◇◆◇舞台上「王墓怪人チタン・カーメン ザ・ファラオ」
「……誘拐ね」
長谷川さんが得た情報は、俺たちにとって盲点となる問題だった。
俺は世界で出現した怪人の情報を網羅しているわけではない。オペレーターであるミナミは俺より遥かに情報を取得しているが、それでもすべてを把握しているわけではないだろう。担当地域が違うという事もあるが、日々……いや、数時間ごとに増加していく怪人の情報を網羅するには単純に数が多過ぎるという理由が付き纏う。名前程度ならともかく、詳細情報まで把握するのは無理があるというものだ。
俺たちが怪人の情報を集める場合、基本的に履歴からその怪人の特徴や出現回数などの値を抽出する。その際、主な対象となるのは戦闘力に直結する能力値や必殺技、対ヒーローの戦績、あとは被害規模などだ。特に死傷者の数は注意すべき怪人を特定する上で重要視し、警戒する項目になる。しかし、誘拐の場合はデータ上に特定の値が存在せず、扱いは行方不明だ。どうしても死亡者よりは扱いが小さくなる。
『詳細情報を追えば確認はできますが、メインのプロフィール画面だけだと判別が付きません。被害の少なさが迷彩になってますね。完全に見落としです』
「これは仕方ない。俺も想定すらしていなかった」
いくら専門分野とはいえ、これをミナミの取り零しというのは些か無理がある。カルロス氏のように怪人被害者が事件を追うパターンなんてほとんどないのだ。判明しただけでも奇跡的な確率といえる。
実際、被害として見るなら死亡者のほうが大きいのは間違いないのだ。この場合に問題視すべきは被害の大きさではなく継続性。死者とは異なり、誘拐された対象はまだ生きていて救出の余地が残されているという事。それは一見希望だが、以降、救出されるか死亡が確認されるまで残り続ける禍根でもある。延々と生死不明という情報が燻り続けるのもタチが悪い。本当は死んでいたとしても、遺族・関係者としては可能性があるなら諦めるわけにもいかない。いくら合理性を追求するヒーローでも、これを割り切れる奴はなかなかいないだろう。俺にはちょっと無理だ。
誘拐の目的が分からないというのも厄介だ。怪人が人間を誘拐して何をするつもりなのか。
ミナミが長谷川さんに告げた予想の内、人体実験や改造という線は実質的に有り得ないと踏んでいる。可能性としてゼロではないものの、それが目的なら他にも効率の良い手段はあるからだ。洗脳して人間社会に潜伏した上でなんらかの行動を起こすというのは……まぁ、ありそうではある。厄介極まりないし、防ぐ手段も限られる。獅子身中の虫は猛毒となるだろう。ただ、それをするなら露見させるのは悪手であるし、即効性もない。
順当にいって、なんらかのイベントに使うというのが有力だろう。タイミングとしては、バージョン2リリース時かその手前あたりが怪しい。……そう考えたいという希望的観測も多分に含まれてるとは思うが、可能性が高いのも事実である。
「誘拐された人たちがいる場所さえ分かれば、今からでも救出に行くんだがな」
それこそ、監禁場所が月だったとしても問題ない。アジトと犯人を壊滅させるオマケ付きで救出してみせる。しかし、何も情報がないでは動けない。
『実は木星の中心に監禁してましたー、とか言われても手出しできないんですけどね』
「年単位で時間かければなんとかなりそうな気もするが、その間日本が無防備になるな。ちょっと厳しい」
『木星でちょっとというのもアレですけど』
いくらマスカレイドでも、惑星間を瞬時に移動できるわけじゃない。その間に死傷者が出るのでは本末転倒だろう。
俺が天下無敵の引き籠もりとはいえ、やはり一人体制というのは無理がある。長期出撃に備えて他のヒーローと仲良くしておくべきだろうか。……しかし、翻訳されるとはいえ、外国人相手に真っ当なコミュニケーションを取れる自信はないぞ。盲目的な正義感に溢れたヒーローなんて俺の最も苦手とするタイプだし、話の合いそうな奴は多分引き籠もりで他者と交流しない。なんというジレンマだ。うごご……。
「誘拐の実行犯については目星がついてるのか?」
『いえ、これからです。怪人の詳細情報をすべて確認しないといけないので。ヒーローネットは自作ツール使えないので手作業ですよ』
「なら俺も探そう。お前より表示される情報は少ないが、履歴と詳細情報自体は見れるし」
『あー、すいません。お願いできますか』
情報量や各種追加機能ではオペレーターのそれに劣るが、俺でも情報自体は見れる。膨大な情報の中から検索するのだから、少しでも手分けしたほうがいいだろう。
というわけで、PCからヒーローネットに接続して怪人情報を検索する。過去に出現した怪人の履歴から一件一件詳細確認すれば、誘拐したという実績も残っているはずだ。
大量に表示されるダジャレのような名前に辟易としていたが、こう考えると日本で使われる怪人名は分かり易くていいのかもしれない。誘拐怪人とか拉致怪人なんて名前の奴がいるなら確実にそいつが犯人だろう。
