ!」
気合を入れて転送ボタンを押下した。
その直後、いつものように切り替わる視界。これまでとあきらかに違うのは、自分の格好が完全に一糸纏わぬ全裸である事。
環境は想定通り、格好からすればむしろ快適に近いものがあったからそこは問題ない。
「ひいいいぃーーーーっ!!」
問題は、偶然とはいえ狙ったように付与されてしまったオプションの数々。全裸散歩という極限の体験で研ぎ澄まされた感覚が、全身でその情報を拾ってしまう。
周囲に人の気配がある。視線を向けても誰もいないが、確かにそこにいるような存在感。それが複数。しかも、そこに留まったままというわけではなく、当たり前のように移動しているのが分かる。
視線を感じる。何かしらの情が込められたものでないしても、無機質な視線の圧が全身に、特に敏感な局部に突き刺さる。それはまるで実体のない針が如く、標本にされた虫のように動きを阻害するものだ。
加えて雑踏。まるでここが都市部からわずかに離れただけの公園であると突きつけるような、感じている気配や視線が極々当たり前にそこにあるものだと主張し、重厚なリアリティーを構築する接合部のような役割を果たしている。
バラバラでもそれなりにハードルを上げてくるものが複数、それも複合して全裸の自分を攻め立てるようであった。
「ひ、ひっ……!」
まず最初に感じたのは恐怖。危機感。しかし、その奥底には確実に性的な興奮が渦巻いているのが分かる。
段階的に、さんざん脳を焼かれていた事でそれを理解させられてしまった。一歩間違えばホラー体験そのものな環境が、エロホラー体験に摩り替わり始めているのだっ!
というか、動けない。散歩以前に体が硬直して一歩すら踏み出せない。
体を隠そうにも腕が動かない。しゃがみ込んでしまえば隠せるかもしれないが、なおさら動けなくなるだろう。耐えていれば終わるとはいえ、その体勢では余計に強く周囲の情報を拾ってしまいそうだった。そもそも隠さないほうがいいのではないかとも思ってしまって大混乱だ。
脳が焼ける。そこそこ高気温なはずなのに、全身が感じる外気が冷たく感じるほどだ。それは噴き出す大量の汗によるものかもしれない。
なんという恥辱。なんという開放感。なんという背徳感か。そりゃ、ブラー・シルエットも性癖を拗らせるというものだろう。
正に性癖壊りゅううっと叫びたいシチュエーションだった。
このまま突き詰めればノーハンドフィニッシュまで至れるのではないかと思いもしたが、さすがにそこまでには至らず終了時間がやって来た。
「はっ、はぁっ、は、はっっ……」
自室の床に這いつくばる。息ができない。ほとんど無酸素状態で過ごしたんじゃないかってくらい、強烈な圧の中にいた。
部屋に戻ってきた瞬間に訪れた開放感……散歩中に感じていたそれとは別のものの大きさに、どれだけの環境状態にあったかを理解した。
記憶にないれべるでドーパミンが噴出されているのを感じる。あまりに勢いが強過ぎて、それだけて未知の扉が開かれそう。
とんでもない体験をしてしまった。あきらかに社会から足を踏み出すが如き性癖の崩壊を確かに感じた。
「く、ブラー・シルエットはこの更に先にいるというのか……」
なんて強大な先達なのだ。実感して始めて理解する大きさに戦慄を禁じ得ない。
本人が知ったら真顔で殴られそうな確信だが、今この場の自分には真実なのだ。
「よし、明日の分も調整しておくか」
◆◇◆
「そういえば、最近散歩の趣味に目覚めまして」
『健康的でいいじゃないか』
「ええ。作り物とはいえ、森林公園の遊歩道はやはり開放感が違いますね」

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