……しかし、それらしい怪人の詳細を見ても想定と一致しない。誘拐してもその場でヒーローに対する人質に使う程度のものだった。これは~~怪人のほうではなく、ワキノス・メルのようなパターンか? そんな事を考えつつ唸っていると、ミナミから反応があった。
『とりあえず一体見つけました。イングランド、ヨークシャー地方で最初に確認された、名犬怪人ラッチーです』
「ひっでえ名前だな、おい」
世界名作劇場に喧嘩売ってるのか。こうして音にして聞いてみると一応それっぽい名前ではあるが、名犬じゃ引っ掛かりようがない。
『ただ、五人誘拐した時点ですでに討伐済みです。……これは他にもいますね』
複数での犯行って事か。ますます計画的だな。
「しかし、そいつだけで五人も誘拐を成功させてるのか。誘拐自体は能力や必殺技で行っているにしても、ランクは高そうだな。名前からしてあんま強そうじゃないんだが」
『……いえ、これを見て下さい』
ミナミの操作でPCに怪人のプロフィールが表示される。そこには、犬の顔をした……いやただの大型犬な怪犬というか怪人が映っていた。無駄にツヤツヤした毛並みがムカつく。だが、ミナミが見せたいのは容姿ではなく、ランクの部分だろう。
「ランクE?」
『これまで確認されている怪人のランクでは最低です』
また、随分と低い。これまで戦った事がある中で最低ランクだったタコデナイカと同等だ。あいつは、下手すれば一般人にすら負ける可能性がある能力しかなかったのに、それと同じだと。
『能力値だけ見れば、戦闘員と変わりませんね。戦闘員は必殺技すらありませんから、それよりはマシですが』
「なんでこんな奴が五回も誘拐を成功させてるんだ? 一回の出撃で五人誘拐して、そのまま討伐された……わけじゃないな。これ、五回出現してるぞ」
戦歴を見る限り、最後に確認されたのはスーダンだ。そこでヒーローに討伐されている。……そこまでは誘拐をした上で制限時間を生き残っているって事か。こんなのマスカレイドじゃなくてもパンチ一発で終了なレベルなのに、他の国のヒーローは何してるんだ。
『出現時間が短いんですよ。能力なのかスキルなのか分かりませんが、どれもたった三十分で離脱してます。犬だから逃げるのも得意みたいですし』
「……短い出現時間を逆手にとって逃げ切ったって事か」
『動画で見てみないと分かりませんが、おそらく。しかも、パッと見この怪人が過去に起こした被害は行方不明者だけ。詳細まで見ようとしなければ、放っておいても大した被害は出ないだろうと思い込ませる迷彩になってます』
「オペ不在なら絶対に気付かねえな」
怪人が出現した際、ヒーローが出撃する前に確認するのは主にヒーローTVの簡易情報だ。同じ画面に出撃ボタンが配置されているから、あえて調べようとしない限りはそのまま出撃する。
『オペがいても出撃までに気付くかは微妙ですね。弱いので、出撃すれば終わりと考える可能性も』
加えてヒーローの待機状態もあるか。俺の場合は引き籠もりだから二十四時間待機状態だが、他のヒーローはそうもいかない。三十分では、出撃準備をしている内にすべては終わったあとって事も十分有り得る。当然、支援要請が出る間もない。スムーズに出撃できても、逃げに徹されれば間に合わない可能性も高いだろう。
詳細を見る限り、五回目の拉致被害者もやはり行方不明として扱われている。勝ち逃げならぬ攫い逃げ。……一度誘拐・拉致に成功すれば、討伐されても関係はないって事だ。ここまで被害らしい被害を出していない日本と違い、死傷者などの被害を出している国なら”たかが行方不明者一人”と考えてしまってもおかしくない。
誘拐事件に関わった怪人の洗い出しを完了しても、俺たちの気は晴れなかった。結果として分かったのは、手口が実に巧妙である事、情報迷彩が上手く効いている事くらいだ。通常の被害が大き過ぎてどうしても焦点がズレる。分かっていても、より重大な問題があればそちらを優先するのは当然だ。一人攫われるのと一人殺されるのでは被害としてのインパクトがまるで違う。
ヒーローと怪人はある意味平等だ。個々の実力や出現のプロセスなどに差はあるものの、同一の運営元が構築したシステムの上で戦っている。今回の拉致問題もルール上は違反もしていないし、システムを逸脱しているわけでもない。あくまで既存・既知のルールの上で実行されたものに過ぎない。……怪人システムの特性を逆手にとった汚い手だな。考えた奴は見事と言わざるを得ない。極めて悪辣だ。
『結構な数の怪人がこの作戦に投入されてますね。使い捨ての駒そのままの扱いです』
関わっている怪人はどれもE、Dなどの低ランクだ。たまにCもいるが極少数。そのほとんどはすでに討伐されている。
怪人が出現してすぐに誘拐されているわけではない。なんらかの制限があるのか、どれも誘拐が成立しているのは制限時間の超過直前。怪人によって手段が異なる可能性はあるが、制限時間内に怪人を倒せれば未遂で終わる可能性は高い。
怪人の出現時間がどう決まるのかのルールなんて分からないが、どいつもこいつも示し合わせたように三十分で離脱している。わざわざこのために調整しましたと公言しているようなものである。おそらくだが、これが怪人の最短出現時間なのだろう。
簡単に思いつく雑な対策として、俺が後先考えず無差別に支援出撃していいのならなんとでもなるが、そういうわけにもいかないだろう。終わりなきモグラ叩きの如く延々と出撃を続けるわけにもいかないし、誘拐目的でない普通の怪人のほうが圧倒的に多い。他のヒーローがそれを無条件で許してくれるとも思えない。長谷川さんがカルロス氏から聞いたという海外事情を鑑みれば、好き勝手するのは悪影響しかもたらさない。もちろん同盟などを組むなど事前の取り決めがあれば別だが、マスカレイドはある意味孤立している。戦闘力の差を鑑みれば対等な同盟になり難いのも問題だ。それを世界中でなど不可能に決まっている。
「……厳しいな」
『場当たり的な対処以外、有効な対策が立て難いですね。……とりあえず、オペレーターを通じて警告は広めておきます』
「それくらいしかねーな。誘拐実績のある怪人を狙い撃ちするのは可能だが、それで被害者が戻ってくるわけでもないし、犯人は複数……しかも増えていく可能性が高い」
誘拐履歴がある怪人を優先的に倒す事である程度の予防処置は期待できるが、そもそもの扱いが捨て駒だ。
『いっそ間違ってマスカレイドさんを攫ってくれれば、内部から粉砕できるのに』
「それができるなら楽だが、奴らもそこまでアホじゃないだろう」
俺たちが怪人を探知できるように、ヒーローと人間の区別くらいは付くはずだ。奴らがどんな情報網を持っているかは知らんが、一度も出撃しない内から名前を呼ばれていたくらいなんだから、出現先の担当ヒーローの情報くらいは持っていて当然と考えるべきだろう。
『マスカレイドさんご自慢の灰色の脳細胞でいい手が思いついたりしないですかね』
「そう言うって事はお前も思い付かないって事か。……俺が自由に動ける日本だけならどうとでもなるが」
『ウチはほとんど三十分もかかってませんしね』
他のエリアで行われる誘拐を防ぐのは困難だ。事前の対策、予防は難しいと言わざるを得ないだろう。となれば、被害者を解放するには怪人側からのアクションを待つしかないという結論に達する。
「すべての誘拐事件を防ぐのは事実上不可能だ」
『かといって、誘拐された先が分かるわけでもない。すでに攫われた被害者を救出するには、別の手が必要になります』
「イベントの準備っていう線は概ね正しいだろうな」
『同感です。その仮定を前提とするのなら、拉致被害者は褒賞ですね。救出イベントって感じで』
「……だな。人質としてヒーローの手足を縛ってくるのは、有り得ないとまでは言わないが考え難い。合理的じゃない」
『褒賞として使うのなら、最低でも生かしておく必要はある。なら、分かり易い人体改造や洗脳もまずない』
「無事でこそ人質足り得るからな。ヒーローに対する褒賞に使うのなら、救出可能な状態……価値は維持するだろう」
『全員無事である必要はないのでは?』
「必要はないが、意味もない。それなら最初から必要な分だけを誘拐すればいい。誘拐した以上、何かに使うものとして考えるべきだ」
『あって他の人質に対する見せしめ程度ですかね。……イベント自体の目的はなんでしょう』
「前回のイベントの目的は、おそらく怪人とヒーローの存在を全世界に認知させる事。その延長で考えるなら、より強固なアピール……かな。あとはバージョン2のお披露目か、その前段階。その場合でも根本的な理由は同じだ」
『自分たちがいる事が常識であると認識させるため。……運営的な観点でもそうですが、存在がはっきりと認識される事で怪人が産まれやすく、強化される土台を創り上げるっていう副次効果もありそうです。彼らの発生プロセスからの想像ですが』
「ないとは言えないな。強い情念から生まれるのが怪人なら、その元となる感情が強いほど強力な存在が生まれる事になる」
『となると、インパクト重視のイベントになる』
「最低でも春の爆弾怪人以上。……いや、これは本拠地を表に出すタイミングっていう線もあるな」
『ある程度状況が進行した時点で、悪の首領ごと表に出て来る設定でしたっけ?』
「現在の怪人は幽霊みたいなもんだ。いきなり現れるから、大衆の意識上はぼやけた存在になる。だが、拠点があると認識されれば意識せざるを得ない。なんせ見えているんだからな」
『お前たちの天敵はここにいるぞ、ですか』
「ここまで全部仮定に次ぐ仮定だ。イベント自体あるかはっきりしないんだ。どれも前提にするには弱いぞ」
『行き詰った場合のブレインストーミングは基本です。思いつきでも切っ掛けにはなるかもしれません』
「実際八方塞がりだからな。考えるくらいしかできないのは確かだ」
『ここまでの思いつきが正しいと仮定して、イベントの舞台はどこでしょう? この前のように全世界を舞台として使うのか、まったくの別空間を創り出すのか、別の惑星とか?』
「完全に手が届かない場所は考え難い。怪人の拠点ってアピール、そして演出を考慮するなら、人間にとって手が届きそうで届かない場所だ」
『ヒーローではなく人間の手ですか? 見えてて完全に手の出せない場所のほうが安全ですが』
「その場合、諦める可能性がある。極論、天国で生きてますって言われたらご冥福をお祈りしますって奴も出て来るだろう」
『人間が諦めない程度の匙加減をしてくると。……となると別の惑星はないですね。火星でも人間の手は届きません。なら、月の裏側とか』
「ありそうだ。上限で考えるなら、そこら辺が限界だろう。地球上で考えるなら海中や地底って線もある。巨大戦艦や飛行する要塞とか」
『いきなり巨大質量が出現するのは前例があるから、今現在で存在していない場所の可能性もあると』
「すでにあって、偽装しているって可能性もあるがな。不可視の偽装がかかった人工島とか、航路から外れてればまず露見しない」
『もっと単純に、どこかのビルとかはどうでしょう? 数百人程度なら閉じ込めておくのは可能ですけど』
「なくはないが、隠蔽は困難だぞ。それに、ヒーローの救出作戦を演出するならある程度広い面積は必要だろう。ビルじゃ足りない」
『東京ドームくらいですか?』
「……いや、爆弾怪人イベントよりインパクトが強いものって考えるなら、既存人工物の流用はないと思う」
『確かに、いくら鉄壁の要塞でも元がどこかのビルでは意外性に欠けますね。しかし、全世界同時爆弾テロ以上の規模となるとなかなか……』
「規模じゃなくてもいい。この場合、必要なのはインパクトだ。こう……これまでの常識がひっくり返るような……分かり易いもの」
『……さっき言った空中要塞を積乱雲の中に隠してるとか? 別の意味でインパクトはありますよ』
「ラピュタは本当にあったんだ」
『破滅の言葉で日本のサーバーが落ちそうですね』
「まあ……規模・距離的にそれくらいなんだろうな。俺が運営ならそういう拠点を用意する……というか、本拠地である必要もないな。見える範囲にあったら、それこそ月でも俺が<マスカレイド・ミラージュ>で強襲できる。運営側だってそれを考慮しないわけがない」
『あくまで橋頭堡。前線基地であって、ジョン・ドゥはそこにいないと』
「前にテレビに出たような幹部っぽい連中の分だけ用意してるかもな」
『あの怪人も謎ですよね。結局情報は公開されてないし』
前提すら仮定の議論に答えは出ない。いくら話しても、かもしれない、だと思う程度が関の山だ。しかし、ミナミも言っていたように予想を口に出す事は思考の切っ掛けに繋がる。……一人だと行き詰まっていた可能性が高いから、ミナミの存在はありがたいな。
◆◇◆
そうして時は流れる。特に代わり映えのない日常。当たり前となった非日常が続いていく。
ただの引き籠もりがヒーローとなって一年。たったそれだけの間にこれほどまで世界は変貌した。こんな世界が当たり前で平凡だと感じるほどに。
予想していた大規模イベントは発生していない。怪人による誘拐・拉致も未だ止まっていない。ミナミがオペレーターの同僚に伝え、ヒーローネット経由でそういう事件が発生している情報は広まったが、対策・予防し切れているとは言い難い状況だ。誘拐される直前に阻止できたケースもあったが、それも何十とある内の数件に過ぎない。俺たちが認識できているだけでも、すでに百人以上の拉致被害者が生まれてしまっている。
時期を合わせてくるつもりなのか、それとも単に準備ができていないのか、怪人システムバージョン2も未だリリースされていない。ただティザーサイトの内容が更新されるだけだ。サンプルとして紹介されていた宣伝用ヒーローコマーシャルさんの第二形態がちょっと格好良かったので、少しリリースに期待が高まっていたりもする。
長谷川さんを監視していた連中の動きもない。つまり、公的な組織が表立って行動するには至っていない。現時点でもヒーローや怪人の情報は不足しているのだから、慎重かつ無難な対応ではあるのだろう。ミナミが到達できない組織作りも含め、俺の中での評価は高い。
とはいえ、慎重で賢明な国ばかりではない。
公にはなっていないが、アフリカのとある国では政府によってヒーローとその家族が拘束された。目的ははっきりしないが、内戦にヒーローを投入するつもりだったのだろうというのがヒーローネット上での推測だ。
……つもりだったというのは、結局それが叶わなかったからだ。結果だけを言うのなら、そのヒーローは死んだ。家族を含め、証拠隠滅を図るかの如く皆殺しだ。同時に政府も大打撃を受け、国家機能が麻痺し、事実上の無政府状態と化している。おかげで真相すら闇の中である。
周辺国や大国が介入を始めてはいるが、元の体制に戻る事はないだろう。国家として解体されるか、周辺国に吸収・併合されるか、どちらにせよ碌な未来はない。
この件を受けて、そのエリアに手を出さない事がヒーロー間で暗黙の了解と化した。怪人が被害を出しても出動はしない。一部、別エリアに影響が予想される場合のみ対処を行うというルールだ。
これはある意味俺が予想していた最悪の結末。国もヒーローも慎重をに欠き、お互いに理解しようとしなかった故の結果だ。実例が出てしまった事で他国や別のヒーローが慎重になり、結果として良い形に推移しているのがまた皮肉なものである。
そんな中にあって、日本は本当に変わらない。未だ怪人事件による死者ゼロ、重傷者も数える程度という状況がそうさせているのかもしれない。
少し想定していた流れとは違うが、俺としてはこれはこれで良いのかもしれないと思い始めている。危機意識は希薄だが、国全体が張り詰めた緊張感に覆われているよりはマシだろう。その分、俺が頑張ればいい。
マスカレイド……いや、ヒーローへのメディアやネットの謂れなき誹謗中傷はゼロではないが最小限。八百長試合の動画を無差別に拡散させた事もあって、海外でも誹謗中傷は減少傾向にあるそうだ。ただ、あくまで減少傾向であって、日本ほど劇的なものではない。
知名度が上がった事で、最近では助けた人にお礼を言われる程度にはヒーローの存在に慣れ始めているらしい。
マスカレイドに限った話でも、道頓堀で屋台の兄ちゃんにタコ焼きを貰ったり、沖縄でゴーヤをそのまま貰ったり、北海道で蟹を貰ったり、支援要請で向かったカナダでメープルシロップを貰ったり、青森でリンゴを貰ったりと……なんか食い物ばっかりだな、おい。とにかくヒーローというよりも珍獣のような扱いではあるものの、そんな感じでマスカレイドの存在は認知されている。あくまでこの国単体で見ればだが、思ったよりは良い形で状況が推移していると言っていいだろう。あと、田舎の爺ちゃん婆ちゃんたちは意外に肝が太いのが良く分かった。
怪人が出現し、それを討伐するためにヒーローとして出撃する。そんな日常が当たり前になり始めている。
「ふわはははっ! 今日こそ、このツタン・カーメン展を破壊してくれるわ」
渋谷の博物館で怪人が叫ぶ。その姿はいつかエジプトで《マスカレイド・インプロージョン》の試し撃ちをした怪人と良く似ている。
「待ていっ!」
ツタン・カーメン展の破壊という頭の悪い目的を阻止するため、俺はチタン・カーメン ザ・ファラオの前へと歩み出した。
いつもなら声もかけずに殴り飛ばすところだが、今日は妹が見ているのでちょっと演出に拘っている。しかし、特に緊張はない。極めてリラックスしている状態だ。油断大敵という言葉はあるが、未だマスカレイドの戦闘力は隔絶している。今回も全力を出すまでもなく終わるだろう。
……というか、何故かこれまで戦ってきた怪人以上に負ける気がしない。まるで勝利が確定しているような、実はもう勝っているような、そんな不思議な気分だ。こんな気持ちはじめて。
「カカカッ、誘き出されたとも知らず、まんまと現れたなマスカレイド。先代の恨み、ここで晴らさせてもらおう!」
「え、パワーアップじゃなくて代替わりなんだ」
誘い出されたとかそういう事はどうでもいいんだが、こいつはエジプトで戦った怪人とはまったくの別物らしい。これまで前例はないが、怪人は死んでも蘇ったりはしないものなのだろうか。再生怪人なんて良くある特撮ネタだと思うんだが。
「ゆくぞマスカレイドっ! 我が宿敵よっ!!」
宿敵になったつもりはないし、むしろ天敵に近いような気もするが、ご丁寧に口上を放った上でチタン・カーメン ザ・ファラオが襲いかかって来た。珍しく真っ向勝負である。あまりに正統派過ぎて裏を疑うほどに普通の開始だ。
……さてはこいつ、誕生直後とかで俺の事をあんまり知らないな。真っ向から来るというのなら、こちらも真っ向から受けて立ってやろう。最近意識しているオープニングの尺に合わせた戦闘時間を狙ってみるのもいいかもしれない。
「うりゃ」
とりあえず、飛び掛かって来たところにケンカキックを放つ。他愛もなく吹き飛ばされて壁や展示品が巻き添えになるが、怪人本人はまだ無事らしい。
崩れた壁の元で怪人が立ち上がる。金属っぽい体の各部に罅が入り、息も絶え絶えだがまだ戦闘可能な状態だ。先代よりもガード重視って事なのか。思ったよりダメージは少ない。やるじゃない。
「くくく、そんなものかマスカレイド。そんな蹴りではこの身を滅ぼす事はできんぞ!!」
「君、意外と硬いフレンズなんだね」
立ち上がった姿はすでに満身創痍だが、戦意は失っていないらしい。こちらとしてもオープニングの尺的にまだ死んでもらっては困るから、お互いWin-Winな状況ではある。……多分、あと一分くらいだな。
「見て慄くがいい! これが先代から受け継いだ力だ!!」
「切り札出すには早くない?」
「うっさいわっ!!」
――《ファラオ・ドライブ》――
怪人の体から蒸気が噴出し、周囲が白い靄に包まれる。初見の技だが、おそらく先代さんと近似した必殺技だろう。となるとデメリットありの自己強化技だ。
「どうだ、この動きは捉えられまい!!」
ダメージは大きいはずなのに、怪人は軽快なステップでフェイントを混じえつつ距離を詰めて来る。うん、普通に目視できている。
目算ではおそらく元の二倍ほどの速度だろう。マスカレイド相手ではアレだが、他のヒーロー相手なら切り札と呼んでも差し支えない効果である。
見るだけで動かない俺が反応できていないと踏んだのか、チタン・カーメン ザ・ファラオは直線的な移動でこちらへと攻撃を放って来た。
すかさずその後ろへと周り、移動を補助するように背後から再度ケンカキック。……先ほどよりも力を込めた結果か、どうやら下半身の骨が砕けたのが伝わって来る。そのまま顔面から床へ突っ込んだが、おそらくもう立ち上がる事はできないだろう。
……これはいけません。まだ尺が足りていない。君にはまだ頑張ってもらわないといけないんだ。
このままなら何も問題なく倒せるだろうが、いくら怪人が相手にならないからといっても油断は危険だ。慢心によって足を掬われるのはヒーローにありがちな罠ではないか。俺は油断も慢心もしない。やるならとことんまで念入りにだ。付け入る隙など見せてたまるか。
というわけで、念入りに両腕の関節も破壊しておく。あとはマウントから時間調整だ。
「ぐっ! ぐぅっ!! ぶおぇっ!! や、やめっ!! 死ぬっ!!」
「大丈夫、手加減してるからお前はまだ死なない」
倒れて何もできなくなった怪人の上へ跨り、上から殴りつけていく。
……本当に硬いなこいつ。軽くとはいえ、伝わってくる手応えは結構なものだ。ひょっとしたら過去最強の怪人かもしれない。即席ラーメンみたいな名前の癖に、ファラオの名は伊達ではないというのか。
「ぐへっ!! き、貴様、身動きとれない相手に……ぶべっ! そ、それでもヒーローかっ!?」
何故か怪人にヒーローの在り方を問われてしまった。怪人に対して残虐行為を行っている事は自覚しているが、人類の敵である怪人をどんな方法で倒そうが当の本人から文句を言われる筋合いはない。お子様が見たら泣いてしまうような残虐行為は人目に気を使っているし、今も避難が済んで人影は皆無だ。ヒーローTVはまだオープニング中だろうから、この光景も監視カメラくらいでしか確認はできないだろう。
「つまり、ヒーローらしく必殺技を使えという事か。先代同様、最近覚えた新技の実験台になってくれるというわけだな」
時間調整も大詰めだ。予定にはなかったが、ここはついでに新技の試験を行っておく。
「えっ、ちょ……」
「喰らえーっ!!」
――《マスカレイド・インプロージョン・メルトアウト》――
最近覚えた《マスカレイド・インプロージョン》の新たなバリエーション。初お披露目である。
殴りつけた箇所は無傷のまま。ダメージの作用点を腹部にすべく調整している。そこまでは《マスカレイド・インプロージョン》と同様の効果だ。違うのはその結果。メルトアウトの名の通り、この必殺技はダメージを溶解という現象へと変換する効果を持つ。
「そのまま溶け落ちろ」
「い、嫌だ!! いやだーっ!!」
体内から猛烈な勢いで侵食する溶解現象。それは抵抗する事も逃げる事も叶わぬ洪水の如し。溶解現象に装甲の強靭さなど何も意味はなさない。圧倒的パワーにより引き起こされた肉体の液状化は、直接的なダメージによる死よりも恐怖を煽る事となるだろう。
ちなみに見た目はあまり変わらない。実際にはあらゆる防御を貫通し、作用点部分の強度すら無視して溶かすという緻密な技なのだが、そもそもマスカレイドの手にかかればどんな防御力でも等しく必殺である。良く見れば爆発の前に液状化しているのが分かるだろう。
これまでの実験から、《マスカレイド・インプロージョン》によるダメージの移動速度はある程度調整可能なものだと分かっている。死に至るタイミング調整すらバッチリのはずだ。
……よし、多分アングル的にここなら怪人の爆発を背にできるだろう。
「ぐああああっ!!」
溶け落ちるチタン・カーメン ザ・ファラオの断末魔と爆発を背に、ちょっと格好良いポーズをとった。
……タイミングも完璧。新必殺技の試し撃ちも上々。決まったな。
「いやー、チタン・カーメンは強敵でしたね」
「爆発したところしか映ってなかったんだけど……」
転送で部屋に戻ったところ、待っていたのは妹の冷ややかな視線だった。兄ちゃん、頑張ったのに。
「……というか、このやりとりに何か既視感を覚えるような」
「それ以上はいけない」
妹には初めて戦うところを見せたのだから、既視感など覚えるはずがないのである。
◆◇◆
「まあ……とにかく早めに元の姿に戻って欲しいかな。お母さん、いつ気付くか分からないし」
「そうだよな。いつまでもこのままの状況が続けられるとは思わんし、上手く母ちゃん誤魔化す方法考えないと」
「いや、そこは元に戻ろうよ」
元に戻る気はあるんだが、今の姿のほうがヒーローをやっていく上で都合がいいという事もある。他のヒーローのように顔を隠すまでもなく別人だし、体格を見ても日本人とは思われないだろう。ヒーローや怪人の言語は翻訳されているという情報も広まっているから、余計に気付かれにくい。
理想的なのは、完全に元の穴熊英雄に戻るのではなく切り替えができるようにする事だな。いきなりマスカレイドがいなくなったら見捨てられたとビビる人も多そうだ。ひょっとしたら、マスカレイドよりはマシとこれまで尻込みしてた怪人が殺到する可能性すらある。
「でも、元に戻ったところで外に出る気はないぞ。基本的に引き籠もりだし」
「昔から気になってたんだけど、行きたい場所とかないの? 旅行とか。買い物……はなんか通販みたいなの使えるんだっけ」
実は通販ってだけなら、昔も母ちゃんがいない時間を見計らって上手くやってたりする。置き配の場所指定がコツなのだ。
「言っちゃなんだが、お前より色んな国行ってるぞ。行っても数分で帰ってくるが」
「それは旅行とは言わない」
怪人を動けないようにして放置すれば、一時間くらいなら時間は取れるな。……とはいえ、別に観光地とか興味ないしな。
「ほら、姉ミナミさんとデートするとか」
「なんであいつが出て来るんだ?」
デートしようにもあいつも俺も外出できないし、ヒーロービルがどこにあるのかも分からん。一時的な外出はできるわけだし絶対に無理ではないんだろうが、そもそもそういう色恋沙汰に興味あるんかな? もっと気楽に考えていいのかも知れんが、あいつ基本的にサイバーテロリストだぞ。
「あー、そう。そういう事か。……こりゃ重症だ」
なんか妹にジト目で睨まれた。自分だけで勝手に納得するんじゃない。身内のジト目とか萌え要素にはならんのだぞ。
「そういえば、お前来るといつもミナミ引っ込むな。会話してるの見た事ないんだけど」
今日の場合は一度青森に出撃したので二回目はないだろうと席を外していただけだが、いつもは明日香が来ると逃げるように通信を遮断するのだ。最初の内は誤魔化していたのだが、最近は言い訳もなくなったのか露骨な逃走である。
「夏に海行く前にちょっと話したんだけど、それが原因かな。避けられてるみたい」
「なんで?」
「馬鹿兄貴には教えなーい」
ミナミは世間一般でいうハッカーの印象とは違い、根暗でもなければ人見知りもしない。初対面の俺でもかみさまでも、とりあえず謎のテンションで自己紹介をして乗り切る強者だ。女子高生的な流行に疎いというわけでもないし、学校に行っていた頃は友達だって多かったと聞いている。明日香は微妙に取っ付き辛い性格をしてるが、あいつが避けるような相手ではないと思うんだが。
「この際馬鹿兄貴の事はどうでもいいです。今週分の雑誌はもう来てる?」
「お前、いつもそれな」
最近、妹が定期的にこの部屋を訪れるようになったのにはわけがある。
ヒーローポイントで契約した雑誌の定期購読サービス。週刊、月刊で定期的に発行されているものはまとめて自動的に送付されて来る大変お得なサービスなのだが、特に読む気のない女性週刊誌なども含まれているのである。こいつはそれを読むために来ているのだ。
別に店に行けば売っているようなものなのだから、わざわざここに来て読む必要はないと思うのだが、本人曰く立ち読みは恥ずかしいらしい。女子高生の考える事は良く分からん。
「バックナンバーないのがちょっとアレだけど、便利だよね」
「自動入れ替え式だからな。古い雑誌あっても邪魔だし」
というか、読まない雑誌も多いから新刊分だけでも邪魔だ。明日香が読みに来るのでなければ、単品サービスに切り替えたいのだが……勝手に解約すると怒りそうなんだよな。俺のポイントなのに……解せぬ。
「あ、そうだ。これやるよ」
「……万年筆? 入学祝いには遅いと思うんだけど」
部屋に来る度に渡しそびれていた物を渡す。学生が持つにはちょっと大人びた印象の万年筆である。
「万年筆型の発信器だ」
「……馬鹿兄貴は妹を追跡する趣味があったんだ」
「ねーよ。防犯グッズだと思っておけ。万年筆が嫌なら他にもあるが」
用意したのは文房具やカフスボタンやチョーカー、ペンダント、指輪など種類は様々だ。全部かみさま印で、人間の科学では発信器として検知できない。……もちろん例の誘拐対策である。
「誘拐を警戒してるとか? 実はもう身バレしてて、身内の私が狙われてたり?」
「お前がどうこうってわけじゃなく、ただの保険だ。何ヶ月か前から、世界規模でチラホラと怪人による誘拐事件が発生してんだよ」
誘拐を許すつもりはないが、発信器があれば万が一の場合でも追跡ができる。上手くいけばアジトごと犯人を粉砕だ。考えていた以上に動きがないので、確率的にはやらないよりはマシ程度の対策でもやろうという話になったのだ。
「誘拐されても、それ持ってたら助けに来てくれると」
「行ける場所ならな。異次元とか外宇宙はさすがに厳しい」
「太陽系内なら救出に来れるんだ……えっと、どれでもいいの?」
「なんなら全部持って行ってもいいぞ。対象がランダムだから焼け石に水みたいなもんだが、友達にも渡しておけば多少は保険になる。あとはうちの親とか」
同じ事を考えたヒーローが知人に配ったりしているらしいが、今のところ所持者が誘拐されたケースはない。関係者が攫われてほしいわけじゃないが、一人でも対象になったら場所も判明するかもしれない。
「うん、分かった。クリスとか危なっかしいしね。妹ミナミさんにも渡したほうがいい? そんなに頻繁には会わないんだけど」
「ミナミんちはあいつが郵送したから別にいい」
しかし、クリスって子のイメージが一切湧いて来ないな。昔会った事はあるんだが、金髪って印象しかない。ドジっ子だったっけ?
結局、発信器はすべて渡す事になった。デザインもそれなりのものだから、女子高生がアクセサリとして使っていても問題ないはずだ。
あとはいつも通り、妹は黙々と雑誌を読み、俺はPCで作業を始める。妹がいるのでちょっと猫被って怪人の情報整理だ。せっかく入手手段が増えたというのに、エロゲーは積まれていくばかりである。
「むぅ……いいところで終わってる。しかも来週休載だし」
唸っているのは俺も読んでいる少年漫画の連載の事だろう。良くある事である。ここまでで大体一時間。そろそろミナミも戻ってくる頃だ。
「じゃ、部屋に戻る」
「おう、またな妹」
実に奇妙な状況だと思う。ヒーローになる前は部屋に入ろうともしなかったのに、今では定期的にやって来て会話をする機会も増えた。日常と掛け離れてからのほうが、真っ当な兄妹関係を築いているような気がする。
「……あのさ、馬鹿兄貴」
「なんだ」
「一度くらい、姉ミナミさんと会っておいたほうがいいんじゃない?」
深刻な顔して何かと思えば、妙な事を言われた。
「四六時中顔合わせてるが」
「それって通信でしょ? そうじゃなく、直に会っておきなさいって事」
「なんで?」
意味あるんだろうか。ミナミのワガママボディを触っていいのなら無理してでも会いに行くが、そのあとは口利いてもらえなくなりそうだ。やるなら後先考えない決死の覚悟を要求される。
「馬鹿兄貴には教えなーい」
しかし、疑問には答えてくれないらしい。こう言うからには何か考えはあるんだろうが、実にもやもやするな。
◆◇◆
「って事を言われたんだが、なんか心当たりある?」
『……おのれ、穴熊明日香』
その事を戻って来たミナミに話したところ、どうも意味は伝わったらしい。俺に教えてくれる気はなさそうだが。
「コミュニケーションは十分過ぎるほどだと思うが、言ってみれば同僚なわけだし、どこかで飯でも食うか?」
『あ、はい。といっても、待機状態を考えるとお互いに外出は厳しいですけど』
ついでに外出手段の確保も必要だ。普段はまったく気にしていないが、こうして考えると窮屈な身だな。
「出動待機も考慮して、身バレの危険もない場所となると……かみさまのところとか?」
『……ちゃぶ台囲むんですか。私の中で色んなものが崩れ去る音が聞こえたんですけど』
「そりゃ確かに外出先としてはアレだが」
あんなんでも一応元異界の神様だぞ。ありがたみはないが、神との謁見なんてそうそう機会はないはずだ。
他のヒーローが主催しているパーティという手もあるが、パーティ自体あんまり参加したくない。……いっそ、俺主催でマスカレードでも開催するか。みんな銀の蝶マスク着用で。
「まあ、そんな機会があったら俺がなんか料理作ってやってもいいぞ」
『え……。マスカレイドさん、料理もできるんですか?』
「うちの母親、結構有名な料理研究家だぞ。一応直伝だ」
基本的には主婦やっているが、出かける時は大抵取材か何かだ。何冊か本も出している。テレビの料理番組に呼ばれたりするほど有名ってわけでもないが。
『い、妹ちゃんも得意だったり?』
「明日香は……まあ、普通かな。最近は知らんけど、多分俺のほうが得意だ。野菜で花とか作れる」
『ほ、ほぉー。多才ですなあ』
そう言うミナミの顔は引き攣っていた。何かマズイ事を言っただろうか。
「ミナミってメシマズな人だったっけ? 履歴書だと家庭科部だったような」
『いや、そういうわけでもないですが……得意ってほどではないかなー。機会があんまりなくて。部活のほうも、幽霊部員ならぬ幽霊部です。お菓子持ち寄って喋ってるだけでした』
家庭科要素はゼロだな。完全に隠れ蓑だ。
「お前の場合、強烈に偏った得意分野あるしな。そこまで気にする必要ないんじゃね?」
『いやいや、それはそれで女の子としてどうなんだという気も』
確かにハッキングに女の子らしさはないと思うが、今更気にしても仕方ないだろう。
「何気にしてるのかは知らんが、容姿やスタイルはこれ以上ないくらい女の子だぞ。目視確認させてもらえるなら、赤裸々に解説できるんだが」
『清々しいまでのセクハラ発言ですね』
「お前は俺にどうしろというのだ」
女の子っぽいと言って欲しいわけじゃないのか?
『あー、なんでもないですはい。大体妹さんのせいなんですけど、マスカレイドさんに言ってもしょうがないですし』
「疲れてるなら、気分転換で本当にどこか行ってみるか? 行きたい場所あったりする? 月とか」
『月て……。いや、特には……ないですけど。いやいや、でも……』
「こういうのははっきりさせないと有耶無耶になるからな。よし、じゃあ海行こう。来年の夏な。ミナミはそれまでにエロ水着を用意しておくんだ」
『はあ……ってあれ、決定事項ですか? というか、また気の長い話ですね』
だってシーズン終わっているし。いや、南半球ならこれからでも問題ないのか。実際に海水浴に行くなら外出の問題があるし、目立たない場所を考慮する必要もある。すぐってのはどの道無理だろう。
「例の誘拐事件もそうだが、先の見えない状況だから疲れるんだ。予定があればメリハリもつくだろうさ」
『誘拐事件……。うーん、攫われて助け出されるのは女の子っぽいかも』
「何言ってんだお前」
ウチの妹に何言われたのか知らんが、随分と重症らしい。女の子っぽいってのがキーワードなんだろうか。
『もし私が攫われたら、マスカレイドさん助けてくれますか?』
「当たり前だ」
『そ、即答……。いや、そりゃそうですよね。ヒーローだし』
ヒーローでなくとも努力はすると思うが。ビルに隔離されてるオペレーターを攫うのはないだろうけどな。いくらなんでもルール違反だろう。
『あーもう、私変ですよね。ちょっとジム行って来ます。今日はもうお休みで!』
「あ、はい」
突然声を荒げたと思うと、ミナミはそのまま通信を切ってしまった。
……なんなんだ、一体。
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